460話:ラトラスの品質チェック5
数日さらに学園が騒がしくなった。
魔法の研究棟襲撃は、学生とは離れた場所のことだったけど、今度は学内だ。
もちろん、僕たちが薬を調べて報告した結果なんだけどね。
ヴラディル先生たちがすぐに上に持って行って、学内で薬の取り締まりが始まったんだ。
「はぁ、ようやく実験室が空いた」
ヴラディル先生がぼやくのは、数日実験室をネクロン先生が占有してたから。
これもまた薬がらみだ。
魔法薬だから魔法学科のほうが調査の中心になったんだけど、研究棟襲われた余波で色々人手が足りなかった。
それでも魔法学科の教師を中心にという話になってたところで、ネクロン先生は商機でも感じたのか、錬金術科でも調べるって言いだしたんだ。
ヴラディル先生も魔法学科卒だから人手のなさと、最初の発見ってことで許された。
ただそこからネクロン先生が、錬金術科の実験室を占有してしまったんだ。
「結局ネクロン先生は、何を調べたかったんですか?」
「まぁ、収穫祭以外でも使えるようにできればってことだろうな。熱心に成分を調べてたんで、それはそれで助かりはしたんだが」
僕が聞くと、ヴラディル先生が量産を企んでたことを教えてくれる。
ただヴラディル先生と合流する前に、ネクロン先生が肩を落としていたのを、エフィと見たんだよね。
「つまりはダンジョンでの使用を? しかし結果は芳しくはなかったようですね」
「正直、使う素材が馬鹿みたいに高価でな。しかも人口のダンジョンじゃないと反応しないだろうことがわかった。こんな金のかかったもの、学生に売るなと怒っていたぞ」
エフィに答えるヴラディル先生の言葉から、あてがはずれたことはわかった。
「内容物は全部わかったんですか?」
「学園内外でも王城でも調べて、薬学関係者も集められて調べたからな」
僕が王城に上げたし、たぶんそこからテスタにも伝わったんだろう。
「内容は教えられないが、お前たちの推測は八割がた正解だった。希少素材もあるのに、よくあれだけの素材がわかったな」
「え、そんなに?」
僕が驚くと、ヴラディル先生は自分の鼻を指した。
「実物嗅いで思ったんだが、ネヴロフの嗅覚が鋭い。使われてる材料が、葉と木の皮と、草の根だってのを嗅ぎわけてた。それと肝を使ったか、血を使ったか、皮革か骨かまでかぎわけるんだから、こっちもそれに合わせて探るヒントにもなったぞ」
多分獣人である上で、臭いには敏感なのかもしれない。
本人が言うのは、根っこっぽい臭いとかその程度だけど、素材の元の形状が想像できるなら、確かに調べやすかっただろう。
僕たちもそれに頼って推測してたし。
「希少素材をよく知ってたのは、イルメとアズだったな」
「え、そうかな? あー、僕は図鑑で見て覚えてただけだから、きっとイルメのほうが合ってたんじゃない?」
エフィに言われて、宮殿の希少植物横目に散歩してたなんて言えないから誤魔化す。
そんな話をする実験室には、僕とエフィとヴラディル先生だけだ。
「で、ようやく精霊にヒントをもらったっていう話の検証ができる」
今日はヴラディル先生に検証のためつき合うよう言われて来た。
もちろん魚の精霊についてだ。
口頭での報告では、実験工程も全部伝えた。
ただその後に、僕とエフィでヴラディル先生に精霊のことを耳打ちしたんだ。
「灰を混ぜて分離させてからって工程が、魔法学科のほうでも調べやすいって話でな」
「何処まで調べたか聞いても?」
僕にヴラディル先生は他言無用を言いつけて答えてくれる。
「城のほうにもこのことは上げられて、ラトラスの目撃証言も有用だった。それと、お前たちが指紋の採集してくれたのも、だいぶ有用に使われたぞ」
「確かアズが研究棟の時に見た相手と同一犯かもしれないという話だったな。つまり、その時に集めた指紋が、収穫祭関係のところから?」
エフィの推測に、ヴラディル先生は頷いた。
「あぁ、収穫祭の企画書にな。そこには簡易ダンジョンの規模やテーマ、魔物や素材なんかの情報も含まれてた。人工的にダンジョンを発生させるなんてそうそうできる実験じゃないから、研究棟のほうでも噛んでる話だったんだ」
それらを、指紋が残ってるハリオラータらしい者が触れて、内容確認されてた。
保管場所にも指紋という出入りの痕跡があり、ハリオラータが収穫祭で何か企んでるのは確定的だとか。
「そうそう、ラトラスとタッド。二人の証言も助かったな」
「何度か会っただけでは?」
エフィが疑問を向けると、ヴラディル先生は笑って見せる。
「会って、薬がどれだけ広まってるかや、値段や数量を調べてたんだ。お陰で在庫抱えてる学生を見つけられた。それで、錬金術科にも試験用に薬を回してもらえたんだ」
「薬で先生たちはどう調べたんですか?」
僕が聞くと、ちょっと考えてからヴラディル先生は教えてくれた。
「ま、一番は簡易ダンジョンを作って、そこで本当に薬が使えるかを試したな」
「どうでした?」
エフィも興味を示す。
聞けば教室くらいの広さの範囲を柵で囲って、さらに魔法で守りも敷いた。
その上で学生がやるのと同じ手順で簡易ダンジョンを作ったという。
「効果に偽りなし。そしてお前たちが推測したように、スタンピードが起きる可能性がある」
「イルメの推測が当たったわけか」
「簡易ダンジョンの造りを知ってたエフィの説明もあったからだよ。あと、ダンジョンを知ってそうなウー・ヤーの発想もね」
有名なダンジョンが国許にあるって言ってたし、ウー・ヤーはスタンピードを経験したことがあるのかもしれない。
「ヴラディル先生、薬の回収は終わりそうですか?」
「やっぱり金払ってるからって隠す学生もいる。だから今から会場計画を見直して、当日持ち込む奴を止められるようにも計画するそうだ」
二十三人の刺客で人員の見直しが行われ、その周辺も調べるためにさらに人手が割かれた。
それが落ち着きかけたら、今度は研究棟の事件。
そっちでさらに対応を迫られてるところに、水面下で学生に薬を広められた。
そして収穫祭でスタンピードを企図していたかもしれないから、また諸々見直しと。
今でも人手が足りずに慌ててるのに、ハリオラータの目論見が実現してたら、王城はてんてこ舞いだっただろう。
アイアンゴーレムどころじゃなかったはずだ。
「…………いるか?」
ヴラディル先生が声を潜めて聞いた。
(います)
答えたのは僕じゃない。
その上で、セフィラの声は聞こえてない。
(何処にいる?)
(天井です)
言われて上を見れば、電灯の代わりに吊り下がった蝋燭立てがある。
輪の形をして、いくつものローソクを立てて明かりを灯す器具だ。
小雷ランプ作ってからは、室内には壁につけられた小雷ランプの明かりが使われてる。
だから今天井の蝋燭立てには何もないはずだった。
けど金属製の輪の上には、寝そべって身を隠しつつ、確かにこっちを見下ろす精霊が。
「う…………!?」
「お…………!?」
僕の動きに合わせて上を見たエフィとヴラディル先生が、驚きの声を堪える。
「本当にアズは驚かないんだな。びっくりしないか、あれ?」
「今日はあれを探してきたんですから」
なんて言うけど、精霊が何処にいて何見てるかなんてことに驚いてたら、セフィラと生活なんてできないよ。
そう思って見てたら、突然魚の精霊がはっとした。
すごく遅い。
今なの? 今見つけられたことに気づいたの?
顔は人間っぽいんだけど、なんか基本無表情で魚感があるなぁ。
「話を聞いてもらえる?」
聞いたんだけど、嫌とでも言うように泳ぎだして、今度は窓枠の上に隠れた。
「基本薄暗いところが好きみたい?」
「で、声をかけるのも駄目と」
僕が言うとヴラディル先生がメモを取りながら応じる。
エフィはこっくりさんよろしく用紙を出すけど、それにも魚のほうは反応しない。
代わりに、青トカゲが出て来た。
「あれ、三人以上は嫌だったんじゃゃないの?」
「今三人だろう? あ、あの魚のほうも入れて四人か」
セフィラを知らないエフィが勘違いしたんだけど、青トカゲは文字を踏んで、今はいいんだって答え。
これは最初にエフィに近づいたし、単にエフィを気に入っただけの話かもしれなかった。
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