467話:淀みの魔法使い2
カティというハリオラータ幹部は、規格外の魔法使いだった。
その戦いぶりを見て、僕には思ったことがある。
「ヨトシペ、ダンジョンの外で取り押さえた時、固くないみたいなこと言ってなかった?」
僕は学園の一室を借りてヨトシペと会ってた。
名目上は呪文作りの相談だけど、実際は僕の検証。
学外でヨトシペと会ったり、他の人を排除して話す場を設けるのが難しかったんだ。
だからヨトシペの身体強化の呪文化を理由に、学内で周囲に人がいないようにした。
同席するのはウェアレルだけ。
場所もできるだけ他の人がいない所を選んでもらってる。
「そうだすー。森の中だと岩を殴ってるような気分だったんでごわす。だから外で力加減間違えたかと思って焦ったんでげす」
「うん、それ、僕も思ったんだ。森の中のほうが、身体強化の魔法が強くかかっていたように思う」
実際はその時そんなこと考える余裕はなかったけど、セフィラに確認を取った。
土の魔法で打ち上げた時、内臓にダメージ出るくらい強く攻撃してからね。
つまり、一歩間違えばカティは死んでたんだ。
セフィラがそんな出力間違いを起こしたのは、森での戦闘状況から。
そしてそんな齟齬が出てるのが一人なら間違いで済むけど、ヨトシペと合わせて二人だ。
さらにはその片方がセフィラというんだから、この間違いには何か理由があると思った。
「イールとニールにも聞きましたが、あちらはそこまで違いを感じてはいないようです。森で戦闘の後は、すでに押さえつけられた状態で、実感はないと言っていました」
ウェアレルが確認した内容を教えてくれる。
ヨトシペはウェアレルに向けてた耳をぐっと僕に向けた。
「それでこうして話すんなら、何か理由思いついたんでごわす?」
「うん、あくまで確証のない話だ。もしかしたら気を悪くするかもしれない」
僕の前置きにヨトシペわからない顔。
とぼけたふりをしてるけど、勘はいい。
変に遠回しに言うより思ったことをそのまま告げたほうが早いだろう。
それでも僕は、結論のために必要な確認をする。
「ヨトシペにはなかった? ダンジョンの中のほうが魔法の利きがいいっていう感覚」
「そう言われると、いつもより早く走れた気がするどす」
「じゃあ、逆に、ダンジョンから出た後に、魔法の利きが悪くなったような感覚は?」
「うーん、あーしも若くないだす。あのハリオラータとやり合うのは、さすがに疲れたでげす。ダンジョンで抜かれてアズ郎たちに追いつかれた時は、鈍ったかと思ったでごわす。その後も疲れ引き摺った気がするどす」
ヨトシペがちょっとしょんぼりして、秋田犬の巻いた尻尾を垂らした。
けどそれを見る同い年のウェアレルは、もの言いたげだ。
(やっぱりヨトシペのほうが動けるからかな?)
(同じように対応したユキヒョウの教師二人は、無理な強化魔法の使用により、三日の休養を必要としているようです)
(あ、うん)
無理をしなきゃ、カティには対処できなかったユキヒョウの教師二人。
なのにちょっと抜かれただけで追いついたヨトシペの弱気に、ウェアレルは呆れたようだ。
どう見ても今のヨトシペに休養が必要な疲労はない。
必要なことは聞けたし、もう推測の核心を言おう。
「僕が見た限り、カティの身体強化は異常だ。ましてやあれだけの魔法を連発して魔力切れを起こさないのはおかしい。何処かに供給源があったんじゃないかと思ってる」
「供給、魔石でどす?」
「いや、カティは淀みの魔法使いだ。地脈が滞ってしまったところで修養した魔法使い。そして、あの簡易ダンジョンは学園のダンジョンに流れてた地脈を流すために作られてる。つまり、淀む前の地脈なんだ」
「淀みの魔法使いとして、淀みで力を得たから、淀みに近い簡易ダンジョンでも強くなれるどす? そんなこと、あるでげす?」
ヨトシペはウェアレルに聞く。
「正直聞いたことはありません。その上で、確かに内外で違いがあるというなら、可能性はあります」
「…………それで、あーしに変わりがなかったか聞いたってことは?」
やっぱり察しがいいとわかるよね。
「うん、カティに対応できたヨトシペの力量は、淀みの魔法使いと同等だと思っていい。つまり」
「あーしも実は淀みの魔法使いじゃないかってことだすな?」
「失礼は承知だけど、あまり気を悪くしないでほしい」
「言われて納得しかねーでごわす」
「えぇ?」
「本気ですか?」
納得されて、僕とウェアレルのほうが慌てる。
そんな僕らに、ヨトシペは笑って納得した理由を教えてくれた。
「あーしの一族に伝わる伝説だすー。あーしのような力のある子は時々生まれるでげす。その最初は、食べ物が少ない年に出産して、お乳も出なくなった一人の女が、原野で出会った子育て中の獣の神さまに子供を差し出したんどす。『この子を捧げますので、どうかあなたの子として乳を含ませてください』ってお願いしたんでごわす」
その獣の神の乳を飲んだ子供はすくすく育ち、ヨトシペのような規格外の強さをもったそうだ。
そのため、ヨトシペも一族の中では神さまの子供としてありがたがられていたとか。
「まぁ、強いとその分獲物も取れるだす。だからありがたがられたんでげす。本題はここからどす。あーしの一族は、その伝説の場所が空いてると、そこでお産するんだす。原野の真ん中なのにいい場所なんでごわす。だから他の動物が使ってる時もあって、そういう時はあーしたちは使えないんでげす」
狩猟生活をするヨトシペの一族は、その場所が空いてると縁起を担いで野外でお産するそうだ。
そしてヨトシペもその場所で生まれたとか。
「一度だけ、その場所が空いてた時に、付き添いでお産手伝ったんでごわす。そしたら、辺りが白く靄がかったんだす。でも気づいたのはあーしだけ。それで白いのが何処から流れてくるか確かめたら、おっきなクジラが、子供にお乳与えてたでげす」
「うん? クジラ? それってあの、海にいるクジラ? その場所、海に近かったの?」
「海も見えない陸地だすー。なのに半透明のクジラいたんでげす。あれは現実にいるものじゃないと思うどす。だから神さまって言われたんだと思うでごわす」
しかもその時に生まれた子は、ヨトシペと同じような力があったという。
「見てたら、地面を水のように潜って消えたんでげす。もしあれが淀みと呼ばれる地脈に関係するなら、あの神さまは地脈を移動してると思うんどす」
「そう思う理由はある?」
「神さまは地脈の中に潜ったんどす。その神さまのお乳が流れる時に生まれた、つまり生まれた子は神さまのお乳飲んでるだす。母親のお乳は生活してる場所で味違うっていうでげす。それと同じだと思うでごわす」
「う、うーん、お乳の味はわからないなぁ」
ウェアレルを見るけど首を横に振って真偽不明だ。
「ただ、ヨトシペが言いたいことはわかった。淀みっていう地脈の中で修練して淀みの魔法使いは生まれる。けどヨトシペは、生まれながらに地脈の中で培われたお乳を直接飲んだ。だから結果としては淀みの魔法使いと同じくらい強く地脈の力の影響を受けた?」
「そうだと思うだすー」
「そうだとしても、検証は難しいでしょうね」
ウェアレルが言うとおり、ヨトシペの故郷は辺境だ。
その上でロムルーシの獣人でも言語が通じないほど違う独自文化の一族。
そうでなくても、淀みに浸る以外に生まれる淀みの魔法使いのような存在がいるなんて言っても、検証もせずに危険視される未来しか見えない。
「ヨトシペが、ハリオラータのような私利私欲で魔法を乱用するようなものではないことは私が保証します」
「うん、わかってる。あくまで力が同程度って話で、その力の元が地脈からの影響ってだけだ。けど人は地脈を直接触れることはできない。それができるのは淀み、もしくはヨトシペが言うように地脈に住む何かを介して。その上で、その二者には違いがある。一応聞くけどヨトシペ、何か執着ってある?」
「ないだすなぁ。あの眼帯奪われて暴れてたみたいなのはないどす。ちょっと体動かしたいくらいは思うでげすが、命投げだすような暴れ方はしないでごわす」
「だよね」
話した感触から、カティもクトルも何処か話が通じない。
けどヨトシペは煙に巻くことはあっても、対話はきちんとできる。
それが触れた地脈の性質の違いか、時間か、はたまた本人の資質か種族か。
それはわからない。
けど言えることもある。
「ヨトシペの身体強化を呪文で再現するのは無理だ。あくまで近づけるのが限度だよ」
「それ、研究室の人に言ったら駄目だす?」
「駄目でしょう。モチベーションが著しく低下します。もしくは検証と言って別のことを始めかねない」
呪文研究を別方向にシフトすべきかと言うヨトシペを、ウェアレルは止めた。
「うん、言わないほうがいい。少なくとも似たようなことを呪文にはできてる。そこを深めて実用にもっていきたい」
「わかっただす。あーしも淀みの魔法使いと同じ扱いは嫌でげす。強くなれるなんて言って一族の大事な場所を荒らされるのも困るでごわす」
「そうですね。今回サンプルがいた。だからこそこうして繋がりも考察できましたが、普通は考えもつかないですから、ここだけの話としましょう」
ウェアレルのまとめに、僕とヨトシペは頷いて応じる。
一応、地脈関連で魔法の強化ができるっていうのは、すでに今の魔法でも知られた話だ。
それが一時的か永続的かは別だからこそ、淀みの魔法使いみたいな人が絶えない。
欲に駆られて暴走する人が出る可能性がある限り、この話はお蔵入り。
使える部分としては、淀みの魔法使いを捕らえるなら、地脈の流れていない場所が有効ってくらいだった。
定期更新
次回:淀みの魔法使い3




