437話:エフィの決闘問題2
錬金術科の実験室は、理科の実験室に似てるけど、錬金炉なんかの特有の道具もある。
入ればエフィが使ってた形跡があり、鉱石を砕いていただろう乳鉢なんかが出されてた。
その陰から、ひょっこり顔を出す青いトカゲ。
「久しぶり。僕とも話してくれる?」
声をかけると、青トカゲは顔を上下に振る。
「…………それが肯定なら、逆に否定ってどうするの? 首、横に振れる?」
聞いたら、青トカゲは前足ごと動かして左右に上半身を振る。
どうやらわかりやすく首を左右に動かすには、もう上半身ごと動かすしかないらしい。
「相変わらずお前は、こんな不可思議な存在も全く気にしないんだな」
なんかエフィに呆れられた。
セフィラで慣れてるせいもあるけど、気になるところがそこじゃないだけなんだよ。
「気にすることはするよ。エフィ、また身長伸びてない?」
「うん? あぁ、どうだろう?」
逆にエフィは自分の身長に無頓着だね。
僕としてはまだまだ伸びたいんだけど。
「アズはあまり伸びないな」
「こ、これからだよ。たぶん」
「俺はそろそろ兄を越えるかな」
「う…………」
帝都で会ったテリー、僕が同じ歳の頃より大きいんだよね。
これ、次に会った時には超えられてるとかありそう。
(大きさに関して青トカゲが興味を示しました)
セフィラに言われてみると、青トカゲは乳鉢に前足をかけて立ち上がってた。
(どうやら以前大きくなった時に錬金術科教師に騒がれたようです)
(あぁ、まぁ…………大きなトカゲはちょっと)
セフィラと話してたら、青トカゲはすっと四つん這いに戻る。
もしかして見たいとか言ってたら大きくなってたの?
(うーん、相変わらずこっちの会話聞き取れてるみたいだね。セフィラは?)
(微かに思考を読み取れる度合いに変わりはありません)
(その微かにって、例えば僕と話す時とどれくらい違う?)
(私を意識せずに主人の中を過るよしなしごとに耳を傾けるよりは聞こえます)
つまり無意識に考えてることレベルよりもう少し聞こえる感じ?
で、漏れ聞こえる言葉の仔細を聞きたくて、セフィラは僕に話しかけてるわけだ。
けど青トカゲ相手にはそもそも聞き取ろうとしてもその程度か。
「そう言えば、こいつの名前なんだが」
「名前あるの?」
「いや、なかったらしくて青トカゲになった。名付け親、アズだぞ」
「はい?」
エフィ曰く、ヴラディル先生が名前を聞いたら青トカゲと答えたそうだ。
僕が内心でそう呼んでたからと。
「いやいやいや、そんな適当な呼び方」
「どうもそれで俺たちがこいつを思い浮かべるのわかるらしくてな。わかりやすく自分を表現する名前としての有用性を認識して受け入れたらしい」
そういう妙に合理的なところはセフィラと同じなんて、本当になんなんだろう。
「えー、うーん。本人がいいならいいのかな?」
「もう俺も先生もそれで呼んでるからな」
青トカゲはわかってるのか頭を上下に動かす。
「それで、何かわかった?」
「あぁ、そうだ。この青トカゲは気に入るものは火属性が多いというのはわかっているな?」
「そうだね。もしくは火に関係して生じたものかなと」
「あぁ、それで火属性と言われるものなら、肉でも魚でもいいこともわかった」
「え、そうなの? というか食べ物にも属性?」
「古い薬学というか、それ未満の迷信だな。民間療法や伝承の類にあるんだ」
言いながら、エフィは実験室の前のほうへ。
そこには教師用の棚があって、一冊の本を取り出した。
「これにそうした食物の属性と、属性を四つ合わせて作る薬効があると信じられる料理の作り方が書いてある。まぁ、ほどほどに滋養はあるらしい」
「そんな本あるんだ?」
「テスタ老が聞き取った民間の治療法をまとめた中の一冊だな」
著者テスタか。
借りてみると前書きに、薬学を作るために調べた結果、地域差はあるものの、食べ物に属性があると信じる人は一定数いたと書かれてる。
実際薬効があるものは、ちゃんと薬効がなくならない料理の仕方を伝えていたと。
組み合わせで作られてるから、忘れられないように本にして残そうと思ったとも。
「けっこう真面目な本みたいだけど…………兎肉が、火属性?」
「そうだ。これに従って火属性のものを与えてみたら、燃やして食べた」
「食べたの?」
「いや、これは比喩だな。燃やすことをしたように見えたが燃えてなかった。食べたように見えたが食べてはいなかった。だが、食べてみたところ、焼いたような気配がして、食べたはずなのに食べた気がしなかった」
僕が質問しようとするのを、エフィは指を立てて止めた。
「だが、俺は食べた後、いつになく火の魔法の調子が良かった」
エフィが言うには、普段よりも魔法の発動が早く、魔法を使うために必要な魔力が少なく済んだという。
あまり集中しなくても魔法が安定するそうで、そんなことが小一時間ほど持続した。
「まるで噂に聞く精霊に助けられたという魔法使いのようだった」
「…………御饌」
「なんだ?」
「いや、その…………」
御饌は前世で、お祭りの時に振舞われる食べ物のことだ。
正しくは、神に一度上げられた食事で、参拝者はわけてもらって無病息災や福徳円満など神さまの加護を願うもの。
精霊は神のように崇められ、エルフなんかはその加護を願う。
つまりバフ効果があるのかもしれない。
ちゃんと加護があると思えば、精霊信仰の発祥にも納得がいく。
「うーん、これはイルメに聞いたほうが良さそうかな?」
「いや、それがな。今は地脈がどうとかでアプローチを別にしている。それなら一定の知見が出そうで、評価もできるからとヴィー先生が言ってな」
こっちの評価できないことに夢中にさせるよりは、という判断らしい。
けどその分、評価を確定させないとこっちに噛ませるのも不安だとか。
「それで、ミケとはなんだ?」
「古い言葉で、今風に言うと…………聖別された食べ物?」
「あぁ、教会で出されるパンか?」
宗教行事のミサで出される、神と同じものを食べろという儀式がある。
テリーに誘われて大聖堂に行くことになって、そういう儀式の手順は習った。
やった覚えないけど。
僕としては、同じ釜の飯を食べたならお前も仲間、郎党だというような儀式だ。
食べたからにはこの神を信仰しろよって、謎マウントの説明があったんだよね。
(多神教だからかな。いや、前世にもあった牛耳るという言葉の発生と同じ?)
(仔細を求める)
(えっと牛を使った契約の儀式で、牛の耳を切って血を飲むとか。だから牛の耳を持つ人が、その契約の主導権を持つみたいな?)
セフィラに聞かれて、あやふやだけどなんかそういう故事成語だったと記憶を掘り出す。
もちろんその後牛の肉を食べるそうで、牛耳った人は宴会の主催者で一番偉いってことになるそうだ。
美味しい肉は偉い人からもらうから人集めにも使えたとかなんとか。
「たぶん、エフィは青トカゲの加護を貰ったんじゃない?」
「こんな小さいのに、神に等しいことをしたとでも?」
「大きさが問題なら、青トカゲは大きさ変えられそうだけど。いっそ神さまらしい恰好になれるか聞いてみる?」
なんて言ってるのも通じてるから、見た時にはもう青トカゲは炎を纏うどでかいトカゲと化していた。
っていうかこれ、コモドドラゴンじゃん、怖!
「いや、そんなドヤ顔されても…………。火は危ないし大きすぎて邪魔だからいつもどおりにしててほしいんだけど」
お願いしたら戻った。
ちょっと不服そうに下向いてる。
どうしようかと思ってたら、エフィは目元を押さえてた。
「お前は、本当になんでそう動じないんだ? 目の前で魔法でもできないことされたんだぞ? もう少し気にしろ、アズ」
残念、今さら姿変えるなんて珍しくもなんともないんだよね。
何せセフィラっていう前例がいるし。
なんだったら最初は姿すらなかったの知ってるし。
それで言えば、青トカゲの蜥蜴のくくりで変わるくらいなら、種類以上の驚きもないんだ。
なんて考えてる間に、エフィはヴラディル先生への申し送りのためのメモに、見た目を大きく変えることが可能とか書き足している。
「俺は今何をやらされてるんだと悩むくらいなのに。この錬金術かも怪しい状況を受け入れられるのはアズがおかしい、はずだ。だが、確実に魔法の向上には繋がる。何故か、繋がるんだ…………」
「考えすぎも良くないと思うよ。使える知識があればラッキーくらいに思ってたら?」
「…………軽い」
気休めを言ってみたら、逆にエフィは項垂れてしまった。
もう異世界転生してる時点で、なんでなんて、神さまを捕まえて聞くしかない大問題抱えてるからね。
こういうものだって受け入れるしかない達観が、僕にはあるのかもしれない。
うん、年相応のエフィは健全に悩んでていいと思うよ。
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