477話:人質志願2
「全っ然! 意味がわからない!」
僕は屋敷の書斎で唸った。
いるのはウェアレル、ヘルコフ、イクトと、王城と学園からの報告を持ってきた財務官のウォルド。
「アーシャさまがご理解される必要はありませんよ」
「あくまであっちの言い分ってやつでしかないんですよ」
ウェアレルとヘルコフが、僕を宥めにかかる。
イクトは僕が見た報告書を読んで、さすがに溜め息を吐いた。
「まさか捕まえた四人ともが、頭目に殺されることを肯定するとは」
「ハリオラータの淀みの魔法使いは、本当に恐ろしいですね」
ウォルドも完全に引いてる。
マギナを餌に、アルタとイムという新たな幹部を捕まえた。
二人は淀みの魔法使いの割に最初から理性的で、強いけどそれを無闇に暴力としては振るわなかったから、話はできると判断されてる。
そのため魔法に対する備えはほどほどで、ともかく頑丈な収容施設へ別々に収容された。
カティも学園から移送して、マギナも移送。
これはゴーレムが壊されたせいだけど、マギナの暴走の可能性をアルタが忠告したから。
「アルタが、淀みについて研究する魔法使いだってことは確かなんだよね?」
「学者からの質疑に答えるどころか、心得違いがあればそれを一から説明していました」
その様子を見に行っていたウェアレルが応じる。
「淀みの魔法使いとしての執着が、淀みそのものであるため、自らを執着の対象として安定しているという本人の言葉を信じる形にはなりますが」
イクトが言うとおり、報告にもそう書いてあった。
そして執着を淀みに求めるからこそ、自分たち淀みの魔法使いがどうして生まれたのかや、それによって起こる執着についても研究しているという。
「淀みに浸った魔法使いは、死の縁に立つっていうのは比喩ではないと思っていいのでしょうか? 魔力が、置き換わると言うのは?」
魔法使いじゃないウォルドが聞くと、ヘルコフは肩を竦めて見せた。
「そこら辺は俺らもわかんねぇよ。だが、実際相対して見れば、納得しかない。あれは、生まれ持ったもんじゃねぇ」
アルタの報告では、淀みの魔法使いは生まれ持った魔力を全て淀みに溶かして、その淀みの魔力をからになった自らの内に取り込んで生まれるという。
怖ろしいことにこれは実験済み。
ハリオラータが幼い子供を攫ってやっていたという。
子供狙った理由も一応あって、生存率がそのほうが高いからだそうだ。
ちなみに大人で試した時には、ハリオラータの裏切り者をただ殺すのでは無駄だからと使っていたという。
研究者として失敗作も実験の被検体だから、アルタはほとんどを死ぬ前に助けてはいた。
けど、たいてい魔力がからになって置き換わることに耐え切れず淀みの魔法使いにはならなかったそうだ。
「まぁ、たぶん適応できるかどうかの話なんだろう。それで、子供のほうがまだ柔軟性が高くて、生き残って淀みの魔法使いになる。そして、アルタはその適応のきっかけが、死に直面して求める生への執着の置き換えだと推測してる」
例としてカティは、その目を隠す眼帯というわかりやすい物品に執着してた。
執着した理由は、生来魔法が目に見えるという特異体質のせいだとか。
そのせいでハリオラータだった親が魔法でどんな犯罪を行ったかを見てわかり、言い当ててしまったことで虐待。
悪い目だと言われた上で、親が幹部に阿るために子供を淀みの魔法使いにしようと淀みに一人放り込んだんだとか。
その時に、親に唯一与えられたのが、悪い目を隠せと言って放られた片目用の眼帯。
その時はまだ両目ともあったらしいから、意味のない気まぐれにしか思えない。
死に瀕してカティはその眼帯に縋り、これがあるから見捨てられたわけじゃないと耐えた。
「で、淀みの魔法使いになっても続いた虐待で親を殺し、教会に見つかって、さらに虐待。結果として片目を失ったけど、本人は眼帯をつける片目ができて喜んでるって?」
理解できない感性だよ。
認知が歪んでるとしか言えない。
それと同時にカティが普通に振る舞えるのは、執着という心のよりどころがあるから。
「執着というか、依存かな? 自分の中にある淀みという異物に対する嫌悪感を堪えるために、自分は大丈夫だって言い聞かせるための」
それで言えばマギナがわかりやすい。
マギナは誘拐され、誘拐犯は淀みと知らずに潜伏した。
マギナは恐怖の中、誘拐犯の慈悲を乞い、誘拐犯も淀みに浸って正常な判断能力を失くしていく中で、マギナに好意を持ち、その歪んだ愛情を語って聞かせたという。
結果、マギナだけが生き残り、自らが愛されることでしか生きられない淀みの魔法使いとなった。
「ハリオラータの幹部五人と頭目が、子供の頃に心ならずも淀みの魔法使いとなったのはわかった」
僕の言葉に、全員が気づかわしげな目を向けて来た。
正直、アルタが語ったという淀みの魔法使いとなった理由は胸糞悪い報告だ。
目に見えて傷のあるカティ、アルタ、バッソは教会に捕まって虐待を受けて傷を負い、命の危機を感じて脱出したという。
さらにカティとバッソは元から親からの虐待もあり、親を殺してしまっている。
イムは淀みでおかしくなった親に殺されかけたともいう。
「でも、一番わかんないのはクトルだよ」
言ったら、全員がなんだか同情するように僕を見る。
その上で、わからなくていいと言わんばかりに頷いて見せた。
クトルの執着は家族との心中。
その理由は、盗賊に追われ家族ともども谷底の淀みに迷い込んだこと。
そして逃げて迷い、さらに怪我も負い、それでも家族助け合って進み、一番幼かったクトルだけは生かそうと命を懸けた。
結果、生き残ったのはクトルだけ。
そしてその淀みを調べに来たハリオラータの当時の頭目に拾われたという。
「なんっで、これで、心中? 仲良く生きようよ!」
何回読んでもアルタの報告の意味がわからない。
前世があるからこそ余計にわかりたくもない。
そんな家族に恵まれて、別れは悲しいし、死にそうだった精神状態の逼迫も釈明の余地はある。
だからって家族と心中することを心の支えにして依存するって何!?
(主人の混乱を把握。執着に至る思考の解明を求む)
(あー、セフィラは苦手分野だよね。けど、僕もこれはわからない)
僕が飲み込めずにいると、ウォルドが言った。
「甘いものが嫌いな人もいれば、苦いものが好きな人がいるのと同じです。納得のできる答えなど、当人の好みでしかありません。そもそも矯正もできないのですから、悩まれるようなことではないのではないかと」
「今はもっと差し迫った問題を解決することに注力されるべきでしょうね」
イクトがズバッと、目の前のもっとどうしようもない問題を突きつける。
そのとおりだから、僕もクトルのことはいったん横に置くことにした。
「まぁ、問題はこのクトルの執着は唯一、ハリオラータたちの中で満たされてないってことだよね」
カティとイムは眼帯や魔導書という物品で。
マギナとアルタは愛されることや淀みの研究という状況で。
そして掴まってないバッソは何かを燃やすことに執着してると言う。
月一くらいで見ていれば満足だけど、規模は年々大きくなってるそうだ。
「クトルが血縁以外で家族認定するのは、自分と同じく幼い頃に淀みの魔法使いになった者だけっていうところからして、認知を自分で歪ませてるよね」
その上家族を作ったとしても、続く願いが心中だ。
生きるための執着のはずが、相手を殺して自分も死ぬ。
家族が欲しいのに、家族を殺す。
その願いは矛盾しかなく、心中を果たしたとしても満たされることはない。
それが一人家族に生かされた子供の、生への依存だったとして、理解できなくてもこの後のことは考えないといけなかった。
「ギリギリ、家族に囲まれて平静を保っていたけど、そもそも満たされない執着を抱えていた。捕まえた四人ともが、一番刺激しちゃいけない淀みの魔法使いだと口を揃えた」
そう、無茶苦茶に暴れたカティも、無自覚サークルクラッシャーなマギナも。
口を揃えて、捕まった自分たちが他人に殺される前に、殺しに来ると言ったのだ。
「まぁ、なんですね。ルキウサリアとしてはそんなことになってるハリオラータ、捕まえてたくないのはわかるんですけど、帝国に押しつけようとするのはなんとも」
「それだけ危機感を覚える事件が立て続きましたから。ただ、それでアーシャさまに委任という名の丸投げはあまりにも大人げない」
そう、ルキウサリアは側近たちが前に出ていたことを理由に、ハリオラータを帝国に通しつけようとしてる。
ゴーレムで捕まえられたことも、僕なら対処できるという理由づけになってた。
ルキウサリアは自国では抱えきれないから、帝国の軍事力でハリオラータを潰してほしいというんだ。
「さすがに最初から暴走状態の淀みの魔法使いなんて無理だ。カティの時にはフィジカルで人間に勝る獣人たちがいたことと、同じ土俵に立てるヨトシペが大きい」
協力は惜しまないとか言われたけど、協力という形で一歩引きたいのが見え見え。
そしてアルタは、家族が捕まってるからにはクトルに殺されるから、いっそクトルへの人質を志願してる。
クトルに暴れさせたくなければ、自分たちを生かして人質として使えと言っていたのだった。
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