452話:懲りないハリオラータ2
僕は研究室から逃げ出した。
「あ、待って! お願いだから成功例として魔力の記録を!」
「僕も名のある家の出なので、おいそれとそういう派閥に関わる実験に痕跡を残すことはできないので悪しからず。ただ、術式に問題はなく発動の条件が強く影響していることをよろしく伝えてください」
早口に言って研究室から離れる。
というか、魔力のパターンって反応させる魔法あるから、こんな所で残すとアズロスとアーシャが同一人物だって証拠になっちゃうよ。
「わはー、アズ郎は魔法でも大成できるどすなぁ」
「無理だよ。魔力量そこまで多くないし。研究とかやり出したら、今以上に横やり入るし」
「大変だすー。ウィーに習うのも駄目でげす?」
「一応教えてもらってはいるけどね」
魔法の家庭教師だから教えらてもらうことはしてたけど、途中からもう魔法は授業としてはやらなかった。
僕がこれしたいっていう構想を考えて、それに該当する術式を折々に教えてくれる感じ。
というか、セフィラと何かするたびに頭抱えてた時期があったな。
何をしたって具体的に言えない僕を見て、ヨトシペは耳を下げる。
「もしかして雷できるでごわす? だったらもうウィー教えることないだすなぁ」
「そんなことはないよ。僕はまだ知らないことのほうが多いし、助かってる」
話ながら、見た目塔の形をした研究棟を歩く。
ここって中庭があって、階段状の廊下がぐるっと巡ってる。
低くて広い階段が連なる廊下は、ちょっとした坂道だ。
途中途中にある研究室の扉は塔の外向きに並んでて、中庭を見下ろす廊下側は吹き抜けだ。
「ここ、頻繁に出入りすると目が回りそうだね」
「慣れでげす。ついでに幻惑の魔法でごわす。入館証がないと、迷って何処にもたどり着けないんだす」
そんなセキュリティがあるのか。
聞けば入館証にも種類があり、一定層以上上に行くと迷うような区分があるとか。
僕も今出て来た研究室よりも上に登ろうとしたら、もっと上の入館証を持ってる人が一緒じゃないと迷うらしい。
「匂うだす。ウィーとヴィーでげす」
言われて中庭に面した廊下から外を覗く。
中庭に面してるのは通路なので、登って来る人は見えた。
確かに一周下あたりに緑と赤の尻尾が揺れる。
そのまま進んで落ち合うと、どうもヴラディル先生が不機嫌だ。
「アズくん、問題はありませんでしたか?」
「はい、大丈夫ですけど。ヴラディル先生はどうしたんですか?」
ウェアレルに聞くと、苦笑いを返された。
「錬金術科に対して当たりが強いせいで、単独では受付を通してもらえなかっただけです」
「おかしいだろ。ウィーもヨトシペも良くてなんで俺は駄目なんだ」
「ヴィーは魔法学科の教師見下してるって噂だす。実際腕が足りないって言ってるのあーしも聞いたことあるでごわす」
ヴラディル先生が愚痴ると、ヨトシペが日頃の行いを指摘した。
「ねぇ、ヨトシペ。そのヴラディル先生の発言、ここの人に言ったことある?」
聞いたら、ヨトシペは全く悪びれずに笑顔で肯定する。
うーん、秋田犬の顔でやられると本気で悪いと思ってなさそうだけど、たぶんそうでもないんだよね。
「あーしにはもう目を合わせてくれないでげす」
「あなたも力が足りないと思ったから、手合わせでもした、とかですか?」
ウェアレルが聞くとまた笑顔で肯定。
これは暴れた後だからヨトシペは触られなくなってるだけだ。
さすが自分以上にやらかしてスルー状態のヨトシペ相手に、愚痴を垂れる無為を悟ったヴラディル先生が切り替えた。
「まぁ、アズがなんともないならいいか」
「何かあるんですか?」
聞いたらウェアレルとヴラディル先生が揃ってヨトシペを見る。
「あ、そうどすー。あの呪文のこと探る人いたって話してたんだす」
どうやら言い忘れてたようだ。
ヨトシペがずっと一緒だったから危険はなかったけど。
「あ、あの人でげす」
ヨトシペが指すのは若い男。
他の研究者らしい人と話しながら登って来るのが窓の外に見える。
つまり半円向こう側だ。
距離があってもちゃんと入館証もあるようで怪しい人ではない。
「魔法の素材を売買する人だす。だからいつも変な臭いしてて、本人の臭いわからないでごわす。けど五日前に話した時から、ずっと内臓から血の臭いしてるでげす。古い臭いだから血が流れる大きな怪我を魔法か何かですぐに塞いで血が溜まってるんどす」
最後にあからさまに怪しい情報が出た。
っていうか、ヨトシペ犬の獣人だけあってそんなこともわかるのか。
「怪我してたまたま助かった、なんてことがないとは言えないな」
「ですが、ヨトシペが関わる研究に首を突っ込むのはどうでしょう?」
なんかウェアレルが疑うところおかしくない?
と思ったら、ウェアレルがこっち見てる。
「そういえば下でイールとニールがユーラシオン公爵家のご子息を引き込んでいました」
「え、ソーですか? 何をしてたんでしょう?」
「あの二人が研究室に何か忘れたとかで、ついでに連れて来たそうだ」
ヴラディル先生が教えてくれた。
ソティリオスが狙われてるってことで、ユキヒョウの教師たちがソーを守ってるはずだけど、忘れものにつき合わせるって。
いや、ここにちょっと怪しい人いるって情報知って様子見に来たとか?
ウェアレルたちもこうして迎えに来てくれたし。
なんて思った途端、叫びが響く。
「ハリオラータだ!」
「捕まえるから退け!」
叫びは下からで、続く声からしてユキヒョウの教師二人が追跡するらしい。
廊下から中庭を見下ろした瞬間、ベリーショートの髪型に眼帯をした女性が飛び出す。
そして飛行の魔法なんかないはずの中、中庭を滑空するように横切って、反対側でしかも下の階の廊下に飛び込んでいった。
「まさかまた誰かの研究を盗みに?」
「それは大変ですね、すぐに確認しないと」
慌てる研究者に、血の臭いがするらしい素材商人がそんなことを言ってる。
目を向けると向こうも僕を見てた。
同時に警告が聞こえる。
(警告、ハリオラータのクトルです)
(はぁ!?)
(魔力を抑え込む形の魔法を使っています。この距離まで感知できずにいました)
それでもセフィラは近づいたらわかったらしい。
今一人が逃げてそっちに目が行ってて、クトルがいるってことは、あっちが陽動でこのクトルが本命だ。
「ハリオラータ!」
僕が指さした途端、ウェアレルが即座に雷を放った。
同時に変装して印象を全く変えていたクトルが、見たことのある素早さで魔法を発動させて、岩を盾にする。
「本当にウィーの魔法に追いついただすなぁ」
そういうヨトシペは、いつの間にか僕の前にいた。
そしてその足元には、クトルの横にいたはずの研究者が四つん這いになってる。
雷が弾ける一瞬の間に、回収して戻って来たらしい。
正体がばれたことに、クトルはすぐさま繕うことをやめた。
「錬金術科のは、まさか魔力で個別の認識できるタイプか? はぁ、そういう奴ってちょっと波長誤魔化しても、なんか気づくんだよな。なんで?」
「淀みの魔法使いは魔力の流れ方が独特だから。見ればわかる」
セフィラが言ったことをそのまま答える。
話してる間にクトルが脱ぐ服の内側にはびっしり魔法陣が見えた。
多分あれが魔力わからないように隠蔽する術式なんだろう。
ヴラディル先生はクトルを見据えたままヨトシペに声をかける。
「ヨトシペ、あいつの塞がり切ってない傷、何処だ?」
「みぞおちあたりだす。あと腕からも血の臭いがするどす」
「うわ、そっちもそこまでわかるか。九尾三人、これは分が悪い」
そう言いながらも、クトルは笑って、証拠を残さないよう服はその場で燃やした。
次の瞬間、変装用の服を燃やした炎が蛇のように鎌首をもたげる。
「ここは全力で逃げさせてもらうぜ!」
魔物のように襲いかかって来る火の蛇の向こうで、クトルが背中を向けていた。
定期更新
次回:懲りないハリオラータ3