479話:人質志願4
僕は準備に十日もかかってしまった。
クトルという爆弾が半月で来るっていうのは、最大限の期間だ。
ルキウサリア国王の説得もかかってしまったし、何より父には伝える暇もなくことを起こしてることをルキウサリア側に心配された。
けど、最終的には国を滅ぼした伝説もある淀みの魔法使いに暴れられては困る。
幹部を国外に出すにも時間や調整がつかない。
そもそも生け捕りできる相手だとは思ってなかったとかなんとか。
色々ルキウサリア側にも誤算が多い所を突いて、僕はこともなしになるように解決の手段を言い聞かせた。
「やぁ、ようやく来てくれた」
僕は人里離れた森の中、狩猟館として建てられた屋敷の庭でお茶をしてる。
そこに、この三日待っていた客が現れた。
外套で顔を隠した男二人組。
そして相対してる僕はアズロスの姿で、座るテーブルの体面には二人分のティーカップが伏せてあった。
「ふん、まるでこちらの動きを知っていたような言い草だな」
「三日前から窺っていたのは知っていましたよ」
声からしてバッソと思われるほうに応える。
黙っているクトルは、そこにいるだけで体の周囲が陽炎のように揺らめいてた。
ばれないように押さえ込んでるけど、暴走目前なのは見て取れる。
「席について、話し合いに応じていただけるなら、あなた方のお身内に会わせることも可能です」
「ただの学生がずいぶんだな」
「あなた方のような方に大勢がいても意味がないことは、ルキウサリアへの道中や学園でのことで十分わかっていますから」
「それで、ルキウサリアとどんな繋がりがあるんだ、坊主?」
警戒して聞くバッソに僕が持つイメージは、自爆。
だけど話してみれば普通に頭を使う感じなのかな?
僕は答えず席に手を向けた。
ただバッソは動かないクトルを見る。
「僕を殺すことはできませんよ」
言った瞬間、顎下に衝撃の余韻が届く。
(うっわ!? いきなり首狙ってきた!? え、今何されたの?)
(主人の首を焼き切ろうとしました)
答えるセフィラによって、クトルの攻撃は阻止されてた。
バッソは素直に目を見開き、クトルはさらに攻撃しようと抑えてた魔力を大きくする。
だから僕は両手を上げてみせた。
「それでは、先に人質の無事をお見せしましょう」
僕が言うと、庭から見える屋敷のバルコニーに四人のハリオラータ幹部が並ぶ。
ぱっと見は簡単な手枷、足枷、首輪というだけの恰好。
「少々捕縛の際に負った怪我はありますが、こちらの人員も怪我を負ったので、その点は痛み分けということにしていただきましょう」
僕が言う間に、クトルとバッソはじっとハリオラータを見る。
(何か合図送り合ったりは?)
(アルタとイムから話し合いに応じるよう促しています。クトルはカティとマギナを確認しています)
特に口は動いてないから、瞬きか首の傾ぎかな?
そういう合図を最初から決めていたんだろう。
そして感情に素直なカティとマギナを見れば、不快なことはされていないとわかる。
クトルは外套を脱ぐと、粗野な様子で椅子に座った。
動きに余裕はないし、その顔は病人のようにこけ、顔色が悪い。
人目でわかる相当なストレス状態だ。
(自爆攻撃の影響が残ってた時のほうが元気だったんだけど?)
(主人の推測どおり、執着は生への依存であり、異物に対する抵抗であるならば、生存に必要な要件を満たしていない状態だと推測されます)
クトルが座るとバッソも座った。
外套を脱いでも口元を追う布は取らない。
ただアルタの報告で、バッソの口には引き裂くような傷がある。
教会に捕まった時に、舌を切られそうになって抵抗した結果だとか。
淀みの魔法使いを無力化しようっていう理由はあるし、捕らえた時子供とは言えそもそも犯罪者の扱いで殺人まで犯してるとなると、やった人にも言い分はあるだろう。
それでもやりすぎはやりすぎとは思う。
「それで? 何故錬金術科の学生がいる?」
「僕、これでも三度あなた方の襲撃を生き残った者でして。その腕を買われた形です」
最初はクトルとバッソの襲撃で、次はクトル、そしてカティが収穫祭で暴れた。
さらに本人たちは知らないけど、カティとマギナの逃亡や、アルタとイムの捕縛にも僕は関わってる。
うん、改めて数えるとルキウサリアが僕ならどうにかできるって投げてくる実績築いちゃってるな?
「あいつらに何をした?」
クトルが殺気を放ちながら聞いてくる。
「大人しくしていることについてですか? 錬金術ですよ。そうそう、お茶は申し訳ありませんがご自身で。お菓子については毒見という名のつまみ食いをお身内がされているのでご心配なく」
言った途端、クトルが魔法でクッキーを一枚浮かせると、そのままバルコニーに向けて飛ばした。
そしてクッキーは問題なくカティの口に入って咀嚼される。
カティはご満悦で食べてるけど、やったクトル自身が目を瞠ってた。
多分途中で何かあると思っての行動だろう。
あと、本当にカティが食べるとは思ってなかったってところか。
「ご存じのとおり、ここにいるのはごく少数。あなた方に暴れられた時には被害を最小限にするために、特に守りも置いてはいません」
「つまり、お前を殺してさっさと逃亡すればいいわけだ」
バッソが試すようにいった。
もちろん守りというか、僕の側近はいる。
バルコニーのハリオラータの側で隠れてるし、僕の背後には学園繋がりで見える場所にウェアレルとヨトシペも待機してた。
ただそれだけで、屋敷の使用人も全て逃がしてあるし、ルキウサリアの人員は完全排除。
これがルキウサリア国王との話し合いですごく抵抗されたけど押し通した。
「お勧めしません。そうすると、一生彼らの枷は取れないことになります。…………あれ、極小のゴーレムでできてるんです」
知らなかった人質側のハリオラータも、自分につけられた枷を見る。
「ご存じのとおり、ゴーレムは百年以上稼働します。そして人工的に作られたゴーレムは、その制作者でなければ破壊する以外に止めることはできない」
しっかり手足と首にくっついて魔力を吸ってるから、壊そうにも急所で無茶はできない。
それに吸った魔力をひたすら硬化に変換するよう作ってあるから生中なことじゃ壊れないんだ。
「お前が製作者か。面白いことするな」
クトルが敵意以外をようやく向けて来た。
そしてじっと僕を見る。
そこには確かな知性があった。
「…………お前、誰だ?」
「アズロス・アクメネシオン・ノイム・インテレージと言います。もう調べ済みでしょうが」
「へぇ、アスギュロス・フリーソサリオ・モヴィノー・イスカリオンじゃなく?」
突然の正解に、咄嗟に笑みを浮かべた。
(セフィラ!?)
(状況証拠を積み重ねて確信したようです)
すでに確信してるけど、確証はない。
ただここで否定しても、いや、そもそも肯定して損はないな?
彼らには表舞台から消えてもらうんだし、犯罪者が広めたところで僕に狙う価値なんてないのが世間一般の認識だ。
僕はあえて椅子の上で足を組んで見せた。
そしてセフィラに手伝ってもらって、髪を撫でる動きに合わせて黒く見えるよう魔法をかける。
「その使える頭を、少しは平和的に使うつもりはないのかな? 犯罪者ギルドをせっかく潰しても、こんな騒ぎを起こすようじゃこれ以上野放しにもできない。従ってもらうよ」
上から言えば、クトルは驚くバルコニーのハリオラータを確認して笑う。
「あれお前か。まさか、暗殺仕かけられた仕返し?」
「害があるなら潰す。そもそもあっても僕にはなんの利益もない。あんなことしなければ、存在すら知らずに放置してたのに、エデンバル家なんかに義理立てて馬鹿なことをしたものだよ」
「ずいぶん強気だな、皇子さま」
「僕が何をしてても、それを君たちが吹聴したところで、僕以外が叩き潰すだけだからね」
皇子が入学なんて言うことを嫌うのは帝国の貴族だ。
だったらそれを盾に僕をどうこうなんてできないし、公表するぞなんて脅しは、面倒な公爵たちの重い腰を上げさせるだけでしかない。
相手が犯罪者だからこそ言える強気の姿勢だった。
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