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469話:淀みの魔法使い4

 僕たちはともかく屋敷から出るために言い訳を考えた。

 僕は早めに就寝。

 その間に、ウェアレル、ヘルコフ、イクトが連れ立って夜の街に飲みに行く。

 って言うのが、屋敷にいる帝国側の人員への言い訳だ。


「執事に言って人の派遣とかはしなくて良かったの?」


 僕は姿を消したまま、イクトのベルトを掴んで聞く。

 屋敷は裏に寮があるくらいだから、学園まで歩いていける距離だ。

 早足になってるけど、僕たちは目立たないように進む。


「それほどの魔力放出であれば、学園内部にある術式に障ります。何よりハリオラータを収容しているのですから、異変があれば報せが各方面に届くようになっているのです。それに普段よりも多くの者が夜間でも控えています」


 ウェアレルが言うには、わざわざ呼ばなくても集まるんだとか。

 ただ、魔力の放出という異常事態の上で、他人を操る魔法使いがいる可能性がある。

 対策のない状態で人が集まっても対処できるか不明だ。


「ま、実体のない相手、しかも魔法に関しても拮抗できるような相手がいるなら、対処してもらわないと」


 ヘルコフは半分諦めた様子で言う。

 もちろん対抗する相手はセフィラで、基本的に僕と一緒にしか動かない。


 魔法という人が行う術には、対象を認識することが前提になってる。

 それで言えばセフィラを操ることはできないはずだった。


「まずはどうやって学園に入るかと思っていたが、どうやら考える必要はなさそうだ」


 イクトが言うので行く先を見れば、学園の正門に人がいない。

 一回夜に入ったことがあるからわかるけど、あそこには不寝番がいるはずなのに。


 いない上に、門まで行くと鍵もかかってなかった。


「すでに侵入されてるのは確定か。ともかく、収容施設に向かおう」


 ウェアレルの案内で学園内はもう走ることにした。

 街と違って人もいないし。

 そして学園の何処かで騒ぐ声もあるから、ちょっと足音立てても目立たない。


(事態を把握できてる人っている?)

(いません。魔力の増大を感じられた者はいますが、それが何を指すかまでは推測できていない状況です)


 つまりは学園に人はいても、現状混乱中。

 対処に動くにはまだ時間が必要らしい。


 そして結果的に僕たちが最初に収容場所である、学園の一角に辿り着いた。

 四角い石造りの、背が低い塔は真ん中に広場があって、そこには誰もいない。


「地下に魔法に関する研究のための守りを敷いた部屋があり、扉は鉄製、壁にも銅板が貼りつけられているのです。そのためハリオラータの収容場所として使われています」


 ウェアレルに案内されて内部にある階段を下りる。

 松明で照らされた地下には人がいた。

 武装した衛兵のようだけど、ぼんやりしたまま立ってるだけ。

 半分寝てるようにも見える。


「これが例の魔法で操られた状態か? 近くに術者はいないようだが」


 イクトが警戒して薄暗い地下に目を走らせた。

 周辺に人影はないけど、ヘルコフが鼻を鳴らして警戒する。


「なんだ、この匂い? 妙に、鼻につい、て…………」


 話していた言葉が途切れ、ヘルコフに異常が現れた。

 すぐさま何かする様子はないどころか、普段にないくらい気を抜いたような顔をしてる。


 声をかけようとすると足音が聞こえた。

 しっかりした足取りで、どう考えても見張りのようにぼんやりしてない人物。

 足音は二つで声も聞こえて来た。


「えー、やっぱりこの布やだぁ。空気が入って来てむずむずする」

「でもぉ、眼帯見つけられなかったの。ごめんね。一番かわいい柄を選んだから、許して?」


 どちらも女だ。

 そして嫌がる声はカティ。

 気安く話す相手は、何処か甘えたような喋り方だった。


「あと、私ももう、この国出なさいってクトルに言われてるの。乱用しすぎたらぁ、私が危ないんだって」

「まぁ、それはそうでしょ。これだけ派手にやってたら種もばれるって」

「もう、カティのためにやったのに。少しは私のことも見直してくれた? 好き? 大好き?」

「はいはい、マギナが好きよ。もうちょっと繊細に魔法使うこと覚えてくれたらね。こんな派手なことしてたらすぐ新手が来るって」

「私争いごとなんて嫌いよぉ。乱暴なことされるのもするのも、嫌なの。カティ、私を守ってくれる?」

「マギナはあたしを助けに来たはずでしょ。だいたい、薬含まされてこっちも本調子じゃないんだから。あの配合どうしてんだろ? 流通してるのよりずっと効く」

「そこはぁ、やっぱり薬学のほうじゃない? 仲良くなってお話を聞いてたんだけどぉ、一番偉い学者の先生が、新しい研究に首ったけでぇ、すごいことをするみたいなのぉ」

「相変わらずふわふわしてる。新しい下僕作るのはいいけど、脱出はちゃんと考えて…………ほら、やっぱり新手が来てた」


 カティは眼帯代わりの花柄の布を巻いてる。

 覆ってない目でこっちを見たけど、すぐには襲ってこない。

 っていうか、ヘルコフが変で、ウェアレルもなんだか不調っぽい。

 イクトはそれがわかって僕を庇って動かないんだ。


「ふん、あたしを捕まえた奴らじゃん。けど、術中にはまりかけてるね。マギナ」

「はぁい。みんな、仲良くしましょうねぇ」


 マギナと呼ばれたハリオラータがやわやわと手をひらめかせる。

 途端に、甘く鼻の奥に絡みつくような匂いが僕にもわかった。


(セフィラ、この匂い何かわかる?)

(不明。推定ハリオラータのマギナが意図して広げています)


 どう考えてもいいものじゃない。

 だったら構えてるだけなんて悪手だ。


「イクト、ウェアレルとルカイオス公爵領から帝都に行く途中でやったあれやって」

「ヘルコフを盾にして動かないように」


 イクトはすぐに応じて、先頭にいたウェアレルのほうへ向かう。

 そっちはなんとかイクトの話を聞いて魔法を使った。

 途端に普段よりも荒い風が地下に渦巻く。


 けどそれを笑ってマギナが言った。


「まぁ、魔法がお上手」

「そいつ雷も撃つから注意ね」


 やっぱり幹部らしく、ウェアレルの魔法を妨害する。

 風はあまり吹かせられずに霧散させられた。

 けどイクトはそこに魔法で水をまき散らし、残っていた風に乗せる。


 途端に、風に散らされた水は凍りついて細かな氷の粒になると、周囲に拡散した。

 一気に周囲の温度が下がって、匂い自体が抑えられる。


「え、あいつは氷使えたのか」

「まぁ、お強いのね」


 カティとマギナは、イクトが氷の魔法を使ったと思ったようだ。

 けど実際は錬金術で作った、氷結させるための薬を混ぜ込んだだけ。

 だから辺りが冷える効果は、薬の効果の間だ。

 魔法を邪魔したところで拡散されたまま、周囲の温度は下がる。


 当たり前のように複数の属性を同時に操るマギナは、水を押さえても冷えが改善されないことに気づいたようで、首をかしげた。

 それは何処か男にこびた仕草で、無害そうにも見える。

 ただ何か言う前に、僕らの近くでくしゃみが起きた。


「ぶぇっくしょい! あー! 頭がはっきりした!」


 ヘルコフが豪快にくしゃみをして、どうやら操られる魔法から抜けたようだ。

 同時に、近くにいた見張りも、寝起きのようにゆっくり動きつつ意識が覚醒し始めてる。


 僕は小声で状況を教えた。


「相手は匂いを使って意識を弱めて操る。眼帯のほうは薬が効いててまだ魔法を使う様子はない」

「ってことは、意識はっきりさせりゃいい訳か。おう、お前らは耳塞げ!」


 ヘルコフは勢い任せに言ったかと思うと、息を大きく吸い込んだ。

 僕たちが従った次の瞬間、ヘルコフは身体強化の魔法で魔力を声に乗せて発した。

 つまり、地下の半閉鎖空間に大音声が轟く。


 声に合わせて至る所でガチャガチャと物を取り落としたりぶつける音がたった。

 次いで、ざわざわと異変に気付く声が上がる。


「ハリオラータが脱走したぞ! 全員しっかりしやがれ!」


 ヘルコフが叱りつけるように怒鳴る。

 その声が聞こえた人の中には、異常事態を知らせる警笛を吹く人もいたようだ。


(なんだか、ヘルコフの声には怒りが滲んでるような?)

(自らだけが敵の術中にはまったことに恥と怒りを覚えています)


 セフィラが不躾にヘルコフの心情を教えてくれる。

 そこは種族的な特性のせいだから、恥じ入る必要はないけど。

 確かに敵の術中にはまったとなれば、怒りも覚えるか。


 僕はともかく、ヘルコフに移動をお願いして、またイクトのベルトを掴むことで、失態を取り返したい熊さんを解放したのだった。


定期更新

次回:淀みの魔法使い5

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 頑張れ熊さん(笑)
ブードゥーのゾンビを作ってるようなもんか
ハリオラータは永遠の天敵
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