閑話95:ネクロン先生
昼にうるさいほどの警鐘が鳴った。
こういう時には、取る行動が決まってる。
正直面倒だ。
「ネクロン先生、俺は行きますんでよろしくお願いします」
錬金術科唯一の教師であるヴィーがそう言って席を立つ。
助手のウィレンは見送って、海人特有の青白い肌を血色よくさせた。
「ひゃー、あのハリオラータ相手に行きますって言える実力すごー」
俺たちも海賊相手に渡り合っていたからには、有名どころの犯罪者組織は噂どころか実際に関わることもあったもんだ。
それでわかるのはハリオラータの魔法使いは本物。
学生程度の腕前では羽虫同然で、もちろん研究を主にしてる魔法使いだって足元にも及ばない。
「魔物の素材も自分で調達しなけりゃいけないんだ。元の才能と実戦で鈍らない程度に慣らしてたなら、おかしくはない」
俺は面倒ながら、昼食を切り上げて移動を始める。
ウィレンもついて来て、細い窓の外の様子を窺っていたが、今のところ異変はない。
対処に当たる者以外は、学生を一カ所に集めて守りを固めることになっていた。
俺たちの使ってる教室は砦の要素が色濃く、魔法でも簡単には抜かれない厚みのある壁がある。
下手に移動するよりも籠るという身の守り方を選らんだが、そのために生徒を集める必要があった。
俺は研究室としてあてがわれた部屋に向かい、そこにある鳥の羽根に杖を振る。
すると俺の命令に沿って、三つの羽根が廊下へと飛んでいった。
これで学生たちをここへと呼び集めることができる。
「おかしいのはヴィーの片割れだな」
「あぁ、魔法学科の? でも魔法学科のほうがバンバン魔法使うんじゃない?」
「前職は皇子のお守りだ。しかも何一つ表に出ない引きこもりの。それでどうしてハリオラータとやり合える」
「腕が鈍る暇がなかった? わぁ、帝都っておっかない」
ウィレンは笑いながら、机を端に寄せ、学生が集まれる場所を作る。
あまり親交はない教員だが、聞いた話ではハリオラータ、しかも幹部を捕まえたのがその皇子の側近だという。
正直、何があるのか想像もできない。
皇子が宮殿で暴れてるならそれらしい話が流れて来ておかしくないが、一切ない。
いっそやりすぎて秘匿の可能性もある。
そう思えるほど第一皇子については断片的な話しか聞こえないのだ。
「珍しい」
ウィレンが呟いた。
「何がだ?」
「ハリオラータは金にならないんじゃなかったの?」
皇子のほうを考えていたんだが、ハリオラータについての物思いだと思ったようだ。
「あいつらは興味関心が極端すぎる。しかも交渉じゃなく最初から奪っていくのが当たり前だ。粘着されるようなことをするよりも関わらないほうがいい」
「こっちから奪ってお金にするとかは?」
「奪ったものごと始末されるだけだ」
「え、奪い返すとかじゃなくて?」
「奴らには道理は通じない」
「そうかなぁ? 魔法馬鹿みたいな奴らが加減わからなくなってるだけな気がするけど」
ウィレンは末端のハリオラータしか知らない。
だが俺は幹部を見たことがある。
今の幹部は揃って若いと聞くが、俺が見たのは三十年ほど前。
白い髭の男だった。
もしかしたらハリオラータの頭目だったかもしれない。
ただ人間だから、今はもう生きてるかどうかわからない。
「火に風を吹かせて、火の粉で魔法陣を描いたことがある」
俺はエルフであるため、人間よりも風を捉える力があるのでそう言うこともできた。
ただ火を巻き込んで形だけやってるから、魔法陣が起動することはない。
それでも魔力を通せる形が魔法陣だ。
魔法を維持するのが楽なだけの形に、火の粉という見えやすいものを使っただけの芸。
だが魔法を使えない人間相手には、小遣い稼ぎができる程度のみせものだった。
そこにハリオラータの幹部が現れたんだ。
「子供が面白がって魔法陣に石を投げた。俺はクソガキと叫んだが、その時にはもう、ガキは岩に潰されていた」
「はい?」
「それをやった髭の男はもう一度やれと、俺に金貨の詰まった袋を投げつけて来た。身内だろう男が子供のことで殴りかかろうとすると、そいつを松明のように燃やして、また俺にもう一度やれと迫った」
「…………いかれてる」
「道理が通じないだろう?」
ウィレンは大きく肩を竦めてみせた。
「だから、ハリオラータは割に合わないからやめとけって言ったんだね」
「そんなこと言ったか? まぁ、ファーキン組のほうがシノギは単純明快だったな」
女と薬。
薬を押してきた時に叩き返したが、女はきっちり受け入れてやった。
海賊どもに島の女子供が狙われるよりも、バックがついてる商売のほうが安心だ。
向こうが海賊に女を殺された時には、こっちもいい顔して報復のために手を貸した。
そういう使える様子を見せれば話が通るくらいの道理はある。
無理にファーキン組が押してくるなら、海賊のほうにいい顔をすればいいだけだ。
「そんなの捕まえて、この国どうするつもりなのかな?」
「奴らに道理は通じないが、魔法の腕は確かだからな」
「研究目的? そんなことに命かけるの?」
こいつは海賊の娘だ。
知識や技術にはあまり重きを置かない。
そこに金になるという実利がないと反応が鈍いのは、俺のせいとは言いたくないな。
俺としては知識や技術はあっても困らないし、あったほうが面白いとは思う。
だが、命をかけるかと言えば別だ。
命あっての物種。
それ自体に命をかける価値はない。
「お前と同じく甘く見てるのかもな」
「え、もしかしてここ危ない?」
ウィレンが逃げる方向を考えるように目を動かす。
「どうだか。ここのところこの国の動きはおかしい。何か対処できると踏んでやってる可能性もある」
「探る?」
ウィレンがニヤリと笑って見せた。
学園は内側に対してけっこうザルだ。
一年務めてわかったことだから、ウィレンも情報を漁ることを人目を忍んでやってる。
盗みだけは面倒だからするなと言い聞かせてたが、それは正解だった。
実際ハリオラータが侵入し、その時に調べられ、個人特定される方法ができたらしい。
ウィレンもその動きを知って、物は取らなくて良かったと胸をなでおろしていた。
魔石などもあり、迷ったなどとも言っていたな、全く。
「少しは上品さを学べ」
「学んでますよぉ」
片目をつぶって見せる時点で、王侯貴族には程遠い。
確かに島にいた時には銛片手に海賊を追い回してたから、それで言えばせっせと助手をする様子は上品さを学んだとも言えなくない。
なんだかんだといっても、学ぶことを楽しむ感性はある奴だ。
「お、来たかな?」
ウィレンは足音を聞いて廊下へと出る。
俺に代わって危険があるからということを説明するのは、助手として上出来だ。
入って来た学生たちは緊張の面持ちなんだが、一部はいっそ対策を考えてるような落ち着きがある。
二年目の奴らは、入学してすぐさま舐めた魔法学科を締めたという。
最初いた四人は戦いに慣れ、種族や文化も違うからこその勢いだと思っていた。
だが、留学を許されるほど優秀だという帝国貴族の学生が戻ると、どうもそいつがおかしかった。
「あれ、アズまだ来てないの?」
「ふむ、外は危ないんじゃないのか?」
「だったらウー・ヤー、一緒に迎えに行こうぜ」
「落ち着け。門が閉じてるというから学内にはいないだろう」
「あら、ではアズは運がいいのかしら?」
午前は家の関係で授業に出ないのは別にいい。
だが、出てきたら大抵ことの中心にいるのがアズロスという生徒だ。
その上で、他の目立つ学生の陰に隠れるように動く。
貴族的な処世とも取れるが、その割にやることが大がかりなのは何なんだ。
馬鹿ではない、先も見えてる、準備も行える、他人を使うことも知っている。
つまるところ、周りを巻き込んでいるのに、自分は表立たない妙な動きを、わざとやってるわけだ。
面白いとは思うが、その得体の知れなさが厄介な裏がありそうで今一歩踏み出せない。
利用できるならしたい発想力なんだが、いまいち手が出ない相手だ。
「この後の動きを説明するから静かにしろ」
俺はそこから、一時的に犯罪者が収容されていることと、近く移送されることを説明して、この部屋から出ないよう言い聞かせた。
ブクマ9500記念




