454話:懲りないハリオラータ4
研究棟にハリオラータが侵入してから半日が経った。
僕はまた魔法の研究棟にいる。
現在ヨトシペが追跡続行中だけど、さすがに学園からは逃亡済み。
さらには門番の一部が謎の魔法に操られて、ハリオラータの学園都市外への逃走を黙認したという。
けど定期的にヨトシペが遠吠えを上げて居場所を知らせるから、ルキウサリアの兵も隊を組んで追ってるとか。
「まずは一度みんなでやって、そこから研究室に調べに入るよ」
「何をするんだ? 錬金術科の者たちまで呼んで」
僕が錬金術科に声をかけると、ソティリオスが聞いて来た。
襲撃時、運悪く研究棟にいたソティリオスは、近くの研究室にかくまわれて無事だった。
クトルが逃げた後に無事が確認されたんだけど、僕が何かやってるの見つけて残ってる。
「簡単に言えば、ハリオラータの痕跡を探す」
そう言って取り出すのは、白い紙に転写された黒い指紋跡。
「これハリオラータの、指の型。他人と同じものはないから、これで個人を特定できる。で、これを追えばハリオラータの動きがわかるんだ」
「指の型なんていつの間に取ったんだ?」
たぶんハリオラータに会ったのは今回で三回目。
けどどの時も余裕なんてなかったからこそ、ソティリオスは眉を顰めた。
もちろんこれを手に入れたの、その三回のいつでもないんだよね。
「これ、錬金術科のヴラディル先生の机からだぜ」
ネヴロフが教えると、続いてイルメとラトラスも答える。
「この指の型は、私たち錬金術科の誰とも合わないの」
「だから外から侵入した奴だろうってことでね」
ウー・ヤーとエフィは手袋をして準備をしながら、さらに教えた。
「事前にハリオラータへの罠として置いておいたそうだ」
「まぁ、あの内容は確かに興味を持って触ってしまうな」
言って、指紋を採取した黒い痕跡のある書類をソティリオスに見せる。
内容は、眼帯のハリオラータが使ってた、霧を発生させる謎の魔法についての考察。
二つの属性を同時に使って今までにない魔法にしてるんじゃないかってものだ。
たまに魔法使い二人が偶発的に起こすことがあるとか言うのを、ハリオラータの淀みの魔法使いは一人でやってのけてるっていうとんでも見解でもある。
だって今いるまともな魔法使いじゃ、実証実験もできないからね。
「これは…………」
呟いて、ソティリオスが僕を見る。
うん、そのとんでも見解書いたの僕だけどね。
罠としてばらまくために、ルキウサリア国王に頼んで印刷して、ウェアレルから九尾に回して狙われそうな研究室に置いてもらったんだ。
ちなみに紙も、できるだけ表面つるっとしたものを用意したから、予想以上に綺麗に指紋が取れてる。
「これは、確かに見てしまうな。だがハリオラータはどうして錬金術科に?」
「錬金術に興味あったっていうより、ヴラディル先生が狙いなんじゃないかな」
ヴラディル先生の机は、全部の抽斗から不明者の指紋が出たんだよね。
その上でばれないように戻されてもいたから、たぶん騒ぎが起こる前のこと。
僕たち錬金術科に気づかれないよう侵入した人がいたわけだ。
(それができるなら、どうしてこっちで暴れたのかって疑問もわくけど)
(状況の違いによるアプローチの変化を推測)
(確かにここは、人字体少ない錬金術科と違って、全く人目がなくなる時なんてなさそうだね)
セフィラと話す内にクラスメイトが準備を終えた。
周囲には協力してくれるっていう研究員や助手も集まる。
まずは指紋採取をやって見せるためだ。
例示するのは、黒いユキヒョウのイール先生の研究室に置かれてた罠の用紙。
「まず、この紙についた指の跡を見えるようにします。繊細な作業なので、距離を取ってください。喋らず呼吸も抑えて」
言って、まずは僕は炭の粉末を出す。
これは襲撃の後、クラスメイトたちに協力してもらって作ったもの。
細かすぎる粒子は指を近づけただけで静電気でくっついてくる。
それにまたクラスメイトたちの協力で作ったポンポンを入れる。
正式名称は知らない、鳥の綿毛で作った耳かきの端みたいなやつだ。
「ともかく細かい粉を均一に塗布することが必要です」
僕はマスク代わりに口元に布を巻いて説明する。
その後ろで、獣人用の手袋をつけたラトラスがポンポン。
手に取った時触りそうな紙の端を重点的にポンポン。
はっきりとわかる形で出てきた指紋は一つ。
これは大きさと指の形から獣人、つまりイール先生だ。
渡したはずのウェアレルの指紋がないのは、最初から用途を説明してたからつかないように気をつけてたのかもしれない。
「こうして出て来た指紋の周辺の余分な粉末を掃いて飛ばし、残った粉末を保存用紙に転写するため押しつけます。上手く行けば、油紙を重ねて指紋の見本の完成です」
左右反転してたり擦った途端に色がついたり大変な作業。
それでも指紋採取は特定のためには必要だった。
だから、協力してもらいたいのは人海戦術。
「この見本を僕たちが作ります。皆さんには、作った見本の中から、錬金術科から見つかった部外者と同じ指紋を見つけてほしいんです」
コンピューターもデータベースもない。
だったら確認は全て人力で賄うしかないんだ。
幸いなことにそういう作業に慣れた研究者たちが協力してくれる。
ついでにソティリオスも。
僕たち錬金術科は現場保存された研究室へと向かった。
協力してくれる理由の一つは、終わらせないと研究室への出入りが禁止されてるせいもあるかもしれない。
「あー! やられたー!」
叫びは、研究室を調査するために鍵を開けた白いニール先生。
「あ、うわぁ」
思わず声が出るのは、見るからに研究室の中が荒れてたから。
位置からして、最初に逃げたベリーショートの眼帯にやられたんだろう。
「加工済みの魔石ごっそりやられたー!」
どうやら魔法の道具を動かすための核部分を盗まれたらしい。
魔法関係なくても宝石だから、けっこうな被害金額がでることになるだろう。
確定で指紋出そうだから調べたいけど、毛を膨らませて悔しがってる猛獣に声をかけるのは怖い。
「これ、どうすべき?」
「イール先生を呼んで連れ出してもらおう」
ラトラスが、同じ大型ネコ科の片割れに押しつけることを提案。
採用の上で黒いイール先生に連れ出してもらって、僕たち錬金術科は六人がかりで指紋採取。
「なぁ、なんか変なところに指紋あるぜ?」
「本当ね。どうしてこんな床に?」
ネヴロフにイルメが床に座り込んで首を捻る。
それを聞いて廊下にいたニール先生が即座に顔をのぞかせた。
「嘘だろ!? 隠し金庫まで!?」
「いえ、指紋の数が少ないので開けてまではなさそうです」
僕が教えると牙を剥いて部屋を覗き込んでいたニール先生を、イール先生が引っ張って廊下に戻す。
そんなこともありながら研究室を調べてると、廊下からヒートアップする声が聞こえた。
「くそ、盗まれてばかりで! また逃げられたー!」
「他人を操る魔法も厄介だな。いったいどの系統の魔法だ?」
「せめて術だけでも残ってたら解析して逆に無効化する道具でも作るのにぃ」
「どんな隠ぺいで正面から入り込んでたんだかも、わからないからなー」
僕は気になって廊下に顔を出す。
「あの、本当に術式がわかれば無効化できます?」
ユキヒョウの教師二人は顔を見合わせて、僕に目を向け直す。
「「もしかして?」」
「はい、変装を解いて焼き捨てる前に、服の中にびっしり書かれた術式の一部なら覚えてます」
セフィラがだけどね。
あんなこれ見よがしに高度な魔法、放っておくわけない。
ただセフィラって解析や再現はできても、独自の発想が必要そうな対処は苦手。
だから、先生たちに請け負ってもらえるなら、僕としても助かる。
「でかした! 絶対ハリオラータの独自術式だ!」
「逆にその術式使ってる奴を締め出すこともできる!」
どうやら再侵入は当分防ぐ手立ては作れそうだ。
(検証と術式に対する見解の報告を求めることを推奨)
(一学生にそれは難しいから、教えたことをルキウサリア国王に言って、報告求めるほうが確実だと思うよ)
やっぱり好奇心を放っておかないセフィラからの要望に、僕はそう言って宥めたのだった。
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