456話:ラトラスの品質チェック1
学園にハリオラータが侵入して、大変な騒ぎになった。
そこにクラスメイトも巻き込んでしまったのは僕だ。
その後には大変な作業を手伝ってもらった。
「これ、巻き込んだお詫びとお礼も兼ねて」
僕は教室にお菓子を差し入れる。
ぐったり疲れてたクラスメイトたちが反応して、お菓子の箱に手を伸ばした。
育ち盛りの放課後にお菓子出されたらそうなるよね。
「ラムケーキっていう、ラム酒づけのケーキなんだけど。お酒駄目な人いる?」
「こっちのお酒は口にしたことがないわね」
「俺は平気。わ、いい匂い。さすが貴族」
イルメが不安そうに言う横で、ラトラスはうきうきと手に取る。
実はお酒好きなの?
「ケーキってなんだ? いい匂いなのはわかるけど」
「自分も知らないな。こちらの菓子なのだろう」
「小麦粉に砂糖を混ぜて焼いた菓子だな」
ケーキを知らないネヴロフとウー・ヤーに、エフィが当たり前の顔して食べる。
こっちの世界お菓子自体が高級品だからね。
食べたことなくても不思議じゃない。
ちなみにお酒駄目だった場合は、固焼きのナッツのケーキを用意してた。
ケーキがお酒に浸されてるのも、固焼きなのも保存のためだけど、どっちもみんな手を出す。
「で、食べながら今日の報告しよう」
僕が言うと、全員が食べながら頷いた。
表情からしてお酒が駄目な人はいなかったようだ。
僕は前世の記憶があるせいか、お菓子から溢れるきつい酒精に慄いてしまう。
別に食べられないわけじゃないけど、癖が強すぎる気がするんだよなぁ。
「指紋はもう採れるだけ採ったから、後は分類だな」
「それと、どういうわけだってうるさい人に説明」
エフィが言うと、ラトラスが疲れた様子で続けた。
僕たち六人だけじゃ、一日で採取しきれず。
それでも、ともかく消える前に採取をした。
その後は研究者たちに手伝ってもらって、さらに個人の指紋を採取と分類。
その後に比較検証で、不明の指紋をピックアップしたりと本当に大変だった。
「そっちで論文の盗み見とかは勝手にやってくれよって話だよな」
ネヴロフまでぼやくのは、調べる中で他人の論文漁ってた不届き者がいたから。
そのせいで面倒なことになって、盗み見をしたしてないの水掛け論。
指紋の一致がどういう話になるかを一から説明して、やっぱり盗み見だと喧嘩してた。
他には大事な資料が炭の粉で汚れたって怒る人とか、ともかく採集した後も説明に走り回ってもらったんだ。
「指紋保存のために綴っているんだが、すぐに解いてまた綴り直しになる」
「門のほうでも指紋採れと言われたわ。それも私たちが検証をするの?」
疲れた様子のウー・ヤーに、イルメも終わらない作業に溜め息を吐く。
さすがに不特定多数が触る上に、表面の凹凸が激しすぎると無理だ。
門のほうの指紋採取を断るにも、そういう説明も一からまたやらなきゃいけない。
「そっちの対応は僕がするよ。手を貸してくれてありがとう、助かったよ」
「それは、被害者側から聞きたかったことね」
イルメが憤慨しつつ答えるのに、エフィは研究棟の話に戻す。
「結局、いくつか重要な研究結果を盗み見られたって所らしいが」
「さすがに持ち去られた資料は知らないよなぁ」
ネヴロフが嫌そうなのは、盗んだと疑われもしたからだろう。
そこはさすがに学園長に訴えて間に入ってもらった。
僕たちの行動も、有益なことだということを学園長から言ってもらって、それでこっちを非難する人はいなくなったけど、それでも被害に遭った怒りを無闇にぶつけてくる人はいる。
「変な派閥争いに巻き込まれそうになったのは、本当今やらないでよって感じ」
「敵は別にいるだろうに、不毛なことだな。それで言えば錬金術科は平穏だ」
愚痴をもらすラトラスに、ウー・ヤーはヴラディル先生が落ち込んだだけのこっちの状況にちょっと笑った。
人が集まれば派閥ができるのは何処も同じらしい。
その争いが表面化してきたから、ヴラディル先生たちが僕たち錬金術科の生徒は、もう研究棟の件から手を引くよう計らってくれてる。
やりかけの収集した指紋の処理を終えて、先生に託せば手を離れることになった。
「そういえば、来月に催しがあるよね。収穫祭って誰か参加する?」
聞いたら、僕以外の全員が手を挙げた。
「え、みんななの? そんなにお金困ってる?」
「違うよ、俺が助っ人頼んだんだ。アズは戻ってきてなかったから声かけてないだけ」
「去年はアズとエフィいなかったけど、ウー・ヤーとイルメに手伝ってもらったんだ」
ラトラスが答えると、ネヴロフが去年も参加したことを教えてくれる。
ウー・ヤーはやる気らしく、拳を握って決意表明。
「自分は、今年は本格的に狩ろうと思う。適した場所を選べばそれなりに行けそうだ」
「私は運動の代わりね。たまには弓を引かないと鈍ってしまうからちょうどいいわ」
イルメがまるでエクササイズするみたいに言う。
そしてエフィはもっと世知辛い理由での参加だった。
「家のこともあるから、念のため自分で動かせる金を持っておきたい」
そうして参加する理由を挙げた全員の目が僕に集まる。
「今回手伝ってもらったし、僕で役に立てるなら。ただ、知ってのとおり僕はあまり魔法が得意じゃないよ」
「その代わり錬金術得意だろ。だったら、いい稼ぎ方思いついてくれるかもしれないしな」
ネヴロフがいうと、エフィが思い出したように言った。
「そういえば、友人が妙な噂を聞いたそうだ。収穫祭のフィールドで、上手く稼げる薬があるとか。だが、そんなもの魔法学科では認知してないという」
「怪しいな。そうした幸運を招くなど謳うのはたいてい詐欺商品だ」
ウー・ヤーがバッサリ言い切ると、エフィも詐欺を疑ってらしく頷く。
ただイルメが何故か意味深にラトラスを見てる?
「あ、もしかして、ラトラス買っちゃったの?」
「まぁ、持ってるは持ってるけどね。乗せられて買っちゃったのは後輩のタッドだよ」
そう言って、ラトラスは小瓶を出す。
面白味も何もない焼き物の小瓶だ。
蓋はしっかり蝋で固められてる。
ただ、すでに開封した形跡があり、蝋は割れていた。
「魔法薬らしくて、私も一緒に調べたわ。ただの詐欺の割に手が込んでるようよ」
噂の薬をすでに知ってたイルメが教える。
どうやらタッドからラトラスに相談があったそうだ。
で、ラトラスは一番知識のあるイルメに相談した。
結果、開けて中を確認することになったんだとか。
「へぇ、手が込んでるってどんな風に? 見てもいい?」
僕が興味を示すと、ラトラスが許可をくれて、小瓶を開ける。
暗く狭い小瓶の中には、うっすら液体があるのは見えた。
「魔法薬か。本当にこれを地面に撒けば探し回らなくても希少素材が生えてくるのか?」
エフィがそうした噂があることを教えてくれるけど、疑ってるのが声に滲んでる。
覗き込む僕に、ウー・ヤーが水魔法で小瓶から取り出してくれた。
宙に浮く液体は濁った水色。
調べたというイルメがさらに説明を追加してくれる。
「ちゃんと魔力は含まれていたけれど、封を切った時から薄れていて、もうほとんど残ってないわ」
「じゃあ、これただの汚い水か。タッド、こんなのに金払ったのか?」
ネヴロフが同情的に言うと、ラトラスが両手を肩口に上げて見せた。
「実は、買ったって聞いて、俺が品質はチェックすべきだって開けさせたんだ」
「なので、私たちは後輩の分も手伝うことになってるわよ」
イルメが封を切る交換条件があることを告げた。
それくらいはと僕もクラスメイトも応じる。
その上で謎の薬について、僕以外も興味津々だ。
「どう使うように言われてたの?」
「フィールドに入ったら、地面に垂らすんだって。臭いとしても何か薬草みたいなものが入ってるし、一応効果っていう目的を持って作られてるっぽいんだけど」
ラトラスはさらにもう一つ小瓶を取り出した。
今度は封の割れてない新品の謎の薬だ。
「イルメとじゃ調べきれなかったんだ。どうせなら、これの品質チェックにもつき合ってほしいんだけど、どう?」
ラトラスは結局自分も怪しい薬を買っているらしい。
その上で、僕たちがこうして揃うのを待って手伝いを持ちかけて来たのだった。
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