483話:犯罪者組織の畳み方3
今日は皇子として王城に上がってる。
丸投げとは言え、ハリオラータ関係のことでやっぱり呼び出しを食らうんだよね。
ただルキウサリア国王と会う前に、僕も王城での用事を済ませる。
王城の一角にある厩は、表面上皇子が来るような場所じゃない。
けど実はアイアンゴーレムを収容してる場所で、穴掘って埋めて動けないようにしてあった。
そうじゃないとずっと歩こうとしてうるさいんだよ。
「おべぁ…………」
そんな一角で、魂抜けたみたいな声出してる男がいる。
ちょっと手先が器用で魔法が使える、田舎貴族の錬金術科卒業生、ジョーだ。
手を翳して起動させてるのは四つの属性の魔法を必要とする錬金炉。
「あれ、大丈夫なの?」
どう見ても疲労困憊と精神的負荷のせいで判断力落ちてる。
そんなだから皇子のふりしてる今、僕がここに来ても大丈夫って判断がされたんだろうけど。
「あれ何してるんだ…………ですか?」
「僕としては、ハリオラータのいらないもの破棄しに行ったはずの君がなんでいるのか聞きたいんだけど」
しれっと王城に入る前に声かけてきて同行してきたのはクトルだ。
話がついた翌日には、バッソと一緒にハリオラータ畳むための行動を起こしたはず。
「いや、この幻術の術式くらいなら、必要な時あるんじゃ、ないです?」
さっきから僕に気安く話しかけて、イクトが音もなく剣を抜いてる。
剣を突きつけられたクトルは、なんだか誰かに似た口調になって来た。
で、クトルの用事は本当に破棄してしまっていいのかっていう確認らしい。
僕の意向に従った上で、有利で害のないものを差し出して来てる。
「君たちが術式を頭に入れてるならそれでいい。実物こそ悪用が面倒だから破棄して」
「あ、はぁい」
「他にも残すべきだと勧めるものがあるなら後で聞く。そしてあの青いアイアンゴーレムは僕が捕まえたものだから、手を出すなら…………」
「わかってます」
クトルは一歩引いて応じる。
途端にイクトが間に入って睨みを利かせた。
一応錬金術科に回す前に、皇子の名のもとに調べたんだ。
ただ、核を作る術式を確認しようとしたんだけど、経年で癒着が激しい上に、一部がゴーレムの内部に剥離した状態でとどまってる。
一度調べた程度じゃ解明はできないんだけど、これだけにかまってられない。
だから錬金術科を巻き込んだ。
そして巻き込まれ第一号が、ゴーレムの核を作るための錬金炉を動かせるジョーだ。
「あれは錬金炉という錬金術の道具で、ゴーレムに関する素材を作ってもらってる」
「へぇ? 四属性の魔力を込めて起動するのか。ただ大した魔力じゃないな」
見るだけで何してるか程度はわかるらしい。
ただ錬金炉も知らなければ、その内部も知らないから、クトルにわかるのはそれだけ。
変に手を出して壊したら承知しないってことも言っておく。
あれ、帝都でも手に入らない貴重な錬金術の道具なんだ。
「つまり、ゴーレムは錬金術師じゃなくちゃ作れない?」
「真似だけならできるよ」
「本物を見た後だと、馬鹿な猿真似なんて価値がないな」
クトルが鼻で笑う。
(走査終了。術式の一部が剥離してなお動く仮説を…………)
(待って、この後ルキウサリア国王に会うんだから)
セフィラがまた走査するために今日は来た。
だからジョーに声をかけることはないし、クトルに会うことも予定外だ。
ただ、ハリオラータを警戒して大量の核を作る手伝いを、そうと知らせずやらせてた。
もう一人卒業生いるけど、あっちはエルフだから風属性しか使えないんだよね。
だから一人にすごい負担かかってるんだけど、王城の関係者に頼んで、後でジョーには差し入れしてもらおうと思う。
(クトルの走査結果を報告)
(早いよ)
何も言ってないのに、セフィラが元気に他人を勝手に調べてる。
というか、クトルが姿を誤魔化す術式持ってきたの聞いてたな?
クトルに後でって言ったけど、セフィラがもう把握してるならしょうがない。
「魔力で光を発するようにする機構の試作品はもらう。魔力を時間差で伝達する術式というのも使える。魔力を含んだ珍しい金属、アダマンタイトと思われるもの、聖女の秘薬のレシピの一ページもだ。歴史的文化的価値があるなら保存。後は全て破棄で」
言ったら、クトルはなんとも言えない顔をする。
辺りを見るけどセフィラを捉えられてないらしい。
他のハリオラータどうなのかはちょっと気になるな。
(結局セフィラが魔法使わないと知覚は無理みたいだし、セフィラ自身が魔力を生成はしていない感じ?)
(魔力は肉体に依存した力と定義されます)
(つまり自分には最初からないって? そうなるとどうしてセフィラの魔法から、魔力を感じられるの? 魔力事態の定義を検めるべきなのかな)
(検証方法を検討します)
僕よりハリオラータに興味持ってるかもしれないけど、セフィラが直接聞くことはない。
たぶん、クトルが苦手なんだろう。
そもそも人間の情緒や感情に疎いのがセフィラだ。
というか、自分の実感がないことに関しては想定に入れられない。
それで言えば、セフィラにとってクトルは未知の生物に等しい。
僕もなんだその思考回路と思ったし、セフィラにとっては余計に難解な人物なんだろう。
「えーと、役立つもん持って来たんで、ちょっと、あいつらに会うとかぁ?」
どうやらクトルの目論見は、ハリオラータたちに会うことのようだ。
普通に考えたら胡麻すりなのかな。
それで畳む途中で僕に売り込めそうなもの持ってきて理由にしたと。
けど普通じゃないし、喋らなくても意思疎通可能なこともわかってるから却下。
あと、普通に腹を立ててる人がいるから、今の状態だと会わせられない。
「カティとマギナがまだ怒ってるから、刺激したくない」
食べる予定だったお菓子を捨てられたようなもので、ご立腹なんだよね。
しかも僕が食べる前提で作られてたから、けっこういいお菓子ってことも知ってた。
「食べ物の恨みは根深いよ」
「その、詫びの品とか贈るのは?」
「却下。お詫びをしたいなら、こっちで作るからその分の金銭をちょうだい」
「お願いします」
クトルがすぐさま頭下げて来た。
しかも無造作に出す金額がけっこう大きい。
「もしかして、金銭感覚おかしい?」
「あれ、多すぎ? それとも皇子は自分で払わないからわかんない? 気になった魔導書買ったりする時にはこれでも足りないことある、んですぅ…………」
またイクトに剣抜かれてクトルが語尾を改める。
確かに魔導書買うと考えれば金貨ジャラジャラでもおかしくはないけど、お菓子代なんだよなぁ。
「お金の続く限り、数日、四人ともにお菓子を差し入れしよう」
それで機嫌が取れるなら、こっちとしても助かる。
それにへそを曲げた妹の厄介さは、僕も知ってるんだ。
クトルは大袈裟なほど感謝を口にした。
まぁ、ずっと睨んでるイクト相手へのポーズだろう。
たぶん本当に従う気がある時は、あの庭の時のように静かになるタイプだ。
「…………変な奴」
城の兵を呼んで門の外まで案内させるよう手配すると、距離を取ったクトルがそんなことを呟いた。
うん、セフィラが報せたからね。
正直、クトルに言われたくないと思う。
「なんなんですかね、あれ?」
表立って僕を庇うイクトとは別に、ずっと黙って威圧してたヘルコフが呟く。
「一応こっちの顔色窺うくらいの気持ちはあるってポーズかな。それとハリオラータの中でも身内認定してる相手には、しっかり価値があるってみせるためかも」
人質としての価値を、僕に再確認させるためのポーズだ。
利用価値があると思わせられれば、その間は人質の四人は安全だから。
なんて思ってたら、ヘルコフが熊顔で鼻の頭に皺を寄せる。
「一応言っときますけど、あいつが渡して来た金、賄賂だと思いますよ」
「え、そうなの? 全部お菓子代にするつもりだった」
始めてもらったよ、賄賂なんて。
「返したほうがいいかな?」
「いいんじゃないですか? 渡しただろって言われても、言われたとおりお菓子にしたって言えるんですし。けど、それだけの金額の菓子ってなんです?」
ヘルコフはわからない様子だけど、僕は前世にあったお高いお菓子を知ってる。
万単位のケーキやチョコ、和菓子の数々はそう言う店に行けばディスプレイもされてたしね。
何よりこっちって、砂糖を使うだけでも相当な出費だ。
本当に数日お菓子を出せば、それで金貨は確実に飛ぶ。
そんなお金を出してまで、嫡子じゃない皇子によしみを通じようというクトルも大変だ。
人質取ってる僕が言うことじゃないんだけどね。
ただ犯罪者組織も、潰して終わりじゃないことは経験上知ってる。
さらに今回は畳ませるっていう今までにないやり方だ。
一番の誤算で、一番の安心点は、ハリオラータたちが組織自体に執着せずに、畳み方を考えてくれることだった。
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