471話:魔法使いの封じ方1
夜中にハリオラータ幹部の侵入と逃走があった。
ただし、学園から外へ逃げることはできなかったそうだ。
「逃走に備えて、まず逃走経路全てを封鎖することを学園側の人員が行いました」
「さすがに何回も逃げられてたらね。侵入は嫌だろうけど、される可能性も潰しきれないなら次善策は必要だ」
僕はウェアレルから聞いて応じる。
場所はまた学園の一角。
そしてヨトシペも一緒だった。
何故なら学園内を逃げ回り、時には隠れるカティを捕まえたのがヨトシペだから。
「アズ郎のお蔭で今度は逃がさなかったでげす」
マギナという仲間の暴走を囮にして逃げたカティ。
さすがに僕だけだと止められないし、セフィラは危険なマギナの力を押さえるほうに専念してもらった。
だから匂いをつけて、後から追えるようにしたんだ。
どうやらそれが上手くいって、夜中に駆けつけたヨトシペが日の出前に捕まえた。
「あなたの叫びでまぁ、上手くいったのはわかりましたが。夜中に騒ぐのはいただけません」
「え、そうなの? そんなの…………なんて言ったのかな?」
つい、そんなの聞こえなかったって言いそうになる。
その場にいたことは秘密だから、当たり障りなく聞いた。
途端にヨトシペは片腕を突き上げる。
「とったどー! って言っただす」
「あ、うん。今度は余裕だったんだね」
「そうでもないどす。もう一人、たぶん強い奴いたでごわす」
「一応報告は受けています。長髪の男だったそうです。イールとニールに確認したところ、ハリオラータ幹部にそのような特徴の者がいるとか」
救出に来ていたのは、マギナだけじゃなかったようだ。
そして幹部級が二人来てたとなると、カティの救出は本気だったわけか。
「考えてみれば頼りないしね、あのマギナって人」
「そうですね、あまり力を制御するという方向性ではなかったようです」
ウェアレル曰く、技術が甘かったそうだ。
カティの時には、雷くらい人間が反応できない速度の魔法じゃないと乗っ取られた。
けどマギナは風でも、魔力の出量に物を言わせて押しとどめるだけ。
「他人の魔法を乗っ取って返すなどという、繊細さと豪快さを兼ね備えた技術はないようでした」
「あとは普通に、性格が戦うほうには向いてない気がしたかな。好きっていう言葉で暴走収まったし。カティよりも全然言葉を聞いてくれるっぽい…………聞いた感じはね」
ヨトシペに誤魔化しつつ、昨晩のことを思い返した。
あの時はとっさに言ったけど、今思うとそんな簡単なことで良かったのかとも思う。
けどそれで収まったし、その後は乱暴にしたり怒鳴ったりすると、反射的に魔法で身を守ろうとするのがわかった。
けどあくまで優しくエスコートすると、にこにこで従ってくれたんだ。
正直、今までのハリオラータと違いすぎてどう考えたらいいか困る。
「だったら、お目付け役だっただす? だから逃げた幹部捕まえたらそのまま去ったでげす?」
「あれ? もしかしてそっちとは争ってないの?」
「ないだすー。とったどーって言った後に、捕まえたハリオラータが、イムって呼んでたけど、助けなかったでごわす」
聞けば、イムという長髪の男に助けを求めたカティ。
しかし、イムは無理だと言って帰ったらしい。
「あと、学園とか本がある場所では戦わないって言ってたでげす」
「あー、もしかしてそれが執着の人かな? カティよりも範囲は広い感じだけど」
執着と一口に言っても、様々だろうしね。
マギナに至っては他人からの好意っていう、範囲どころか基準があやふやすぎる執着だ。
けど確かに人間が感じる執着としては、ありだと思う。
「そうなると、学園から場所を移すのも問題かな?」
「いえ、そこは学生たちへの危険が大きすぎます。すでに場所が露見している以上は移送を早くに行うべきです」
「でもそうすると、本がないからイムっていうハリオラータがくるだすー」
ウェアレルにヨトシペが言った。
「ちょっと気になるんだけどさ、助けに来るのかな?」
「どういうことだす?」
「ウェアレルなら見たよね。街道で襲われた時に、自分たちさえ犠牲にして逃げ果せたハリオラータのやり口」
「そうですね。確かにわざわざ救出に人手を割くことには違和感があります」
これが同じく犯罪者ギルドを作ってたファーキン組なら、仲間のほうを確実に殺す。
ハリオラータのクトルが容赦なく破壊したから、似たようなことすると思ってた。
「思えば、カティもマギナを囮にして逃げてるのに、またねって。つまり、自分が逃げ果せた後、また救出が計画されるってわかってた?」
そう考えるとクトルの破壊は逃げるため、捕まらないための行いだ。
仲間を巻き込んでも、結果的に無事ならいいと割り切ってるともとれる。
極端だけど、幹部だけ特別扱いかもしれない。
そうされるだけの価値を、ハリオラータは淀みの魔法使いに置いてる?
ただそれはそれで、仲間を囮にして一緒に逃げないって選択も引っかかるな。
考え込んでると、ウェアレルが最初の主張に戻った。
「であれば、なおのこと学園に置いておくことはできません」
「けど淀みの魔法使い二人も一緒に置いておくことできないだす」
ヨトシペが言うとおりの問題もある。
カティを移送するために急いで移送場所は作ってた。
けどマギナが増えたことで、一つ場所を作っても同じところに置くのは危険だ。
だったら別々に捉えておくために、一人学園から出しても、もう一人はそのままとなる。
「実際、あそこで封じ込めることはできるんだよね?」
「私が聞いた話ですと、情報を聞き出すために痛めつけようものなら、途端に魔法を使う。その上、本人もわかっていない謎の魔法をその場で作り出し。さらには安全のため魔力を漏出する薬を使わされているにもかかわらず、痛みに判断力を失くして即座に死に瀕するような出力を発揮するそうです」
「え、それ大丈夫なの?」
驚くとウェアレルは首を横に振る。
「そのため、薬で魔力を溜めないようにしているだけで、後は口頭での尋問となりました。それもあまり過激にやりすぎれば、やはり無理に魔法を使って死にかけるそうで。ヨトシペが捕まえた後は、目を覆う眼帯代わりの布を取りあげようとして、すでに死にかけたそうです」
魔力を放出しすぎての衰弱死。
多分魔法使うのは、ストレス反応的なもので本人も制御不可なんだろう。
だからって死なれたら困る。
ルキウサリアとしても、第一皇子である僕の側近が被害を負ってでも捕まえたんだ。
そんな相手をストレスかけすぎて、なんの情報も得られず死なせましたじゃ体裁が保てない。
「一応、魔法使いを完全に封じられるかもしれない方法、あるにはあるけど」
思わず呟いたら、ウェアレルとヨトシペが獣耳をぐっとこっちに向けた。
「けど構想だけだから、実際に人を収容できるかは別問題。そこは専門家に聞かないと」
「現状、ルキウサリア側が作っている拘留施設は、地下に部屋を作り、専用の術式を彫り込んだ石材で囲むことで魔法を減衰する形です」
ウェアレルに言われて、一つ思い当たるものがある。
「石の裏、なんだかダンジョンに似てるね。学園のダンジョンがそういう構造だった。それに室内での魔法の減衰っていうのは、宮殿と同じ術なのかな? なんにしても今作ってる途中なら、僕が横から口を挟むべきじゃない」
「新しい技術は喜ぶだすー」
「どうだろう? この間、錬金術王城で教えたら、それどころじゃなくなっちゃって。やっぱり魔法のほうが好きなんじゃないかな?」
ゴーレムの核づくりは、結局魔法に注目が集まるっていう悲しい結果になった。
ハリオラータのせいで、未だに次の予定がつかないし。
「いや、いっそゴーレムの試験運用する? でもそれはそれで大掛かりで、うーん」
僕が悩みだすと、ヨトシペは尻尾をふりふりし始める。
ウェアレルは何をするのかと不安で、耳が垂れ始めてた。
一度僕が収容場所を監修するっていう話はなかったことにする。
ともかく問題は学園にまたハリオラータが現れるかもしれない状況だ。
そして捕まえたハリオラータが二人に増えても、情報を引き出す決め手がないこと。
「アーシャさまのお知恵を借りたいと、王城より報せが参りました」
数日後、屋敷でウェアレルがそう言った。
「どうも人を惑わすマギナという者の匂い。あれは薬だけではなく、魔力が変質して発せられるものらしく、魔力漏出の薬を使わせるだけ被害が広がるそうです」
「被害ってまさか?」
「はい、対応していた兵士や官吏が軒並みマギナを擁護し始め。中には脱出をそそのかす者まで。その上で、誰が一番マギナに好かれているかと諍う者も現れたとのこと」
まさか捕まえておくだけで、そんな内輪もめを引き起こす体質だなんて。
けどカティが見捨てるように置いて行った理由は、たぶんこれだ。
マギナはそこにいるだけで組織へ悪影響を与える力がある。
前世的に言えば、サークルクラッシャーなんだ。
他人を操るなんて言う魔法は、マギナの体質による副次効果でしかない。
「ともかく匂いを誤魔化そう。今はそれで凌いでテスタに連絡入れて、対策考えるよ」
これは最悪、関係者にアンモニア臭でも嗅いでもらう必要があるかもしれなかった。
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