478話:人質志願3
ハリオラータについての報告を回していた部屋に、ノックの音が響く。
二階は基本あまり人の出入りはないし、ウォルドの部下とかの比較的出入りする人にも今は近づかないように言ってあった。
イクトが応対したら、何故か屋敷に皇子の護衛名目で滞在する騎士が訪ねて来たという。
何かあったかとハリオラータのことは横に置いて聞くことにした。
「失礼いたします」
やって来たのは緊張ぎみの騎士二名。
いくらか入れ替わりがあってるけど、この二人はルキウサリア留学当初からいる。
今さら僕が噂どおりの皇子だとは思ってないだろうし、普通に接しよう。
「今はあまり時間がない。挨拶は不要。用件だけを聞かせて」
「それでは恐れながら、どうか殿下のためにこの身を尽くしたく存じます」
「うん?」
予想外に端的過ぎる用件に、僕はちょっと詳しく聞くしかなかった。
どうやら留学して二年、僕がルキウサリアで起る問題にだいたい関わってることはわかってるらしい。
さらには宮殿が占拠されるような大事件も、事前に察知して動いたと思ってる。
そこはちょっと誤解も入ってるけど、ともかく僕がことの解決に奔走してることはわかっているという。
「我々は皇帝陛下より第一皇子殿下をお守りするよう命じられ侍っております。お命じいただければこの身、血を流すことも厭いません!」
「いや、それは僕ではなく陛下に言ってほしい。というか、君たちは陛下のお側で勤めるためにルキウサリアで経験を積んでいるんだ。僕に関わることは公にはされない。無駄なことをして怪我を負うなんて、君たちを預かってる僕が陛下に申し訳が立たない」
心得違いを指摘したら、途端に困ってしまった。
まぁ、そういうこと言いに来ちゃう当たり、実直なんだろう。
「しかし、相手はハリオラータであると聞き及んでおります。殿下の身を守らなければ、我々も陛下のお側へなど戻れません。ましてや家庭教師の方々が身を張る状況で、騎士たる者が何もせずただ屋敷に詰めるだけというのは…………」
そこは軍じゃなきゃ意味がないほどの相手だから、騎士でも身を張る意味はないんだけどな。
というかあれか、五回もハリオラータ幹部の前に僕の側近が立ったんだ。
怪我して帰って来ることもあるし、手伝えることはないかと心配してくれてるとか?
「うん、君たちの気持ちはわかった。正直ありがたい。けれど僕としてもこれ以上怪我を負わせるような状況を避けるべく動くつもりだ。だから、その気持ちはやはり陛下に」
僕は二人の騎士に退出を命じる。
聞いてた側近たちの目が僕に集まった。
「うん、人手として使うこともできるのはわかる。けど、やっぱり陛下のお側で力を振るってもらうには、僕に近いと思われてはいけない」
何せ父の近くいくなら、第一皇子に関しては敵に回るルカイオス公爵がいる。
「変に軋轢を生む要因になられても困る。まぁ、そういうことを言いに来てくれる人がいるってことは心に止めておこう。今の僕の利点は、単身で身軽なことだ」
「それで言えば、ハリオラータの頭目も同じですね」
ヘルコフがこれ以上話すこともないと見て、騎士が来る前の話に戻った。
騎士のことは驚いたけど、本当に今はもう少し動かせる人が増えたからってやることがない。
「個人の身の軽さと、軍が相手にしなければ止められない魔法の才能ですか」
ウェアレルが言うとおりだからこそ、アルタは警告と取引を持ち掛けた。
アルタとイムが戻らないなら、半月も経たずに淀みの魔法使いとして周囲を巻き込み暴れるクトルがやって来ると。
けどそんな短期間で軍を編成するなんて無理だ。
さらに個人で動く相手を補足するなんて至難すぎる。
だからって、今までのようにやられてから対応するんじゃ遅すぎた。
相手は簡易ダンジョンの森で出会ったカティよりも早く、攻撃的だ。
そう考えると、こっちに人手を集めても被害が大きくなるだけだと思う。
「…………ゴーレムの素体を作る」
僕はそう告げて部屋を移動した。
手伝えるウェアレルとウォルドが続くと、護衛のイクトもついて来る。
そうなると、ヘルコフも自然に一緒に錬金術部屋へ。
マギナを閉じ込めた塔に使ったゴーレムの半分以上が壊された。
表面はいくらでも修復できるけど、強力な一撃で素体内部の核まで壊されるとどうしようもない。
無理な合体までさせたし、動作不良を起こすゴーレムも多かった。
「どのように動かれる算段ですか?」
守る側としてイクトが聞く。
僕はウェアレルとウォルドと、手わけして作業しながら答えた。
「アルタの案に乗るしかない。ルキウサリアもそれを望んでるからこそ、僕に投げるなんて真似をしてるんだ。だったら基本は話し合い。そしてその席にクトルを座らせる」
「損得で言えば、当人を処刑するよりも、身代わりとして挙げられた者たちのほうが名が売れていますからね」
ウォルドも頷くのは、アルタが用意したという身代わりについて。
色んな重大事件に関わった実行犯を六人も揃えてた。
中には、サイポール組やファーキン組、その他犯罪者ギルドに関わっていた犯罪者組織集団に匿われてたはずの者もいるという。
「餅は餅屋とは言いますが、ハリオラータとして交渉や強行を行い集めたと言うのは呆れるばかりですね」
イクトが言うとおり、アルタとイム、そしてバッソというハリオラータの存続を危ぶんでいた幹部の三人がやったことだとか。
ただ面倒なのは、危ぶんではいてもハリオラータと一緒に死んでも気にしないのがバッソらしく、クトルが暴走すれば一緒になって暴れるという。
目の前で自爆されたから、理解はできないけど納得はしたよ。
「身代わり六人のほうが、ルキウサリアにとっては魅力的らしい。たぶん他の国や権力者にとってもそうなんだろう」
「みたいですね。その辺りはよくわかりませんから、そこら辺はいっそあの騎士たち使ってもいいじゃないですか?」
ヘルコフが取り成すように提案してきた。
どうやらやる気があるなら危険じゃない程度に動かしてもいいんじゃないかと。
まぁ、社交の一部でその情報をもらうくらいなら、同じ屋敷にいるし変に権力争いに巻き込まれないかな?
「何故こういう時にいないんだ、あいつは。絞ればルキウサリア側の情報くらい吐きそうなものを」
なんかイクトが舌打ちしそうな顔で言ってる。
たぶんレーヴァンのことだな。
ルキウサリア側の動きとしては、本物のハリオラータよりも身代わりのほうがほしい。
どうやらそっちを使ったほうが政治的な動きもしやすいらしく、情報もしぼりたいし、何処かに恩も売りたいと使い勝手いいようだ。
けどそのためには、まずアルタの取引を受ける必要がある。
そうなると、クトルという歩く爆弾みたいな魔法使いの相手をしなくちゃいけないし、保護して待遇考えないといけない。
その辺りを帝国に押しつけたいんだろう。
「頭の回る人を敵に回すと、面倒だよね」
アルタの思惑どおりだ。
僕は惹かれないけど、狙いどおりにルキウサリアは引きずられてる。
そしてもう一人、僕としては厄介な相手がアルタの取引に興味を持ってしまった。
(採用を提言)
(もう、ハリオラータの幹部に妙な才能あるとわかった途端にこれなんだから)
セフィラが、実はハリオラータの幹部たちに興味を持ってる。
カティが魔法を見る、しかもその日使った魔法が見えるという、ちょっとエスパーな能力者。
そしてマギナはその魔力から香りを発するだけじゃなく、他人の魔力の香りがわかるという。
実はこれでセフィラを捉えられるというんだから、僕も無視はできない。
ただ精度は低く、セフィラと一緒にいる僕の魔力だと思ってるようだ。
さらにアルタは音で魔法使いとそうでない者が聞き分けできるとか。
イムは魔力に触れるという謎体質で、魔導書から漂う製作者の魔力がわかるんだとか。
(貴重なサンプルです。保護を要請)
(とんでもない爆弾つきのね)
(そもそもの執着に矛盾があることを指摘。安定のための執着であると仮定するならば、正しく効果を発揮するよう適した形に収める必要があります)
(あ、そういう考えになるんだね)
最早それは人間の感情への話じゃなくて、不安定な物質をどう安定化させるかって話に聞こえる。
(けど、まぁ、そうだね。それに満たされないままでも、爆発することなく過ごしてた。それにヨトシペっていう安定してる例もいるんだ)
(淀みの魔法使いとなった状況に大きく影響を受けていることは確定。執着として情動に関連付けられる経路は不明)
僕としてはトラウマだと思うけど、きっとそんなもの今後も知ることはないセフィラにはわからないようだ。
ただこの仮説があっているとなると、執着とトラウマが必ずしも淀みの魔法使いとなった瞬間ではないことがわかる。
つまり、執着として安定を図るための意識は、ずらせるんだ。
「そうなると、ルキウサリアを確実に巻き込まないとね」
丸投げで逃がすつもりはないし、僕だってハリオラータを抱えていられる力はない。
僕の言葉に、室内のみんなが不安そうに目を見交わしたようだった。
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