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444話:イルメの精霊談議4

 図書館はただ本を収集しただけの、個人宅。

 だから錬金術関係も体系的には揃ってない。

 与太話や噂程度の軽い内容や、一族の歴史と共に関わった錬金術について語られる歴史的な資料まで。

 面白いけど発展にはあんまりということは、こっそりノイアンに伝えた。


 そして翌日、イルメは珍しく僕より後に登校した。


「アズ、いるわね!」


 教室の扉をどう開けたかわからないくらい、大きくて重そうな本を両手に抱えて。


 今日は僕も、午前から授業を受けるつもりで来てたんだけど。

 もしかしてその本、僕がいるから持ってきたの?


「なんだその本? でっか!」


 ネヴロフは出席してない間の課題をしていた。

 けどイルメの第一声に手を止めると、途端に声を上げた。

 一緒にレポートしなきゃいけないウー・ヤーも手伝ってて、ネヴロフの声でようやくイルメを見る。


「ふむ、緻密な装飾だ。相当な値打ちものと見た」

「値はあっても、仕舞い込まれてる類の貴重品だな」


 決闘をいなす理由を手に入れたエフィも教室にいて、イルメの持ち込んだ本にそんなことを言った。

 するとラトラスが僕を見て、イルメを指差す。


「何したの、アズ?」

「…………ここは、精霊信仰に馴染みのないウー・ヤー以外全員対象ってことで」

「そうね!」


 僕が仲間を増やそうと試みたら、イルメがやる気に満ちた返事をくれる。

 ウー・ヤー以外に不審そうな目を向けられるけど、一応ためになるとは思うんだ。

 精霊の作成は、エフィ以外は続けてるし。

 エフィも青トカゲと魚の新顔に関して、イルメから聞けって言った張本人だし。


「失礼」


 そう言ってイルメは本を机に置くけど、学校の机だと本のほうが大きい。

 お高そうな本なので、僕たちも机を寄せてしっかり本を支えることにした。


 その間に、昨日行った図書館でのことを説明する。


「図書館の本に怒った? なんでイルメは本に怒るんだ? 本が何かしたわけでもないのに」

「そうじゃなくて、内容が気に食わなかったんだよ。で内容の改変は、そっちのほうが読みやすいんじゃない?」


 状況がわからないネヴロフに、ラトラスは察したようでフォローする。


 エフィはさらに別のことを察した様子で、僕を見た。

 そうだよ、精霊について聞こうと思ったらこうなったんだよ。


「レクサンデル大公国に行く途中で寄った教会にも、こういう派手な本があったな」

「それは教会の聖典だな。たぶん、イルメの本も似たようなものだろう」


 文化圏の違うウー・ヤーに、エフィが教える。


 そこに助手の海人ウィレンさんがやって来た。


「はーい、今日の授業は実験室に変更…………って、何それ? え、本?」


 ネクロン先生に連絡事項を伝えるよう指示されたんだろうけど、イルメが両手でめくる様子に驚いてる。


「ひぇ、表紙についてるの宝石じゃん。うわ、中の紙も彩色が鮮やかってことはお高い顔料? それもうひと財産だよ」

「イルメ、そんなの持ってきて教室移動するの?」


 ウィレンさんの評価に、僕は思わず聞く。

 するとイルメも気づいた様子で目を瞠った。


 しかも実験室への移動を、今通達されたところだ。

 肌身離さず持ち歩いても、実験室では汚損の可能性は高まる。


「ともかく、置いてくことはできないし、俺のマント貸すから二重に包んで」


 商人の育ちなせいか、ラトラスがすぐに対策を言ってくれた。

 それに僕たち他のクラスメイトも揃ってマントを差し出す。

 ちなみにイルメのマントはすでに机の上に敷かれてた。


「気遣いに感謝するわ。ありがたく借ります。そして移動前だから手短に済ませるわ」


 あ、そこは引かないんだ。

 何やらあるらしいと聞いて、ウィレンさんは去った。


(錬金術師を名乗れるくらいにはやってるはずなのに、興味関心薄いのかな?)

(金銭に変えられない知識への欲はないようです)


 僕がそんな現金な話をセフィラから聞いてる内に、エフィがイルメに釘を刺す。


「精霊について聞くのはいいが、今からその内容全て聞くことはできないぞ」

「てか、精霊について教えるって、そもそも何か知らないしなぁ」


 そういうネヴロフは、フラスコの置かれた棚を見る。

 ウー・ヤーは相変わらず靄のままのフラスコから、イルメの本に目を向けた。


「エルフの聖典に興味はある。短く済ませるなら、世界創造からが妥当だろう」


 なんだか神話っぽい。

 前世の聖書だと神がいて、そこから七日で作ったとかあったな。

 日本神話だと、イザナギとイザナミが日本列島作ったんだっけ。


 そんなことを考えてたらエフィが肘で突いて来た。


「なんでこうなった?」

「さぁ? 何か使命感に火が付いたのかな」

「口を挟む隙はあるのか?」

「それが問題だね」


 精霊について話したいとはいったけど、伝承とか神話とかそんなんじゃない。

 実際にいる精霊についてなんだけど、やる気満々のイルメを止められる気がしない。


「世界とかって、どういう意味だ?」

「イルメ、わかりやすくお願い」


 よくわかってないネヴロフと共に、ラトラスも要望を伝える。


 しっかり説明したいイルメは不服そうだけど、まず伝えることを優先してくれた。


「生命が生まれる前の世界はまず八つの季節があったの。それは火、水、風、地。それは熱、冷、湿、乾」


 季節というか、そういう時機を経て、世界は重いものは下へ、軽いものは上へと移り変わり、世界は今の形になったというのが、エルフの創世神話のようだ。


「そうして世界が生まれる中で、生命も始まったわ。その最初が精霊。火と風が天へと昇り、地と水が重く下へと流れた時に、両者の交わりの中で生じたの」


 まぁ、突っ込むまい。

 日本一有名なアマテラスも、確かイザナギが目を洗ったら生まれた神だし。

 何かしたら生まれるのが神話だ。


「同時に世界を支える大樹も生まれたわ。天の火、地の水、風を受け、地に根を張り。そして精霊と大樹の交わりにおいて、木から人が生まれたの」

「ううーん?」


 ネヴロフが耐えきれずに疑問の声を上げる。

 僕も知らなかったけど、エルフの神話では人って木から生まれたんだ?


(帝国の宗教的に、人間ってどうやって生まれたの?)

(神の発生に遅れて生まれた小さき者とされています)


 つまり日本神話風か。

 先に神さまたちが生まれて、その内子孫か地上に定住した一部が人間という別種になったんだったかな。


 問題は、この神話をイルメがどう解釈してるか。


「イルメ、エルフの神話はわかった。けどそれを今の解釈で行くとどうなるの? まさか今も精霊が人を生み出してるとかないでしょ?」

「そうね、これは大樹という世俗的な物質に属する存在と、精霊という霊的な存在両者があってこそ人は生じるというたとえよ」


 つまりエルフにとって精霊は人という存在の根幹を表す存在。

 しかも精神性の象徴でもあるのか。


 そこで、精霊信仰のあるウー・ヤーが口を挟んだ。


「自分の故国の神話は最初に巨人が生まれて死ぬことで世界が生じるとあったな。そしてそこから神が生まれて、精霊も生まれる。人を作るのは神で、精霊は関わらない」


 それにはイルメも驚いたようだ。


「まぁ、ではどうして精霊を崇拝することになったの?」

「神は生み出した後は別に住まって干渉しない。だが、精霊は人と同じ世界に存在していて加護を与えてくれることもあるというのが、チトスの民間伝承だな」


 ウー・ヤーはイルメと違って崇拝ではないようだ。

 信仰ではあっても、現世利益な面が強い感じ。


「それって同じ精霊なのか?」

「なんか違うように思うけど」


 ネヴロフとラトラスは揃って首をひねる。


 僕はエフィに小声で聞いてみた。


「どっちが近いと思う?」

「ウー・ヤーだな」


 俗っぽさと人間に干渉するという話からだろう。

 青トカゲや人魚を思えば人の誕生に寄与した崇高な存在には思えない。


 何より人と同じ世界にいるという状況が、現実に即してる。

 そうなると次に湧く疑問は、ネヴロフとラトラスがいうように、同じ精霊を信仰してるのかってことだった。


定期更新

次回:イルメの精霊談議5

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― 新着の感想 ―
神話は色々あるけれど殆ど歴史物語ジャナイカってのも案外多いし創世記部分はともかく実際昔語り部分も多く混じってるんだろうけどね。 リンゴはどう繋がるんだろう?
エルフの創世記は北欧神話に近いのかな?
 比較文明学とか比較社会学なんかも面白そうだがそこまで広げられる基礎的な学術研究がなされているレベルでもなさそうだし触りだけかな。  何なんだろうね精霊って。
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