488話:冬に向けて3
晩餐室は広いから、僕とソティリオスは向かい合わせの小卓を使って話してた。
レーヴァンだけなら口も手も出す側近も、ソティリオスがいるから様子見だ。
ただレーヴァンには何度か睨みが飛んでるけど。
「私が、錬金術? できるわけがないだろう」
予想外のこと言われた硬直から解けて、ソティリオスは抗弁した。
けどそれを聞いて、僕はレーヴァンを見る。
嫌そうだけど、ソティリオスからも目を向けられて嫌々応じた。
「錬金術、必要なのは知ってることだけなんですよ。なので、第一皇子殿下みたいに一から作るのは難しくても、錬金術を扱うだけならけっこう簡単にできます」
ソティリオスが理解してないのを見て、レーヴァンは説明を重ねる。
「薬学と同じですよ。薬学収めてないと薬なんて作れないでしょう? けど、薬を使うだけなら誰でもできる。それに薬のレシピと道具があれば、経験の差は出ても一応薬は作れる。そんな感じです」
悪くない説明だと思う。
使う薬草の薬効だとか、できた薬の副作用だとか、知らなくても使えるし、作れる。
そんな説明を聞いて、ソティリオスも考えた。
「つまりそれは…………私がやらなくても良くないか?」
「ゴーレムは命令できるの制作者のみだし、教えるの僕だし?」
「それはそうなんだが…………。だったら、専属の者を用意するというのはどうだろう?」
おっと、これはお坊ちゃんの考えだ。
というか、人の上に立って他人に命令するエリートの考えだね。
で、僕にはない考え方だ。
僕の周りに人を増やしたくない派のレーヴァンからは、出ない提案でもある。
こっちに来てからは皇子らしい対応されてるけど、結局動かせる人少ないのは変わらないし、専属の者って言われても何も思い浮かばない。
だからソティリオスに答えたのは、貴族なレーヴァンだった。
「錬金術師を雇うってことですか? 正直外聞悪いでしょう。それよりもご令息が秘密裏に修めたほうが面倒は少ないと思いますよ」
ひどい言いようだけど確かにそうだ。
第一皇子の僕の駄目なところとして、錬金術を趣味にしてるなんて上がるくらいだし。
ソティリオスが錬金術師雇いました、なんてユーラシオン公爵と敵対する人からの悪評にされかねない。
というか、確実にする人がいる。
僕とも表向きは対立関係にあるルカイオス公爵は、絶対ユーラシオン公爵煽るために使うよね。
「そう言えば、化石とやらを作るという話の時に紹介された、錬金術師ではない者たちは?」
「技師だね。錬金術師が使う錬金術の道具を作ってくれる人だよ」
「まだそちらのほうが聞き覚えがない分ましだろう」
つまり、ソティリオスは錬金術師を雇用するのが外聞悪いなら、錬金術師に技師を名乗らせればいいって?
「職業詐称じゃないか」
「だったらあの時にいた技師に、一年くらい師事させてから回収する」
わー、本当に習得させる気はない、ロンダリングだー。
そういうことすらっと出てくるの、なんかユーラシオン公爵の息子って感じがする。
まぁ、ユーラシオン公爵家の話だから僕が口出すのもなんだけど。
ただソティリオスも、名称だけとは考えず実力も欲しいらしい。
「錬金術自体はどれくらい習得していればゴーレムの製造管理ができる?」
「うーん、全く先入観もなく素直に受け入れてくれれば、レーヴァンが言うとおりただ薬飲むために水用意します、その後に安静にしますくらいの手順を踏むだけだね。そうすれば、ゴーレムを作ることだけはできる」
「だけ、なんですよねー。結局俺も、あの装置がどうしてあんなになったのかわからないですし…………。緊急対応なんてできませんよ」
レーヴァンが言うのは宮殿占拠でいじらせた、改良型の伝声装置のことだ。
僕の指示に従っただけだから、扱えても内部構造はわからない。
ましてや元のとおりに組み直すことさえできていなかった。
レーヴァンは伝声装置のことは言わず、管理は難しいとだけソティリオスに伝える。
「まぁ、そうだね。ただ言われたままやっても、ゴーレムが不具合を起こした場合、壊して作り直す以外に手が打てない」
僕が同意するとソティリオスは次のことを考える。
「では、錬金術科の学生を引き抜くのが一番か」
「それ、錬金術師を欲しがってるルキウサリアと…………」
僕が言いかけると、ソティリオスもその問題はわかってるって頷く。
何せ、僕が錬金術やるの見るために偉い人集まってたの見たしね。
「あ、でも錬金術科に今なら…………」
「何かあるのか、錬金術科に? 学生か」
「うーん、一人、このままだと錬金術科所属も難しくて、かといってルキウサリアに残るのもちょっと本人的に身の置き所のない子がいるなぁって」
内情知らないソティリオスと、来て間もないレーヴァンも知らないみたい。
「卒業までを支援して、その後雇用を約束すれば、ユーラシオン公爵領で働いてくれそうな子はいる。ただ、ウェルンに要相談」
「何故だ!?」
ソティリオスが肩を跳ね上げて警戒で声を上げる。
うん、一番の問題だと思ったから言ったんだよ。
「相手が女生徒なんです?」
無駄に察しがいいレーヴァンが答えを言った。
「な、なんだそんなことか」
「錬金術科入学があからさまに婚約者探しのための足場に活動してた子」
実態教えたら頭抱えちゃった。
さすがにディオラへの片思いがバレバレなのは自覚してる。
その上で家が決めた婚約者のウェルンがいて、三角関係臭わせまくってたのも自覚した。
そこにさらに雇用関係結びたいって形でも、相手が女生徒となると前科がちらつく。
「い、一度、持ち帰らせてもらう」
「先に言っておくと、イデスっていう新入生だよ。ハリオラータ関係で、実家が黒。本人は白」
「あぁ、そういう事情か。となると、ことが落ち着けばルキウサリア自体を去ることになるな」
「興味はないけど授業態度に問題はないし、知識として錬金術を学ぶのにも抵抗はない。あと問題は、技師を名乗らせるためとは言え、女性をあの工房が受け入れてくれるかだね」
いっそ錬金術科在籍状態のほうが都合はいいかもしれない。
男所帯に弟子として女性が入るよりも、すでにいる学生の後輩が学びに来るっていう体裁のほうがまだ受け入れやすそう。
ま、それもソティリオスがその気になったらだ。
あと、本人が受け入れたらかな。
今はまだソティリオスも判断材料がなさ過ぎて結論は先送りとなった。
「はぁ、もう少し平穏な話しません? ご令息もお疲れみたいですし」
レーヴァンがこれ以上進まないと見て勧めるんだけど、なんかもう無礼隠さないね?
ただ、そんなレーヴァンの対応でも、ソティリオスに反対はないらしい。
「じゃあ、マーケットの話でもする?」
僕も今日聞いたばかりの話題を出せば、ソティリオスが頷く。
「あぁ、また投光器を使った物語をするらしいな。そのために今回は早い内に虫の翅を集めると言って活動していた。他にも試そうと、翅以外に、蛇の皮や樹液、薄布などを試していたな」
「へぇ、そうなんだ。樹液はどんな形で使うつもりだろ。魔物の素材が思ったよりも大きくて取りやすかったけど」
ソティリオスはクラスメイトから聞いてたらしい。
きっと収穫祭の後から動き出してたんだろう。
学園通えてなかった僕より詳しいかもしれない。
そんな僕たちを見て、なんかレーヴァンが遠い目をする。
「ラクス城校なんて所に入学できるほどじゃなかったですけど、俺が学園で過ごしてた頃ってもっと馬鹿なこと色々やって遊んでたんですが」
「馬鹿なことやってる生徒、いるにはいるよ。魔法学科とか」
錬金術科に喧嘩売って来たのももう懐かしいな。
けどレーヴァン首を横に振る。
「殿下ほどヤバいことはやってませんって」
なんでかソティリオスまで頷いてるんだけど?
否定したいけど、最近やったのが犯罪者を脅しての説得だからなぁ。
なんて否定できずに考えこんだら、レーヴァンが切実に言った。
「冬くらい、大人しくしてましょ?」
「僕、何をするとも言ってないんだけど?」
「欠席続きだったのなら、今は学業に専念すべきだ」
ソティリオスまで何故か抑圧的だ。
「僕だって普通にマーケット準備するつもりなのに」
なんかそう言われると、いっそ逆張り精神がこう、むくむくとね。
いっそ目立つこと企画しようか?
新企画はさすがに手が回らないし、既存のほうを驚くようなことして見せようか?
音響の展示くらいだったら、僕でも手が出せそうかもしれないね。
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