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閑話91:とある室長

 魔法学科の研究棟に悪名高いハリオラータが侵入した。

 居合わせた者に正体を見破られ、そのまま戦闘へと突入したそうだ。

 人的被害はなかったが、ハリオラータが逃亡のため一部を損壊。


 その損壊された研究室は、私のものだった。


「あの、大丈夫ですか?」

「あ、あ…………」


 私は焼け焦げ、残った書類も研究機材も散乱した室内を前に動けずにいる。

 床に座り込む私を、他の者たちは横目に通りすぎたが、一人声をかける者がいた。


 目を向けると、黒いラクス城校のマントを着た少年。

 しかし裏地から錬金術科と察せられた。


「何? なんだ?」

「書類が、その部屋から廊下に飛んでいたので。こちらの研究試料では?」

「そんなの、もう…………」


 銀髪の少年が差し出す資料は確かに私のものだ。

 しかしもう、消火のために水までばらまかれ、これほどになってはどうにもならない。


「あの、これ以上散逸しないよう簡単に片づけませんか?」

「必要、ない」


 失意のまま投げやりに応じると、銀髪の少年は困ってしまった。


「この後、研究棟の調査をします。そのために、皆さんには移動をお願いしているんです」


 どうやら私に声をかけたのは、資料以外にも理由があったようだ。

 そう言えば、周囲を通りすぎる者たちは揃って研究棟を降りている。


 そんな中、通り過ぎる者が言い合う声が聞こえた。


「うわ、ひどいな。私の研究室じゃなくて本当に良かった」

「し、絡まれると面倒だ。あそこは赤い呪われた星を扱っていた」

「あぁ、そんなものを研究してるからこんな目に遭うんだろうな」


 ひそひそと交わされる批判など、いつもなら探求心を捨てた愚か者と鼻で笑う。

 しかし今は、嫌に気力を削いだ。


 聞いていた少年は、まだ私の隣を離れず聞いた。


「あの、なんの研究をされていたんですか?」

「どうでもいいだろう」

「魔法学科での研究は、どうでもいいような題材を研究させるほど余裕があるんですね」


 思わず睨むが、銀髪の少年は不思議に冷静な目で私を見下ろす。

 青に金のさす印象的な目が、手元の資料に向かった。


「断片的に見た限りですが、天文の研究ですよね。その上で赤い星? それはどの星のことですか? どうやら何かの説を立証しようとされていたようですが」


 少年の手元には二枚ほどしか資料はない。

 そこまで私の研究を読み取れる内容のものが、上手く手元にあったのか?

 そう思っていたら、少年は答えない私を置いて研究室に向かう。


「ま、待ちなさい! そこは崩れる危険も!」

「あ、そうですね。ちょっと待ってください」


 少年は気軽に答えて、そのまま最初から目的があるようにいくつか散らばる資料を拾い上げていった。


「この濡れて消えてしまった先の文章は? 星の動きがおかしいという話で合っていますか? どのようにおかしいかを聞かせてほしいんですが?」


 そんなに熱心に聞く者など、魔法学科の学生にもいなかった。

 相手は、魔法の劣化と言われる錬金術科の学生。

 さらに言えばラクス城校にまともに入れず妥協した学生だ。


 周囲から罵られるような境遇は想像ができる。

 弱った心に、そんな学生へシンパシーが湧いた。


「…………私が、調べていたのは、逆行する赤い星についてだ」

「逆行?」

「そう、太陽の近くに現れる赤い星は、星の位置を記録した文書に古くから存在する。太陽も月も星々も、極北で動かない星以外は東から西へ、右回りに移動するのは?」

「はい、そう習いました」

「赤い星は、西から東にも動くのだ。それ故に、天の理に背く凶星と伝承され、その赤い星が輝く時代には大変な戦乱が起こると言われる」


 そんな凶星を調べる私も、嫌われていた。

 しかし理を外れる理由を無視して恐れるだけなど、学術の徒として間違っている。

 自らが究明し、天の理に外れるものなどないと証明したかった。


 そう志して、しかし、結果は扉から窓まで吹き飛ばされ見るも無残な研究室。

 ここからもう一度研究をやり直すなどできるわけがない。

 ましてや今日まで積み重ねて来た研鑽のほとんどが形を失ってしまっている。


「あぁ、はは。そうだ、もう新しい論説を捻る出すことも、難しくなっていた。これで、仕舞いにすべきという、報せか」

「いえ、そこはハリオラータの蛮行なので、運が悪かっただけですよ。この飛び降りても逃げられると判断する高さにある研究室は、何処もこうなる可能性があった」


 私が自棄になると、少年が淡々と告げる。

 見れば、資料を捲って真剣に何ごとかを考えているようだった。


 あまりに真面目な横顔に疑問が湧く。

 声をかけようとすると別の声が先に少年へと投げかけられた。


「アズくん、どうしました?」


 見れば、緑の髪に獣の耳を生やした学園教師がいた。

 在学中から名高い魔法使いであり、簡単に教職を捨てたかと思えば、また簡単に成果を提出して教職に復帰した才人。


「…………気になることがありましたか?」

「えぇ、こんな動きをする星があるとは知らずにいました」

「あぁ、そうですね。特異な星なので、特別教えることもなく。それに悪い意味の星ですから、あえて避ける教師もいます」


 当たり前に教師と生徒として対話する様子には慣れがある。

 そう言えば双子の片割れが錬金術科か。

 その関係で、錬金術科の学生を相手にすることもあるのだろう。


 才人は小さく息を吐くと、杖を振って繊細に風を操った。

 そうして、研究室に残った資料を集め出す。


「な、何を?」

「気になることがありましたので、後日確認させてください」


 そうして資料をまとめると、散らばらないようにがれきを重しとして載せる。

 少年も手伝って、壊れた研究のための模型も箱に詰めていた。


「さ、これで気は済みましたか? ともかく移動しますよ」

「はい」


 少年に言った才人は、こちらの返答を聞かず私の腕を引き上げ立たせると、研究棟を降りだした。

 私はそうして無理やり動かされて初めて、研究室の前から歩き出すことができたようだ。

 きっと、自分の足と意志では、あの場を離れられなかっただろう。


 そんなことがあってから五日、私は代わりに別の研究室をあてがわれた。

 しかし、あの時集めてもらった資料や模型に手をつける気にもなれずにいる。

 少ないながらにいた助手たちも、再建の見込みはないと去っていった。

 一人、何も片付いていない研究室に、私は何をするでもなく座り込んでいる。


「失礼」


 突然のノックと来訪者に、半ば虚脱して返事をすると、あの緑の才人が現れた。

 そしてその後ろには、薬学の権威の姿まである。


「な、なんでしょう?」

「いやいや、君の研究に興味を持たれた方がいらしてな」

「その方が、簡単に実験道具と模型を作られたので、研究者としてのご意見をいただきたいのです」


 そう言って才人は、球体の上に小さな人形を乗せたものを机に乗せた。

 それを突然、指で捻って回すことで、コマだと知れた。


「このように自転することで姿勢を制御し、球体も水平を保つ。このことは?」

「それは見てわかろう。それよりもこちらだ」


 私の返事を待たず、薬学の権威が模型を置く。

 それは中央に大きな球があり、そこから水平に回る棒と、棒の先に小さな球がついたものが二つずつ並んでいた。


「この自転しているのが、我々の地面、そしてこちらの赤くした玉が赤い凶星。それが同じように東から西へ時計回りに動きます。その際に、自転をして視点者の位置は変わる。それを考慮の上で、赤い星を観測した場合、どうなりますか?」

「そんなのどう…………どう…………こ、これは!?」


 天の理に従って動いていても、見える位置が違えば、翌日の観測はまるで逆行しているような位置に変わる。

 しかも動いている円周に違いが出ればその分、ずれも生じる。


 そこには私が求めていた答えがあった。


「さて、これを観測することで実証するには、さらに実験器具の考案が必要だと仰るのだ」

「だ、誰が? 誰がそのようなことを?」

「それは、あなたがこの先も研究を続け、その身を費やす覚悟があるかどうかですね」


 誘うような薬学の権威に、才人が覚悟を問うように見据える。

 しかし目の前に突きつけられた可能性を無視などできない。

 さらにまだ先があると言われれば突き進む性分だからこそ、研究者をしているのだ。


 私はその日、政治に近すぎて遠ざけるしかない才能の存在と、その方が命名した錬金法を知る。

 そしてなぜ私だったのかと聞いた時に返った答えは、魔法を修めた上でその理論に捕らわれない人材がほしかったというものだった。


ブクマ9100記念

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― 新着の感想 ―
錬金釜の作動原理が天動説だったから、この世界は天動説仕様なのかとおもったけど地動説じゃったんじゃなあ。ってことは、錬金釜のなかに構成する世界は必ずしも現実に即している必要は無くて「こういう世界なんだ」…
チーっす! 欲しい時に良い人材が落ちてたなあ
世界について教育したいときに、自力で地動説に到達しそうな天文学者は絶対ゲットだよな
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