453話:懲りないハリオラータ3
廊下いっぱいに炎の蛇がとぐろを巻いて、鋭利な牙を見せつけるように口を開く。
その向こうで逃げるクトルが、廊下を下り始めた。
僕がそれを把握する間に、目の前からヨトシペが消える。
「うわ!?」
襲う衝撃に尻餅をついた。
見れば、床には爪までがっつり刺さった足跡。
そして炎の蛇を貫いて跳ぶヨトシペ。
「うぉあ!? ちょ、本当に獣人にしてもおかしな身体強化の度合いだな!」
ロケットみたいに飛んで行ったヨトシペを、クトルは半ば階段状の廊下を転がって避ける。
(四つの魔法を同時に展開していることを確認。避難を推奨)
(四つ!? それウェアレルにも共有して。せめて、これをあいつにつけたい)
(地形と攻防を行う現状、主人の安全を確保できないため非推奨)
(近づかずに、見える範囲で飛ばすんだ)
僕はセフィラと相談して、持ってる液体の容量と距離の計算を始める。
その上で中庭を見る吹き抜け側に寄った。
その間にウェアレルとヴラディル先生もクトルを捕まえようと追って行ってる。
「ヨトシペ、遠吠え上げろ!」
「ちゃんとなんて伝えるか言ってほしいだすー」
「ハリオラータがいたでいいでしょう」
ヴラディル先生に文句を言いながら、ウェアレルの助言に従ってヨトシペは狼のような遠吠えを上げた。
すると遅れて、遠吠えとは違うけど高めの声が返事をする。
「あ、他の九尾も呼んだな?」
「当たり前です。逃げた陽動よりもあなたのほうが本命でしょうから」
ヨトシペの遠吠えの意味に気づいたクトルに、ウェアレルは行く手を阻むように雷を撃ちながら応じる。
どうやら陽動を追って行ったユキヒョウの教師二人を呼ぶ声だったようだ。
そして逃げるために階下へ向かって移動するクトルを追って、ウェアレル、ヴラディル先生、ヨトシペも遠ざかる。
たぶんウェアレルとヨトシペは、安全確保のために僕からも遠ざけるつもりなんだろう。
(念のために聞くけど、もう他にハリオラータっぽい人いない?)
(淀みの魔法使いと思われる個体はいません。研究者の中にハリオラータの協力者がいた場合確約は不能)
(そこは害意ある人がいたら教えてくれるだけでいいよ。こっちも動こう。セフィラ、風向きはどう?)
(上昇する風があるため、飛ばした場合飛散が予想されます。下を狙うことを推奨)
(風に乗せてってするには量がないしね。うん、あんまり考えてても、チャンスを逃すよね)
(では、水と壁面を使うことを提案します)
(滑らせるのか、ありだね)
そんな会話をしながら、魔法を準備する。
僕ができる魔法は初級で、大した威力は作れないし、飛距離も出ない。
自然の風がある中で逆らって魔法なんて威力を殺すだけだ。
だから、セフィラにお願いしてタイミングを計る。
(下にきました。意識を向けるため音を立てます)
(じゃ、僕は垂らすのと同時に玉を落として…………)
水の魔法で包んだ薬液を玉の形にして、壁面に垂れる流れに乗せて下の廊下の天井へ。
あとはクトルを狙う形でセフィラに玉を廊下に押し込んでもらった。
次の瞬間、見えないけど何かが弾ける音がする。
「はぁ!? なんだこの臭い!」
クトルの声に続いて、ウェアレルが臭いって言ってるのも聞こえる。
「ヨトシペー、臭い辿れそう?」
「んだずー」
下の廊下に向かって声をかけると、鼻を摘まんでるようなヨトシペの返事。
「まさか毒か!」
「いや、魔法学科と腕試しする用に作ってた臭い玉の中に入れる薬液だな。臭さで魔法に集中できなくさせようってもんだ」
知ってるヴラディル先生が、クトルに教えてる。
ただこっちは獣人二人いて、そっちのほうが嗅覚鋭いせいで集中できないって言われて没にした。
今日持ってたのは、この後実験室でエフィと精霊に嗅覚あるのかなって実験のため。
食べるって表現できる行動したなら、もしかしてってね。
臭い玉作って僕が保管してたから持ってきてたんだ。
(主人に報告。未確認の魔法を検知)
セフィラに言われて僕は廊下を回り、対岸からクトルたちが見える位置に移動した。
すると何故かクトルが複数見える。
臭い玉でヨトシペはしっかり本体を特定してるようだけど。
ウェアレルとヴラディル先生は近くにいる本物以外に引っかかってた。
(おぉ、影分身?)
(言葉の詳細を求める)
(いや、今は魔法のほう考えよう。あれ、実体のない幻影だよね? だったら魔法に使われてるのは光じゃない?)
(半屋内でぎりぎり発動しています。日陰に移動すると消えるようです)
セフィラが言う間に、廊下を下って日陰側に入った途端、クトルは一人になる。
ヨトシペはみぞおち一点狙いで、ウェアレルもヴラディル先生も腕を狙ってた。
クトルに守りを強いて足を鈍らせ、逃げられないようにしてるっぽい。
「いやぁ、魔力消費がえぐい」
「ほざけ! これだけ好き勝手やってまだ尽きねぇのか!」
ぼやくクトルは怒鳴りながら近づくヴラディル先生に、突然成長させた蔦を嗾ける。
蛇のように一つにまとまろうとうごめくのを、ウェアレルが風の魔法で蔦を粉々に吹き飛ばした。
「しかも報告された覚えのない魔法ばかり」
「何処かで盗んだでげす?」
「失敬な。日々の研鑽の結果だ」
クトルは大量のこぶし大の石を生み出すと、また蛇のように一列にする。
滑るように動く石の列は、巻きつくようにヨトシペに絡んだ。
痛いのか、ヨトシペも石を握りつぶして対処する。
その様子にクトルも呆れた笑みを浮かべてたのは、さすがにそんな物理的な対処されるとは思ってなかったんだろう。
「けどそろそろお暇、って、危ね!」
三階くらいの廊下から中庭に降りようとしたクトルだけど、すぐに廊下へと飛んで戻る。
僕のほうからは見えてた。
ユキヒョウの教師二人が、身体強化に物言わせて壁をかけ上がったんだ。
「「あー! ハリオラータの頭目!」」
そしてクトルを指して白黒合わせて声を上げた。
って、まさかの頭目なの?
なんでそんなのが自分で襲撃?
しかも今回は盗みにまで入ってるなんて。
っていうか、自爆技に巻き込まれて重傷負ってたけど、それで頭目なの?
(やっぱりハリオラータって変! けどここで頭目捕まえられれば)
僕と同じことをウェアレルがいう。
「あなた一人を捕まえればことは済みそうですね!」
けどクトルは放たれる雷に対処した上で、肩を竦めて笑う。
状況は九尾五人に対して一人で余裕はなさそうだけど。
そこにセフィラが答えを言う。
(ハリオラータのクトルの思考から、自ら以外が頭目になることはなく、その時点でハリオラータは空中分解。今以上に纏まりもなく、自重もない集団になると考えています)
(だったら、捕まえて他のハリオラータが分裂する前にまとめて捕まえるために利用する方法を考えるだけだ)
僕が頭の中で追い込み漁を想像してると、クトルが溜め息を吐いた。
「あーあ、この方法はもったいないからしたくなかったけど」
そういう間に、ここで会ったが百年目の、ユキヒョウの教師二人が襲いかかる。
クトルは魔力を膨らませて魔法を準備し始めた。
けど向けるのは中庭側にいるユキヒョウの教師二人じゃなく、研究室側。
言う割に何の躊躇もない蛮行を実行した。
白く埃を立てて、誰のものかもわからない研究室を魔法で大爆発させたんだ。
僕も足元が揺れて柱に縋る。
「お、ラッキー。誰もいない部屋だったか。あー、でも何かの研究はおじゃんだな。もったいない」
僕からは白く煙って状況はわからない。
けどセフィラ曰く、研究室の外まで貫く攻撃を行ったため、壁に穴があいているという。
自分勝手な嘆きを吐いて、クトルはそこから外へ脱出。
「くそ! ともかく被害の確認と救助者がいないかの確認だ!」
「なら、先生じゃないあーしが追うだす!」
先生たちは責任から追うことはできないので、ヨトシペが飛び出した。
僕の周囲でも爆発と揺れで混乱が起きてる。
こんな所にまできて狙った研究を爆破して逃げるなんて、本当に懲りない相手だ。
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