449話:錬金法4
錬金炉は僕が錬金術の道具を手に入れた六歳の頃から使ってる道具。
ただ内部の機構はセフィラでも解明しきれずにいた。
それが先日運よく中身を見ることができたんだ。
で、わかったのは錬金炉、中で概念的な世界を作り出していたこと。
今の時代の魔法の理論で調べても、どう機能するのかわからない魔法機構で作られてる。
その上内外は金属だ。
今の魔法で言えば絶対に魔法が機能しない素材だった。
「錬金炉はいくつも形や大きさで種類があります。ただ基本的な形は同じで、だいたい三段にわかれております」
錬金炉で化石作り中。
ただ時間かかるから、その間に大親方に錬金炉の説明をしてもらってる。
というか、一日以上かかる作業だから、大親方には昨日からここで錬金炉を動かしてもらってたんだ。
下手したら徹夜だから一から十まで説明を任せるのは心苦しいけど。
僕に対して弟子になれみたいなことを言ったせいで、大親方も働かなきゃ立場がないみたいな感じだった。
「一番下には炉として火を入れるところがあり、炉としてなんら珍しいこともない機構です。そして上段は熱を反射させて高めるためのドーム型の機構。中段は加熱するための素材を収める場所であります」
「単純だな」
ソティリオスがいうとおり構造は単純だけど、作ろうと思った構想は非凡だ。
「皆さま、蓋天説というものをご存じか?」
僕も知らない言葉を大親方が口にした。
「これは古代における世界の構造を説いたもの。天は丸く覆う蓋笠。地は広く角のある方盤であるとの言説となります」
たぶん前世でもあった、化学が未発達な中で語られた世界と同じだろう。
亀の上だとか、象の上に世界があるっていうあれだ。
「天は極北を中心に回り、太陽と月は天にあって極北の回転に引っ張られて回ると言われます。比して地は動くことなき不変でありながら、二十四の季節が時と共に巡り行きその表層を変える」
昔の人が自分の見える範囲で世界を説明する方法っぽい。
だから大地は平らで自転もしてないし、空は笠のように覆いかぶさったまま回るだけ。
箱型の錬金炉はそんな世界を内部に刻み込まれていた。
(そんな架空の世界を作って時間概念を術に落とし込むなんて思わないよ)
(概念、想像、イメージ。それらを魔法に落とし込み行使する人間の魔法の、始原的な考え方であると思われます)
(そうなんだけど、それで本当に錬金炉の中に世界が仮想的に構成されるって、未だに僕の想像を超えるんだよね)
(…………そうして理解している時点で、他者よりも深く受け入れています)
セフィラに言われて見ると、箱型の錬金炉の中に世界があるという話に、その場の全員がわからない顔をしてた。
説明してる大親方はそういうものとして受け入れてしまってるせいで、通り一辺倒の説明しかできないらしい。
「ようは概念なんです。そうあるもの、そう定義されるものという考えであって、実際に目の前に存在するものではありません。大親方が言うような蓋天説という意味付けの下、表現されている世界が、この錬金炉の効果を表す術式にとって重要だということを理解してくださればいい」
ちょっと乱暴だけど、大親方のようにこういうものと覚えるほうがいいだろう。
何せ魔法はイメージであり、否定的な考えを持つことで消える。
錬金炉っていう形に落ち着いてるから、そこまで大きく揺らがないだろうけど。
それでも疑念や不信は魔法の発動においては鬼門だ。
(たぶん、いっそ知らないほうが使えるんだろうな。けど、作る側はそうもいかない)
(技師が弟子一人にしか伝えなかった理由は、疑念を差しはさまれないためでしょうか?)
(可能性はあるし、この話をすることで、錬金術科の学生でも使えなくなる可能性もあるかもね)
うん、後で広めないよう言っておかないと。
(今なお、錬金炉は外からの観測を許しません。主人の見解を求む)
(それは、世界を外から観測する方法がないからだよ)
(使われる蓋天説が、世界の中にあって見る言説であるためでしょうか?)
(うん、そうだと思う。そして外を拒絶することで、錬金炉の中で現実では起こりえない時間の加速が可能になってるんだ)
箱型の錬金炉を、僕はお酒の熟成なんかに使ってた。
理由は何故か時間経過を速める効果があるから。
構想がわかれば理解できた。
これは炉の中の世界だけが加速するからだ。
天が回って、地に二十四節季が過ぎる。
そのことをもってして、一年が過ぎたと炉の内部世界で定義づける。
だから炉に入れたお酒は、その内部世界で過ぎた時間の分だけ熟成されるんだ。
「ふぅむ、殿下はこれを理解しておられて使ってもいらっしゃる。何か受け入れる素地などあるのでしょうか」
納得いかない顔のテスタが、ヒントを欲しがる。
「それは僕がそもそも魔法を真面目に習得しなかったせいかな。呪文や杖を使うより、概念的にこういうものと定義して使ってたんだ」
そういって僕は光の魔法を出す。
これは照明をイメージしたもので、配線がないとか電気がないとかそんなの気にしない。
だからそこから今電気を想起すれば、光の玉は電気になって空気を走った。
「な、んだ今のは!?」
ソティリオスが突然現れた光が、電気になって消えた様子に腰を浮かす。
ルキウサリア国王たちも目を瞠ってざわざわしてた。
「やっぱりこの魔法の使い方おかしいよね。呪文も何もないから、こういうものとしか言えないんだけど」
「それは、つまり家庭教師の方が?」
「いや、魔法で目立っても面倒だから、ウェアレルには魔法使うコツくらいしか聞いてない」
「コツとは?」
「え、イメージがやりやすいなら、それでって」
ディオラとウェーレンディアに答えたら、全員が揃ってがっくり。
何を期待したのか知らないけど、本当にただのコツだよ。
そしてウェアレルは人間じゃないから、けっこう教え方は感覚的だ。
教えようと思えば学園で教鞭取ってた経験で教えられたんだろうけど、僕が早い内に真面目にやるの辞退したからね。
「あ、そうか。それっぽくしてみれば少しはイメージもつくかな?」
僕はそういいながら、セフィラに協力を求める。
やるのはライアにしてみせたプロジェクションマッピングのようなもの。
「影を深めて天井を暗くして、北極星のような光を一つ。半円っぽくしたら、太陽と月を表す光を浮かべてっと」
足元も影を操って正方形の範囲に光が当たるようにした。
そしてその正方形の範囲に春の花、夏の草、秋の枯葉、冬の枯れ木を映像として移す。
「ここが一つの世界だと仮定して、太陽が巡り、月が追い、そして一日が終わる。大地では春の花が咲き、冬に消えて、また春が巡る。これで世界の運行を表すんだ」
って、四季を秒で変えてったら、空がすごい勢いで回ることになった。
一日で一回転だし、そりゃ一分もかからず三百六十五日分回ったらそうなる。
「あ、ちょっとやりすぎたな。でも少しは想像できた? って、あれ?」
「殿下、やりすぎですって」
「ゴーレム作成はまた後日ですね」
壁際にいたヘルコフとイクトがやって来てそういった。
ウェアレルは学園で不在だけど、これはいたら何か言われてた?
そして僕たち以外はみんな呆然として動かない。
もう魔法消してるんだけど、天井見たり、床見たりしたままだ。
「おーい、大丈夫?」
近くのソティリオスに声をかけてみた。
そしたらなんか呆然としたままこっち見る。
「魔法もできたのか?」
「いや、できないよ」
「これでできないはおかしい。大多数の魔法使いに喧嘩を売っている」
ソティリオスの暴論、と思ったらウェーレンディアも頷いてた。
「なんでそんなに力強く? でも僕、攻撃的な魔法使えないから」
「…………わかった。今の帝室で単純な割に妙に難易度の高い魔法が使われてるのはお前のせいだな」
「キラキラしてて綺麗って、喜んでくれるから教えただけなのに」
この後は、結局ソティリオスを中心に魔法の話を詰め寄られた。
途中でウェアレルまで学園から呼び出される事態になる。
で、そのウェアレルは規模からしてセフィラがやってることわかって説明に四苦八苦。
「せっかく錬金炉で化石できたのに」
葉っぱが石になったことより、光の魔法で映像のほうが驚かれるなんて。
錬金術のすごさが伝わらない事実にちょっとがっかりだ。
結局この日は人工ゴーレムを作るまでに至らず、せっかく協力してくれた大親方たちも出直しで錬金炉を持ち帰ることになった。
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