46話:環境の変化1
八歳でお酒を売って、九歳で暗殺容疑…………波乱万丈すぎでは? 僕の人生。
けど気にしない。
だってその後はいいこと続きだ。
「嬉しそうね、ディンカー。去年から会うたびに機嫌が良くなってる気がするわ」
お酒を売るだけだったはずが酒造にも手を出したモリーが、ヘルコフを相手にそんなことを言っている。
「怪我の功名っていうか、父親の再婚相手が軟化してな。待遇が良くなったんだよ」
僕は今ディンカーとしてお酒造りの工場にいる。
場所は混合室と呼ばれる一角で、そこには僕がお酒を試しに作れる場所が設けられていて、今は試飲用を作ってた。
「あ、だからこっちくる頻度下がったのか。まさかもう酒作らないとか?」
黄色い子熊のテレンティが丸い耳をぐっと立たせて聞いてくる。
「そこはモリーと契約だからちゃんとやるよ。ただ、周りに人が増えたから抜け出す機会が減ってね」
「そう言えばそろそろ出会って一年か。今九歳? あれ? 逆に酒作らせてるほうがまずいんじゃ…………」
橙色の子熊のレナートが気づいてしまった。
うん、子熊姿で成人した三つ子がいるから僕の存在紛れてるけどね。
「僕が言い始めたことだし、軌道に乗るまでは投げ出さないつもりだけど。えへへ」
「本当に機嫌がいいというか、緩んでるな。待遇が良くなった以外にあるだろ」
紫子熊のエラストがもふもふから爪がつきだした指を差す。
「実は、弟に会えるようになったんだ」
聞いて僕の大躍進!
そう思ったのになぜか静まり返ってしまった。
「…………ヘルコフ、確か母方の実家が強くて父親も庇えないみたいな話だったわね?」
「父親はちゃんとで、ディンカーのこと可愛がってんだよ。会うの月に二回くらいだけど」
「「「少な!?」」」
子熊たちが声を揃えてヘルコフを振り返る。
「けど弟たちが僕の部屋に来てくれるようになったんだ。それに、たまに呼ばれて本館のほうに行けるようになってね」
元気になったフェルとワーネルは泣かせてしまったのに次に会った時は笑顔でいてくれたし、僕のお蔭だと抱きついてくれるくらいに受け入れてくれたんだ。
そしてテリーも酷いことを言ったと謝罪してくれてる。
僕を怖がってたのはどうも周りから第一皇子は帝位を狙って襲ってくると吹き込まれてたかららしい。
さらに三年前に会ったのが僕だと認識せずにいたことも判明。
誰か優しいお兄さんに会った記憶はあっても、それが悪意しかないと言い含められた第一皇子と結びつかずにいたそうだ。
「…………ディンカー、お前全然そんな風に見えなかったけど、実はすごく不遇をかこってたんだな」
「叔父さんが妙に甲斐甲斐しいと思ってたけど、隠し子とかじゃなくて普通に見過ごせない状況だったんだな」
「っていうか、本館行けないとか来てくれるとかって、つまりディンカー自身は自分の家も好きに歩けないんだろ?」
三つ子が口々に言うけど、なんか今、テレンティがとんでもない邪推を漏らさなかった?
「月二回会うだけなんて、それ本当に可愛がってる? 今までの不遇放置してたんでしょ?」
「まぁ、なんだ。父親のほうもちょっと家庭環境特殊な中で育ったから、不器用なところあるんだよ」
責めるモリーにヘルコフは言葉を濁しつつ父をフォローする。
ただの貴族と思ってるならしょうがないけど、実際は個人的な好悪で国を動かしてはいけない皇帝だしね。
家族についても政略が絡みついてる血筋だから確かに特殊だろう。
僕も父を責めるのは違うと思う。
「モリー、へ、父上は養子というか連れ子が近いかな? そういう立場の人で、たぶん、目指すべき父親像がないんだ。だから何をすればいいのか、父親として何が足りないのかわかってないんだよ」
色々足りないし、気が回ってないからこそこの歳まで騙してこられた。
あのニスタフ伯爵家で淡々と育てられたとしたら、子供の様子を窺う親なんて想定できないんじゃないかな?
父は勉強の具合を気にしたり、どんな交友関係があるかを気にしたりしなかった。
それは小さい頃に父もされた覚えがないから、最初から考えになかったんだと思う。
テリーやフェル、ワーネルは妃殿下がいたから健やかに育ってるんだろう。
子供を気にかけて、父にもそうと伝えることをしているのを交流ができてから見た。
だから僕相手ほど、父も抜けがなかったんだ。
「なんかそれ、ディンカーには父親像ありそうに聞こえるけれど?」
「僕? あぁ、そうだね。うん、まぁ、あるね」
もちろん前世の父親じゃない。
たぶんタイプとしてはニスタフ伯爵に近いし、前世の父親の怒りっぽくて口うるさいところを抜いたらニスタフ伯爵になるんじゃないかと思ってる。
そして僕の目は自然とヘルコフに向かった。
作業台を挟んで僕の目の前に並んだ三つ子も視線を追ってもう一度ヘルコフを振り返る。
モリーも隣を見るから、自然とヘルコフに視線が集中した。
「いや、本当それ、父親には言わんでくださいよ? 今回のことで本当に落ち込んでるんですから」
「ヘルコフに何か言ってるの? 僕も黙ってたし、いっそ黙ってたこと怒られると思ってたんだけど」
言っても通じない人もいるけど、言わないとわからないのが人の心だ。
だから僕が辛い、寂しいとでも言えば、きっと父は皇帝であることを横に置いて応えてくれた。
そう思うから言わなかったんだ。
つまり、父の心を蔑ろにしたのは僕が先。
「まぁ、やっぱり最初の内は乳母からそれとなく聞いてたのに考えが至らなかったとかですね。あと俺らも知ってて黙ってたんで、そこ絡まれましたわ」
「僕が黙っていてほしいってお願いしたことは?」
「言いましたよ。お前よりずっと息子のほうができがいいって、ようやく言えました」
ちょっと皇帝陛下に何言ってるの?
僕の歳費のことで財務部とやり合ったり、ニスタフ伯爵家とやり合ったり大変だったの知ってるでしょ。
「まぁ、家継がせられない長男に才能あるなんて言いふらしても、お家騒動の種まくことにしかならないわよね。ディンカーはその辺弁えてたと」
モリーは呆れるように言って、僕を横目に見る。
「こそこそしてるのも才能あるってばれないためか?」
「もう叔父さんが言ったならばれてるだろ?」
「だったら今以上に酒造り、いや、今度は酒に合うつまみづくりに精を出して!」
「しません。お酒作ってることも言ってません。僕が出すのはアイデアだけです」
期待を膨らませる三つ子に釘を刺した。
モリーがちょっとがっかりしてるのは見ないふりをする。
「今までどおり来られる時には夕方以降だけど抜け出すから。前日にヘルコフに連絡してもらうのも今までと同じで」
「継母と弟と仲良くなれたのはいいけど、外戚が快く思ってない場合もあるでしょ。何かまずいことになったらアポなしでも駆け込んできてくれていいわ。喜んで、ディンカーの才能抱え込んであげる」
モリーが知らないからこそ相当不穏なことをウィンクしながら請け負ってくれる。
「僕は人に恵まれてるみたいだ。ヘルコフ、今度父上と話す時には、あなたの息子に生まれてよかったと伝えておいて。僕の周囲の縁は父上が用意してくれた人たちなんだから」
言って、僕は妙な空気になる前に、グラスを一つ置く。
鮮やかなオレンジに真っ白な泡が綺麗に見えるようグラスで作ったカクテルだ。
「ビールとオレンジでビターオレンジだよ」
次にレモンイエローの中に立ち上る炭酸が綺麗なカクテルを出す。
「こっちはビールとレモネードでパナシェ」
さらに琥珀色のとろりとした色合いのカクテルを並べる。
「ビールとジンジャーエールのシャンディ・ガフ」
次はどんと黒味のあるカクテルを置く。
「黒ビールと白ワインのビア・スプリッツァー」
そしてミントの葉を混ぜ込んだ見た目はただのビールを用意する。
「ビールとミントで匂い付けしたお酒のミント・ビア」
全部にレモンをトッピングしてあり、並べるとやっぱり色合いがいい。
グラスにして正解だけど、ミント・ビアは食用色素で緑にしたかったな。
作るか?
「蒸留酒でなくても味は色々…………って、全員分あるから喧嘩しないで!」
ちょっと考えている間に、お酒に群がる駄目な大人に僕は声を上げたのだった。
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