45話:病名蟹の呪い5
はい、不遇が父にばれました。
というわけで僕の住む区画の弾丸ツアー開始します。
「…………何もない」
「何故、何故、私物がないのです?」
「えっと、陛下からいただいた物ならクローゼットにたっぷり」
今いるのは金の間の寝室で、ちょっとした小部屋を開けばそこは丸々クローゼットだ。
今まで貰った服がいっぱい入ってるんだけど…………。
「それは誕生月の祝いで与えた…………待て、何故もう入らなくなった服まであるんだ?」
「いただいた物なので、勿体なく。場所はありますし急いで処分する必要もないかと」
正直こっちでの服の処分の仕方知らないだけだけど、それでもただ捨てるには豪華な服だったから。
そんなに服とってるの変かな?
父は泣きそうな顔してもう入らなくなった服を掴んでる。
「殿下、もうさっさと次に行きましょう。ここは畳みかけたほうが傷は浅いですよ」
「隠し立てもできませんし、一つ一つ足を止めるだけ時間がかかるでしょう」
ヘルコフとウェアレルに言われて、僕は青の間に移動する。
イクトは金の間のサロンで他の人と待つことになった。
僕たちと一緒にいるのは、あとおかっぱくらいだ。
そして青の間から赤の間へ移動し、そこでも父と妃は狼狽える。
「なにもない…………」
「絨毯すらない…………」
なんか進むたびに、陛下と妃からないない言われる。
「え、えっと、ここは他よりものあります。ウェアレルがルキウサリアの学園からもらってきてくれた錬金術の道具を使う部屋なんです」
本当は避けたかったけどあんまり言われるからエメラルドの間へと向かう。
ここは作りつけの棚にも物がいっぱい入っていて、床面積もふんだんに使って道具が並べてあった。
きっとないない言われないはず!
「落差…………」
結局父は落ち込んでしまった。
ただ妃は眉を顰めてエメラルドの間と他の部屋を見比べている。
「いったい歳費を何に使っているのです? もっと皇子として恥ずかしくない体裁を…………貰って来た?」
文句を言おうとしたのに、途中で何かに気づいた様子で僕を振り返った。
「いえ、けれど先ほどコーヒーと。そんな嗜好品を手に入れられるならやはり」
「あー、それ、俺の知り合いが贈ってくれたもんでですね」
ヘルコフの言葉に、何故か僕を睨むようだった妃の目が泳ぐ。
いつもすまし顔しか見てなかったから、こんなに表情豊かなのは初めてだ。
ふらりと父が身を揺らして僕を見る。
「そうだ、歳費。アーシャ、歳費を使った報告は手元にないのか?」
そう言われても困るし、また答えようのない問いだし。
これ正直に答えたらまた父が傷つくやつだと思うと、言いにくい。
そんな僕の沈黙を見下ろし、おかっぱが溜め息を吐いた。
「陛下、僭越ながらお答えさせていただきます。ございません。第一皇子に、歳費は支給されておりませんので、報告もありません」
「そんな馬鹿な! 私は確かにアーシャに…………。それに皇子には歳費が与えられるのは帝室の決まりで、私にさえあったんだぞ?」
皇帝の実子だけど公にされなかった父だ。
それでも歳費はあってニスタフ伯爵に渡されていたという。
それが皇帝の息子としての証明にもなったとか。
そして何故知ってる、おかっぱ。
もしかして調べたらわかることなの?
「…………陛下、世代は問題になりませんが、皇子に与えられる歳費は、妃との間の子、嫡出のみです」
「アーシャは私の嫡出だ」
言いにくそうな妃に父は反論するけど、僕も異論を上げた。
「陛下、確かに僕は正妻であった母と陛下の子で嫡出ではあります。ですが、皇帝の嫡出と、認められているのですか?」
「継承権があるのだから認められているに決まっているだろう」
「ではそれは歳費の支出に際しての要件ですか?」
ぼくの指摘に父は黙る。
父としては僕に歳費出してたつもりだったようだ。
そして気づけば、妃がぼろぼろと涙をこぼしており、おかっぱさえも肩を跳ね上げる。
さらにはぎょっとした僕の前に、妃は崩れるように膝を突いた。
「私は、こんな、憐れな子に、今まで何を…………なんてことを…………。陛下をあなたに奪われるのではないかと、馬鹿な嫉妬に惑うなんて…………。こんな、窮状も訴えられないほど、父親を子供から分断してしまっていたなんて…………」
おっと何やら自責の念に駆られて勘違いしてるようだ。
そして実はお酒密造してお金稼いでますとは絶対に言えない雰囲気だな。
すでに工場まで建てて大手振ってやってますとは言えないぞ、これ。
「アーシャ、父は、ニスタフ伯爵は何を?」
「…………何も?」
そこははっきりと父に伝える。
ショックなところ悪いけどこれは言わせてもらおう。
「実は、ハーティが僕の下を去る前に一人ニスタフ伯爵家に向かい、不義理を問い質してくれたそうです」
子爵家からの祝いの着服と、僕をいらないと言った件を告げる。
「なので、宮殿に移ってから会ったこともなければ、手紙のやりとりさえありません」
「ば、かな…………。アーシャを頼むと、任せておけと言われて、私は…………」
父がショックを受けて一歩後ろに下がると顔を手で覆った。
僕もショックだよ。
冷徹な仕事人かと思ったら、そういう欺瞞やっちゃうんだ?
僕を放置してること言わずに任せておけって、口出すなってことじゃん。
そう思っていると、いつの間にか手をどけた父の顔が怒りに染まっていた。
「そういう人たちだ、そういう人たちだった。なのに、皇帝になるからにはと言われて、情があったのだと、思い違って、アーシャを任せるべきではなかった」
どうやら父に対してもドライな家族だったらしい。
初めて任せろと言われて、夢見ちゃったんだね。
うん、なんかわかる。
わかるし、それで結局期待して裏切られて、辛いんだろうな。
なんか、僕も気分が落ち込む。
「…………すまない、アーシャ。私の落ち度だ」
「陛下が謝罪されることではありません。僕のことを案じておられたのは知っています」
慰めようとすると、父は困った顔で眉間を険しくする。
「そうしてしっかりしているから…………」
騙されたとでも言いたいのかな?
うん、騙した。
けど今回のことでルカイオス公爵に言い返せるくらいの立場あるってわかったし、だったら伯爵程度どうとでもなるよね?
「陛下、僕は皇子として至らない点がございます。今般の騒擾もまた、僕の不徳がいたすところと猛省をする次第です」
「違います。あなたは確かにフェルを助けてくれたではないの」
まさかの妃からの援護がきた。
あれ? 待てよ、もしかして?
「フェルとワーネルの毒になるものがわかったんですか?」
「えぇ、あなたが吐かせた時にワーネルに言ったのですってね。ワーネルが食べて平気なものは大丈夫だと。あの子はそれを守ろうと必死にフェルに食べさせるものを自ら毒見していたわ」
その上でフェルの病状の回復がいつもより早く、休んでいてもぶり返すことがあったのにないまま回復しているそうだ。
駄目押しが僕の資料。
ワーネルが何をしていたかわかり、過去フェルが倒れた時の食事を洗い出してアレルゲンの候補を三つに絞りそれらを除去しているという。
「良かった」
「あなたは、本当に心配してくれていたのね」
「陛下に、弟の手本になれといわれましたから」
「あれは、その、これほど我慢させるためでは…………」
父は気落ちしてるけど、僕の本題それじゃないんだ。
「とはいえ、至らなかったことは事実ですから。罰としてニスタフ伯爵家の後見を切ってください」
心配がなくなったこともあり笑顔で告げると、父と妃は呆気にとられた顔をする。
反省に見せかけた僕の縁きり宣言に、今度はおかっぱが悩みだしたけどそこは放っておくことにした。
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