466話:淀みの魔法使い1
収穫祭でハリオラータの幹部が大暴れした。
結果から言えば、魔力の放出に半日かかったんだよね。
無尽蔵にも思える魔力に、学園関係者も慄くほどだった。
それでも押さえ込んで気絶させ、確保することができてる。
「だから、お前は…………! 皇子が敵の足止めに残るな!」
「いや、あれは成り行きでね」
僕はルキウサリアの王城でソティリオスに叱られてた。
壁際に控えてるイクトがちょっと頷くのも見える。
もうそこは側近たちにも叱られた後なんだけどなぁ。
「こっちはそれとなく収穫祭に行かないよう、誘導を受けてたんだぞ? なんで何かあるとわかってて行ってるんだ」
「え、えー。だってクラスメイト全員行くのに、僕だけ行かないとか不自然だし」
「特別に研究施設の見学が許可されたという名目で、会場からは引き離されていたんだ。そこに貴族の端くれのアズロスがいても問題ないだろう」
ソティリオスが当時の話を僕から聞いて、そんな風に怒る。
確かに王城と学園の計らいで、騒動に巻き込まれたら困る王侯貴族の子女は、収穫祭に参加しないように手回しがされてた。
元から収穫祭はお金持ちはあまり参加しないから、念のためくらいの措置だと聞いてる。
けど、そうして引き離されたのに、僕が現場で、しかも暴れたハリオラータの第一発見者になってることにソティリオスはご立腹だ。
「だいたい、側近を呼び寄せていたこと自体、噛む気満々じゃないか」
「あれは、その、侍女たちに、学園行事の雰囲気、味わってもらう、ために…………」
そんな理由でヘルコフとイクトもあの場にいた。
実は離れたところにノマリオラとテレサ、あと財務官のウォルドもいたんだよね。
第一皇子としての僕は、一日王城に呼び出されてるって態で。
側近たちには休暇とか言う名目でね。
まぁ、言っても、完全にアリバイ工作でしかないから、ソティリオスも圧を弱めてはくれない。
ただそこにノックの音がした。
「あ、説明してくれる人来たみたいだよ」
「どうしてこんな無謀なことを王城が止めなかったのかも聞かなければいけないな」
あ、事後の説明してくれる王城の誰かに飛び火しそう。
なんて思ったら、やって来たのは見慣れた王城の学者のネーグ。
うん、ごめん。
「えー、それでは私のほうから、第一皇子殿下、並びにユーラシオン公爵ご令息を襲ったハリオラータの、今般の事件についての経過報告をさせていただきます」
僕の憐みの視線に戸惑いつつ、ネーグが切り出した。
ソティリオスもまずはカティが何をして、どうなったかを聞くために、すぐには責めないようだ。
「今、スタンピードの可能性のある薬剤の販売と、それに対する措置については、僕が知る限りソティリオスにも説明をしたよ」
「それはお手数をおかけしました。はい、殿下のご指摘によって、最悪の事態を免れた形となります」
そもそも学内でこっそり、しかもラクス城校周辺の上級の学舎は避けて売られてた。
学費にも困るような学生狙いで、ソティリオスもそんな薬が出回ってるとは知らずにいたという。
「被害としましては、殿下のお側に侍る方々に負傷者が出ましたことお詫びいたします」
「そこは仕事の内だし、すでに見舞いの品も届いているからいいよ」
ネーグが言うとおり、学園関係者や王城からの警備の人員以外で、カティの攻撃で負傷したのはヘルコフとイクトの二人だけ。
がっちり押さえ込んだけど、その状態でも魔法放ったりして大変だった。
他にも捕獲に回った人たちは大なり小なり怪我をしてる。
もちろんヨトシペやユキヒョウの教師二人、ウェアレルとヴラディル先生も多かれ少なかれ怪我をした。
それくらい、カティは魔力切れになるまでに暴れ回ったんだ。
「また、殿下には改めて、賊の足止めを指揮していただいたことに感謝をいたします」
「改めるような、何かがあったの?」
水を向けると、ネーグが険しい表情で報告する。
「殿下他、錬金術科学生の証言により、ハリオラータが何処かへ向かう途中だったと。その方向を検証し捜索しましたところ、例の薬が穴に埋めた木箱の中より発見。出所を調べると、学生から没収して厳重に保管していた薬が盗まれておりました」
「学園に盗みいるルートが確立しているんじゃないのか?」
ソティリオスの指摘にネーグも渋面だ。
「実は、先日の襲撃の際にも見られた、意識を操る魔法にかけられたと思しき者が数人、収穫祭の日に学園で発見されました」
「その魔法使いも、ルキウサリアから脱出したクトルとは別行動だったわけか」
つまりはカティも、ルキウサリア国内に潜伏してた。
そして今も、他のハリオラータの魔法使いが潜伏してる可能性がある。
正直厄介だな。
「その意識を操る魔法の防止策や、魔法にかけられた者への対処は?」
「妙に機嫌がいい、前後の記憶があいまい、応答が浮つく、美人に会ったと自慢する証言など共通項はあります。しかし、今のところこれと言ったことは…………」
僕の質問にネーグは困り顔だ。
疑うことはできるくらいの特徴はあるけど、防止策として打つ手がない。
「というか、その薬がもし使われていたら」
「あ、そうか。スタンピードになってたのか」
ソティリオスに言われて僕が手を打つと、ネーグも応じる。
「はい、捕えたハリオラータは薬を撒いてスタンピードを起こすつもりであったと思われます。そしてその騒動の中、学生のふりをして逃げ果せる算段だったかと」
「本当に迷惑な手段ばっかり」
「犯罪者ギルドの危険性が今さら身に染みるな」
僕が言うと、ソティリオスも頷く。
これは僕が犯罪者ギルド潰したことに関与してるって知らない?
ユーラシオン公爵くらいならストラテーグ侯爵との繋がりで気づいてそうだけど。
うん、ここでやぶは突かないでおこう。
「捕まえたハリオラータ幹部は今どうしてる? 大量の魔力を消費させたけど、あれが日常的に蓄えておける体質なら、魔力の回復量も相当なことでしょう?」
人間の中にある魔法の元、魔力は体力や気力に似てる。
つまり、消費すれば肉体に影響するし、休息すれば自然に回復する。
だからこそ魔力を極限まで消費したカティは気絶した。
けど気絶してる間に魔力の回復は自然とおこなわれる。
さらに言えば、生活する中で体力や気力が尽きても、二、三日静養すれば回復する。
それと同じで魔力も使わなければ回復する。
つまり、総量が多ければ一日で回復できる魔力も常人以上になる。
扱える魔法も一日の内に増えるだろう。
「魔力を漏出させる毒を、含ませております」
「え、そういう方向?」
「金属の拘束具も使ってるだろうが、他に何があるんだ?」
僕が驚くと、ソティリオスが聞く。
これは前世の倫理観が、この世界とずれてるんだ。
犯罪者でも人権あるし、毒を服用させるとかないっていうのが前世の考え。
けど、この世界はそうじゃないし、危険性を考えると犯罪者を害しても安全を確保する方を優先する。
「いやぁ、魔法使いの犯罪者どうするか知らなかったから、驚いただけだよ。ねぇ、鉄の檻に入れておけないの? 金属って魔法通さないって言われてるんだし」
「檻の隙間から魔法を通されるだろう。まぁ、四方を金属で覆うくらいの特別な収容施設は必要そうな被害だったとは聞いてる」
あ、そっか。
これも前世に引っ張られてた。
監視カメラとかないから、見張りも確実に人力だし、檻の隙間から魔法放たれたら被害が免れない。
ただそれも金属の壁にすると封殺はできる。
でもそこは費用の問題があるんだろうな。
ネーグが難しい顔だ。
「今まではどうしてたの?」
「今までは、あれほど攻撃的な魔法使いを生きて捕らえられたことがなかったもので」
うーん、これは日本との違いってところかな。
犯罪者と相対するなら、相手を殺すのも選択肢に入れるのは前世の外国でもあったこと。
けど僕は、警察が銃を使ったら始末書かされる国の知識だからね。
生け捕り前提じゃないところが、まず違ったんだ。
その上で、カティの捕縛に手を貸してくれたのが、ヨトシペにウェアレル、ヘルコフやイクトっていう、僕の感覚に合わせてくれる人たちだった。
「そう言えば魔力放出という手間をかけたのは、そう言う指示か?」
ソティリオスが僕の命令だと思ったようだ。
違うけど、生け捕りにした意識に僕の存在はあるだろうしなぁ。
一応周囲の安全を蔑ろにしたわけじゃないってことは言っておかないと。
「相手は組織だから、情報ほしいのは言ってたから、そこを汲んでくれたのかも」
「こちらも度重なる逃亡を許しているので、捕縛はありがたく。現状魔力漏出の毒が効いているので。慎重に当たりつつ、情報の聞き出しを行う予定です」
目下の目標は、人を操る魔法の対抗策で、そのためにカティから情報がほしい。
まだ忙しそうだし、これ以上聞くには時間を置いたほうがいいだろう。
僕は少し今回のことで気づいたことを検証してみよう。
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