440話:エフィの決闘問題5
決闘問題は一応解決だ。
あの誰か知らない上級生を盾に先約があると断ればいい。
ただ新たな問題が発生した。
「そいつ呼んでも来ないから、紹介できずにいたんだ。アズに興味を持ったのか?」
「何今の、魚? 新手の精霊ってことでいいの?」
「いや、断言できるだけの材料がない。言ったとおり、いつ出てくるかわからないんだ」
机の端に揺れたのは、魚の尾びれに見えた。
赤く揺れる様子は金魚みたいだったけど、そんなのこの世界にいるのか知らない。
(検知できません)
(ってことは、本当に新しい精霊?)
セフィラは音や光、熱で相手を捉える手段を覚えてる。
だからセフィラが検知できないってことは、実体がない何者かってことだ。
そうして見えてるのに実体がない相手は、今のところ精霊しか実例がいない。
錬金術科にはいくつかの精霊の目撃情報があった。
青トカゲを錬金術関係の精霊だとすぐに気づけたのも、目撃情報があったからだったし。
「他は確か、男や女、それと、魚?」
「あぁ、うん…………そう、なんだがな」
なんだかエフィの歯切れが悪い。
不思議に思いつつ、精霊だろう尾びれが消えた机を回り込む。
けどいない。
机の下を覗いて見ても、天井を見上げても赤いひれを持つ存在は見えない。
(セフィラ、どう?)
(依然検知不能。主人が視認した場所に実体は確認できません)
(追えもしないのは青トカゲと同じか。じゃあ、僕が見えた時には見てた?)
(残念ながら)
見てないのか。
今さらだけど、セフィラにも死角はあるようだ。
今までなんでも見て聞いてたように思ったけど、一応本体のようなものはあるしね。
だから僕から離れると、返事もなくなるんだ。
その場合は僕がセフィラの圏外に置かれるから、危険な場合は離れたがらない。
(実体はないのに本体がある。つまり、存在自体が物理的な何かじゃない。いや、ここはセフィラがどう検知してるかが問題かな?)
(どうとは?)
(検知不能ってことは、見える位置にいてもそこが死角のようになっているのに見えないとかそういう可能性ない?)
(否定できません)
(じゃあ、青トカゲは?)
(主人が視認している状態であれば、そのように見える何かがいることは確認できます)
だったらさっきの金魚のようなのは単純に見損ねた?
なんて思ってきょろきょろしてると、次は棚の陰に金色の長い巻き毛が揺れた。
「え? 複数いるの?」
「そういうわけじゃないんだが…………」
まだ歯切れが悪いエフィの答えを後ろに、僕は見えた金髪を追って棚の陰へ。
陰から何も出ていないし、目にできない場所に移動できる死角多くない。
見逃すとも思えないけど、棚の周辺に金の巻き毛は見当たらない。
「いないなぁ。っていうか、複数じゃないなら、魚の尾びれに人間のような金髪って、一体の精霊ってこと?」
つまりそれって、人魚って言わない?
目を放すと消えるのは、青トカゲも一緒ではある。
何がエフィの口を重くしてるんだろう。
「そういえば、僕が片づけようとしたのを助けてくれた?」
床に散らばっていた爆竹は、今も机の上にある。
僕が拾おうとした瞬間移動したから、手伝ってくれたと思うんだけど。
少なくともこっちを見て、何をしようとしてるか、何を言ってるかを理解する知性のある相手になる。
つまり僕に興味があるんだ。
けど追うと逃げる。
「こんななぞなぞ何かあったな」
確かに見えるのに触れない、追い駆ければ逃げるものはなんだ?
答えは陽炎。
またの名を…………。
「逃げ水」
呟いて振り返ると、エフィが変わらず座ってる。
そしてその肩から顔を覗かせるおっさんがいた。
「ぶふっ!?」
「うわ、どうした?」
噴き出す僕にエフィが驚く。
けど肩には変わらず、着せ替え人形サイズの金髪のおじさんが顔を出してる。
そしてエフィは全く気づいてない。
「いや、ちょっと待って。その金色の巻き毛。それにちょっと見える赤いひれって…………」
エフィの腕の向こうに水に揺らぐひれのような赤が見えてるよ。
「おっさん人魚!?」
「何処にいるんだ?」
エフィが振り返った途端、消えた。
いや、泳ぎ出して、物陰に音もなく滑り込むのをギリギリ捉えた。
その姿はまさに金魚の優雅さ。
そして靡く豊かな金髪に上半身のほとんどは隠れる。
隠れるけど、顔がおっさん。
しかも見えた上半身はけっこうがっしりしてたぞ。
「嘘でしょ…………。魚で男で、女みたいって。全部ひっくるめて? 別個体がいるんじゃなくて、特徴だけ抜き出してたの?」
「まぁ、たぶん?」
エフィの歯切れが悪かった理由も、どうやら見た目のインパクトのせいらしい。
「なんて説明していいか、わからなくてな。魚と言っても違うし、だからと言って男と言って後ろ姿しか見なければ、女と間違うだろうし」
「と、ともかくなんで現れたかを教えて。青トカゲみたいに器具の中にいたの?」
「いや、俺とヴィー先生で連れて来た」
「連れて来た?」
なんかもう予想外すぎるし、情報が多すぎるんだよ。
強烈すぎて飲み込むのも大変だ。
なのに疑問が尽きない。
あれ、もしかしてこれ僕に怒ったり呆れたりするソティリオスの心境と同じ?
「アズが帝都に行っただろう。その後、手が空いているなら青トカゲから情報を取る手伝いをとヴィー先生に声をかけられた。アズがいたら頼んでたらしい」
「あぁ、うん。補修とか音楽祭終わって手が空くの待っててくれたのか」
青トカゲ見つけてからは、レクサンデル大公国の競技大会に行ったしね。
そこからヴラディル先生は一人で青トカゲの記録を取ってたはずだ。
「その後は俺も、ここに籠ること多くなってな。その時に思い付きで、他の精霊はいるのかって聞いてみたんだ」
「もしかしているって答えたの?」
確認すると、エフィは頷く。
「その時に聞き方が悪くてな。魚の精霊、男の精霊はいると言う話で、女の精霊はいないという答えになった」
「あぁ、それで捜しに行ったら、あれ?」
「あれだ。ヴィー先生と一緒に叫んでしまった」
青トカゲの情報で、ラクス城校の元錬金術科の実験室に残ってると知った。
今では魔法学科が使ってる実験室で、ヴラディル先生は折り合いが悪いらしく、魔法学科の教師も全員帰ってから夜の学園へ忍び込んだとか。
「うん、そんなシチュエーションで見たら、僕も叫ぶかも」
「それが悪かったのか、その後は逃げられるし話もできなくてな。だが、青トカゲを連れ行ってたから、こっちの実験室に移ってもらうよう説得してもらったんだ」
「もしかして、あの人魚も喋れないの?」
「あぁ、あの人魚の精霊は何を聞いても答えない。青トカゲのように文字を示しても反応しないんだ」
なのに青トカゲが説得をした。
つまり、精霊同士のコミュニケーションは取れる。
(セフィラ?)
(呼びかけてみましたが、反応が薄いです)
セフィラは青トカゲの意志は少し読めるはず。
なのに人魚はもっと難しいという。
「言語の違いかな?」
「それは考えたことがなかったな。ずっとルキウサリアの言葉で話しかけていた」
僕の呟きを拾って、エフィが手元の紙に、精霊は複数の言語を認識できるかと書きつける。
さらにその確認方法についての案を書き出していった。
「一番意思疎通に関して可能性が高いのは、エルフなんだが」
「イルメに言うのはやめたほうがいいと思うよ」
「だよな。ここに入り浸ってネヴロフみたいに単位足らなくなりそうだ。だが、今のところ俺は無理で青トカゲの機嫌次第。何かヒントを探れないか?」
「イルメから?」
難度の高い提案だ。
けど精霊については僕も知らないことが多いし、興味はある。
「アズなら、錬金術での精霊について、進捗を聞くついでに上手く聞き出せないか?」
エフィには人工的な精霊の作成については話してないから、たぶんイルメも精霊関係については口が堅いんだろう。
確かに口束の魔法の範囲である僕が聞くなら、応じてくれそうではある。
精霊の姿形や扱う言語についてなんて聞くなら、僕が適任そうだ。
何より僕の頭の中には、推奨って繰り返すセフィラが諦めてくれそうにないのだった。
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