閑話97:ヌニェス
学園の魔法学科は今、大変な混乱と疑心暗鬼の中にある。
まぁ、魔法学科に限らず、魔法使いを生業にする者たちと言ってもいい。
ただ研究者であり、魔法使いでもあっても、私は他人ごとだ。
何せ渦中のハリオラータとは全く関係していない。
どころか、そのハリオラータに研究室を爆破されるという被害者の立ち位置にいる。
一切の疑いをかけられることもなく、また慌てる必要もなかった。
「お久しぶりです、ハンク先生。ここが新しい研究室ですか? 物、少ないですね」
私の名を呼ぶのは、疲れた顔の学生。
研究室で助手をしていた者だ。
だから以前を知っているし、何故物が少ないかも知っている。
そんな状態の私の研究室から離れたことは、少なからず申し訳なく思っているらしい。
「災難だったな」
「…………はい」
この学生はハリオラータの幹部が捕まったことで、関与を疑われた家の出だ。
その上で、所属していた研究室から退去を求められた。
まだ上からは疑われただけの灰色。
だが、疑われるような者を置いておけないと、無情にも切り捨てたれ、黒だと突きつけられたような理不尽を味わった。
無愛想な私の言葉に涙ぐむほど弱っているようだ。
そんな弱い立場になったのが、そもそも私の元を離れなければいけない状況になったということには、一抹の責任を感じる。
呆然自失しているばかりで、紹介も何もできなかったからな。
「さて、二十四名すべて揃ったか。今回君たちを集めた、ヌニェスだ」
物の少ない研究室に椅子を並べて、二十四名を集めた。
誰も魔法学科関係で、在学生もいれば卒業生もいる。
国許の学術機関に勤めてこちらへ移ってきた者も含まれた。
雑多な集まりだが、ただ一つ共通項がある。
それは私の元助手と同じく、ハリオラータに関係するのではないかと疑われたこと。
そして灰色の内に、切り捨てられた者たちだった。
「知っている者もいるかと思うが、私の研究室は先だってハリオラータにより破壊された」
私は経緯を説明する。
あの研究棟にいた者なら知っている話だ。
しかし、学園内だが別の研究室や、学外の研究機関にいた者は知らない。
そもそも私自身があまり目立つ研究者ではなかった。
研究内容も横の繋がりが希薄で、魔法に関わる内容だが、天文に特化した方面。
言ってしまえば浮いていたのだ。
「新たに研究室を与えられたが、研究試料も何もかも粉みじんだ。ようやく再開のめどが立ったため、人員の募集を行った」
私の説明に、多くがほとんど物のない研究室を見る。
不運に見舞われた理由を理解したことと、本当に目途が立っているのかという疑いだ。
「もちろん君たちの時間は有限だ。そもそも研究室を移るつもりもない者もいるだろう。そうした者は、有意義に時間を使ってくれたまえ」
言って扉に手を向けると、草々に立ち上がる者たちもいれば、悩んだ末に立つ者も。
今の研究室にもう一度戻るつもりのある者や、この研究室の様子を見て先が見えないと見限った者たちだろう。
結果として、九名が退出した。
私はそれを見届けて、さらに話を続ける。
「それでは、その気があると見て。まずは私の研究内容について話そう」
今まで交流のなかった研究者の下で、新たに携わろうと言うのだ。
そもそも別の畑なのだから、今までの経験や積み上げた知識は一からになる。
それでも研究機関に残りたいから、伝手も何もないこの研究室にやって来た。
この先続けるつもりがあるからこその選択と言える。
ただ、だからこそ席を立つ者がいることは想像できた。
私が研究するのは凶星。
天の運行に逆らう不吉の象徴。
これが魔法に影響することも範囲だが、私個人の研究対象は凶星の運行への理解と理論の提唱だ。
研究棟に部屋を持っている時でも、不吉だからと倦厭されていた上で先行きの見えない課題。
「…………では、研究内容に取り組む意欲を刺激されなかった者たちは退室してくれ」
言うと、六名が席を立った。
結果、残ったのは二十四名中九名。
「思ったよりも残ったな」
ついそんな本音が漏れた途端に、元助手が笑う。
「俺たちは元もとハンク先生の研究室にいましたけど、本当そうですね」
「けど、めどがついたなんて初めて聞きましたよ。だったら残るでしょ」
もう一人いた元助手も笑って期待を露わにした。
ただ他は不安そうだ。
元から零細研究室であり、そこに九人も抱えられる余力があるとは考えられない。
ここからさらに振り落とされるが、そもそも凶星の研究で残りたいかどうかと悩む者たち。
「…………まぁ、数としてはちょうどいい。それでは、ここから本当の研究内容を教える」
「「はい?」」
元助手二人が驚くのは、実際に私が今までやっていた研究内容を説明し終えているから。
けれど、集めたのはそのためじゃない。
単純に人手が必要だったからだ。
そして、追い詰められ、裏切れば先がない者たちの口の堅さが望まれた。
「実のところ、とある天才的な方の助言によって、凶星の運行についてはほぼ理論的な推測が立った。その研究に関しては、今後理論を実証するための実験方法の確立が主となる」
「え、え? そんな伝手なんて」
「理論的な? えぇ、うそぉ」
助手たちのあまりの反応に、残った者たちがさらに不安そうになった。
「研究室が吹き飛ばされた時に、舞った研究試料を見られたそうだ。結果、すぐさま答えをお教えいただいた。だが、実証のための研究は必要だと言われている。少なくとも、わかる者が見れば、わかるだけの研究は、できていたらしい」
つい愚痴のように言えば、元助手たちもなんとも言えない顔で笑う。
それだけ行き詰っていたのだ。
だから投げ出そうかとも思っていたが、光明というには眩しすぎる先が示された。
そしてその答えの見返りとして、労働力を求められている。
であれば、応える以外にない。
「凶星の検証実験に手を付ける前に、やらなければいけないことがある。それさえできれば、国から援助が確約されている状況だ」
学園ではなく国と語れば、残った九名は息をのむ。
あえて勢いのない研究室を見せ、あえて忌避される凶星の話をした。
そうして篩にかけた意味は、国が関わる口外できないことが本当の研究内容であるため。
その上で、すでに利権や国益に絡む魔法使いを噛ませることはできないからこその篩。
それだけ危うい内容だと、察することができる者たちが残ったのは、僥倖だろう。
「とある理論の確立だ。いや、理論自体はすでにある。それを凡人の域まで落とさなければならない」
「ど、どういうことでしょうか?」
元助手が緊張を孕んだ表情で聞く。
「すでに一部には開示されているが、人工ゴーレムの製造方法が解明された」
私の言葉に誰もが興奮に満ちた息を吐く。
「だが、それは魔法ではない。錬金術だった」
続く言葉に、誰もが耳を疑い、意味を汲み取れないように瞬きを繰り返した。
まぁ、これは実物を見ないことには納得できないだろう。
それでも事実だ。
「その上で、錬金術には魔法も使われる。ただし、現代の魔法理論とは全く別だ。今となっては潰えた錬金術を前提にした魔法理論、これを錬金法と名づけて新たな体系として分類、構築することを国から求められている」
本当は、そんな必要はない。
すでに理解し、活用できる天才がいる。
だが、その方は多忙だ。
ましてややんごとなきお方であり、動けば帝国とルキウサリアという国同士の折衝が必要となり、さらに時間がかかる。
それが問題だった。
「一年だ。一年で大枠を決めなければ、独自に体系化することは難しい」
私は指を立てて言い聞かせる。
それが期限だ。
あの方のルキウサリアでの留学が終わってしまっては、易々とその知識をお聞きすることはできなくなる。
その後に錬金法をまとめて発表する場は帝国となるだろう。
だが今のルキウサリアなら、錬金術に関する書籍が分類され、何処にあるかもわかっていた。
環境が整っているのは今しかない。
そして私たちの理解は横に置いても、確実に錬金法をまとめるためには人手がいる。
そのために、私は魔法の危険と無情が身に染みただろう者たちを集めた。
「後ろ暗いこともないのに後ろ指を指されるのは業腹だろう? ならば、偏狭な視野で阻害してきた者たちの目を覚まさせるため、過去の真実と新たな錬金法の提唱で、横面を張ってみたくはないか?」
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