閑話90:ディオラ
王城でアーシャさまが錬金術をなさると聞いた。
しかもソーさんに見せるために。
私が最初にそれを聞いた時に思ったのは、ずるいというものだ。
ずっと話にはお聞きしていたけれど、実際見ることはなかなかできず。
なのにソーさんにはこうして時間を割いていただけるなんて、ずるいと。
それでつい話せる相手に思いを漏らしたのが、ウェルンさんだった。
「では、少し驚かせに参りましょう」
そう言って、錬金術をする前の控えの間に挨拶に向かうことになる。
確かに驚かせることには成功したけれど、まさか同席を許されるとは思わなかった。
私も父であるルキウサリア国王から、許可が取れずにいたのに。
けれどアーシャさまの口添えでウェルンさんと共に見学を許される。
「今は時間がないが、後で詳しく話を聞こう」
父にはそう言われてしまったし、お説教も覚悟はしている。
けれど実際にアーシャさまの錬金術を見れると思うと私はドキドキしていた。
「…………ご理解、なさって?」
ウェルンさんにそう聞かれたのは、錬金炉という道具の説明が終わってから。
世界を道具の中に作る、蓋天説という理屈は何とか飲み込んだ。
けれど夢物語のような感覚が拭えず、それが本当に術として現実になるとは思えない。
「アーシャさまもお手紙で調べきれないと錬金炉のことをおっしゃっていました。それだけ難解な話なのだとは思います」
「けれど聞く限りは一度見ただけ。それで理解して使いこなすだなんて」
そっと見れば、ウェルンさんの顔には驚嘆がある。
私は密かに誇らしくなった。
ただその後は目まぐるしく事態が動く。
アーシャさまが魔法を使って、光を雷に変えたからだ。
上位の魔法にも驚かれたのに、さらに上位の別の魔法に変えてしまうと言う常識外れ。
そんな魔法の在り方を否定するようなことが可能だなんて。
「だったら錬金法とでも呼ぼうか」
あまりに規格外の魔法行使に、家庭教師の方まで呼ばれての説明の中、なかなか理解の及ばない大人の質問に、アーシャさまはなんでもないように言っていた。
新理論、いえ、旧理論の新たな解釈?
ともかくもう誰もアーシャさまの知恵の深さを否定できない様子に嬉しくなってしまう。
「第一皇子殿下がお隠れになっていたのは、正しいことがよくわかりますわね。素晴らしい才能と知識をお持ちですわ。ですが、ディオラ姫。頬が緩みすぎでしてよ」
「ま、まぁ、お恥ずかしい」
ウェルンさんに言われて、私は両手で頬を隠す。
それでもアーシャさまが隠さずに、認められているのを見られて嬉しい気持ちは止められない。
けれどアーシャさまたちが話す言葉にウェルンさんが反応した。
「魔導、伝声装置? いったいなんのことです?」
「あ、それは…………」
さすがにそれは言えない。
今回の人工ゴーレム作成についてならともかく、そちらは皇帝陛下が主になさっている。
「まぁ、なんですの?」
「いえ、私の口からは…………」
笑って誤魔化すのに合わせて、ウェルンさんも笑顔だけれど聞き出す気満々だった。
「錬金術を今さら否定は致しませんわ。その上で魔導だなんて大きく出ましたわね?」
「そうですね、ですが、これはまた錬金法とも違うと言いますか」
「まぁ、さらに新たな?」
「あ、いえ、その…………ほほほ」
「うふふ、それで?」
引いてくれない。
そしてなんだか楽しげだった。
それで気づく。
私たちが笑顔で話しているのを、ソーさんが眺めているだけなのだ。
そして確かにウェルンさんに注がれる視線。
話をしたそうにしているけれど、ウェルンさんが知らないふりをしているのは意趣返しか、自らを見てくれることへの喜びを長引かせたいのか。
いっそ両方かもしれない。
「あまり意地悪をしすぎるのは、おやめになったほうが…………」
「そうですわね。殿下もお気づきになりましたし」
「え」
つい声が跳ねてしまい、こちらを見ていたアーシャさまと目が合う。
ただ笑みを向けて、それに反射的に微笑み返した途端頬が熱くなる。
「今ならお声かけできますでしょう、もう。さっきのは引くのが早すぎます。話を膨らませるよう努力してはいかが?」
ウェルンさんが背中を押され勇気づけられて、私はアーシャさまに話しかけた。
「あ、あの、アーシャさま」
「何、ディオラ。わからないところあった?」
嫌な顔せずに応じてくれる、それだけでもうれしい。
けれど、錬金法と聞いてどうしても聞きたいことができてはいた。
手紙でのやり取りで聞いた話が、もしかしてと思ったのだ。
「あの、錬金法は、もしやアーシャさまが今までなさって来た魔法のことですか?」
「そういうのもあるけど、錬金炉を錬金法と言うなら、違うとも言える。そこまで大がかりなことを僕はまだできてない」
「では、あの部屋に景色が流れたあれは?」
謙虚なお言葉はアーシャさまらしいけれど、お使いになった魔法の範囲と効果は既存の魔法とは思えないほどだ。
「あれね、本当にただ光を発しただけの魔法なんだ。理解さえできれば使えるはずなんだけど、たぶんこの理解が難しいんだろうね」
「まぁ、で、では、お教えいただけることは?」
期待を持って聞くけれど、アーシャさまは困ったように笑う。
「すでに今の魔法理論を身につけていると、どう影響するかわからないんだ。いや、光だけなら? でもどうせなら動くこともしたほうが面白いだろうし」
アーシャさまが悩みだすと、そこに異性の会話には入ってこなかったソーさんが声をかけた。
「正直、今日の説明を受けてやれと言われてもできる気がしないぞ」
「あ、そうだ。無理やりにでも呪文に落とし込めばできるかも」
何故かソーさんの顔を見てアーシャさまが思いつかれた。
ソーさんも何故今、と疑問を顔に浮かべる。
アーシャさまだけの魔法で、ソーさんが絡むことと考えれば、一つ思い当たった。
「あの、もしかして、花火ですか?」
「そうそう。あれは僕がテリーに感覚だけで教えたのを、テリーの家庭教師が呪文にしたらしくて。それが広まったって聞いてるよ」
「花火? いや火の花、火花。あの魔法はやはりお前か」
ソーさんが言うのを聞いて、私は話を膨らませろと言う助言に従い聞いた。
「アーシャさま、アーシャさまの花火を、お見せいただけませんか?」
「そうだね、手紙で書いて送っただけで、見せたことないね。いいよ」
そう言ってアーシャさまは安全のためか宮中警護に声をかけに行く。
私は嬉しくて振り返れば、ウェルンさんも頷いてくれる。
本当にさっきは退くのが早すぎたらしい。
もう少しお話を聞いていただければ、収穫祭の見学に誘えたかもしれない。
そんなことをウェルンさんと話し、ソーさんがもじもじしてる間にアーシャさまが戻って来た。
「じゃ、やるよ。イクト、お願い」
宮中警護が魔法で水を、膝くらいの高さに薄く広げて維持する。
なんのことはない魔法だ。
けれどその後にアーシャさまが十もの火の玉を水の上に広げ、そこから一斉に火花が弾けるように落ちる。
「わ、私が知ってる魔法と違う。こんな弾けるように火が散るような魔法じゃないぞ」
「…………呪文に縛られない上で、私が雷でやるところも見ていますから、その影響かもしれません」
「まぁ、第一皇子殿下の魔法は理論に捕らわれないのですね」
ソーさんの驚きに、アーシャさまの家庭教師が答える。
ウェルンさんは私の隣で新たに驚嘆していた。
輝きが降り注ぐような圧巻の光景に、宮中警護が出した水が床を傷めないためだったと私が気づくのは後になってから。
私は火花の音と、ただの火というにはキラキラと輝く光が収まっても溜め息しか出ない。
「どうだった? 綺麗でしょ。ディオラに見せたいと思ってたんだ」
「す、素晴らしいです、アーシャさま。とても綺麗でした!」
アーシャさまは一番に、私に声をかけた。
私の言葉に心底楽しげに笑ってくれることに、胸がいっぱいになる。
けれどそのまま話し続けるには時間が足りない。
学園の授業のため、父にすぐ切り上げられてしまったけれど、今日話せたことの楽しさは、いつまでも私の中にキラキラ残る。
「次は、ご一緒に学園で…………」
私は密かに、決意に手を握りしめていた。
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