436話:エフィの決闘問題1
ルキウサリアと帝都を往復して、二カ月ほど不在にしてた。
もちろんその間に授業は進むし、自己都合で休んだからには評価なんてもらえない。
当たり前だ。
けどその当たり前を曲げて補修をお願いする。
それはいい。
授業受けなかったのに、僕のためだけに補修の時間と手間をお願いするんだ。
社会人の記憶あるから、仕事の都合つけて対応してくれるんだなって教師側の負担考えちゃうし。
(けどこれは予想外だよ)
(主人の労を正しく認識した結果と評価です)
僕が声に出さずぼやくとセフィラが思考に入り込んできた。
僕は今、音楽の教師に補修願いのためのアポ取りをしに来ただけのはずだった。
「ようやく戻って来たのね! さぁ、話を聞かせてもらうわよ!」
「え、あの…………」
「あの舞台の総監督だなんて、いったい帝都の何処の劇場で下積みをしたのかしら?」
「その、僕は…………」
「それにあの音響装置! あなたが考えて作ったんですって? 帝都の劇場にそんなものが導入されたとも聞かないし、もしかして実験的な試みだったのかしら」
音楽祭前にも補修をお願いした相手で、ちょっと体育会系な先生だ。
今回はアポ取りのつもりが、何故か教員の部屋に引きずり込まれて質問を並べ立てられてる。
話すことに夢中というか、話したいこと溜まりすぎてたみたいで、答える隙がない。
(なんか僕が来るの待ってた?)
(後輩ウィーリャに話を聞こうとしたところ、主人の許可がなければ技術的な話はできないと拒否されたそうです)
勝手に先生側の思考を読んで、セフィラが答えた。
けど今は話を聞けないからしょうがないか。
(つまり、僕がウィーリャから聞いてきたと思ってるわけか)
(主人の労は理解しています。しかし錬金術であることを理解していないため、思い違いを正すところから)
(いや、そもそも僕がしたいのは補修の話だから)
セフィラまで脱線しようとするのを止めて、僕は音楽教師をなんとか宥める。
そもそも演劇関係には素人だと説明するところからだった。
「じゃあ、どうしてあんな野外で円形劇場でもない場所で声を響かせることができたの?」
「錬金術です」
「技術的な話よ」
「技術的な話ですよ」
わからない顔をされる。
うん、教師でも錬金術は詐欺的なもので実体がないと思ってるからね。
そもそも錬金術の思想が、世界を知ること、世界の構成要素を解明することだという説明を改めてすることになった。
「なので、錬金術の錬金とは金を造ることではなく、金を形作る物質の構成要素を解明し、世界にある物質を変質させる技術を探ることなんです」
「…………つまり、何か声を変質させる怪しい薬?」
「違います」
ゴクリと音を立ててまで興味持たないで。
そんなのないから。
いや、喉の調子整えるとか、ブレスのど飴みたいな名前で前世で商品あったけどさ。
できそうな気がするけど、今は勘違いを正すほうが先決だ。
「まずですね、声はどうやって聞こえると思いますか?」
後輩の虎獣人ウィーリャや、不器用なワンダ先輩なんかにも教えたことを話す。
帝都でヒノヒメ先輩たちにした質問も、想像しやすいから説明に混ぜさせてもらった。
「…………というわけで、声の響きをよくするには、声の方向性を変える必要があります。そしてそのためには声という振動を反射させて響かせる機構を作ることが必要なんです」
「ふんふん、言われてみれば確かに劇場ってそういう造りよね。なんとなく感じていたことを改めて説明されると、アプローチを変えるべきところも見えるわ」
すっかり先生のほうが教わる姿勢だ。
これはいけない。
なんか前のめりになってる音楽教師にテスタがダブる。
「こほん、それで僕は不在の間の補修をお願いするためにお話をするお時間をいただきたく参りました。ただ他にもお願いしなければいけないので今日はこの辺りで」
「む、思ったより話し込んでしまったわ。そうね、じゃあもうここで課題を…………」
また何か課題曲かな、それとも曲に対する考察とか?
「その音を響かせるための機構というものの制作方法と制作意図、実際に使った際の改善点か、いえ、いっそ野外劇場への組み込み方の考察とそれから…………」
「ちょ、ちょっと多すぎます! それだと、その、論旨がずれすぎるのでまとめましょう」
止めなきゃどんどん増やされるよ、これ!
僕は音楽教師を止めて、説得し、なんとかレポートの提出範囲を、音楽祭で使った音響装置に関してだけに収めた。
「それでは失礼します!」
「次の授業の後には時間を作りなさい!」
「検討はします」
逃げるように挨拶すると、追い駆けるように予定を押さえられそうになる。
なので日本人的お断り文句を残して、僕は逃げた。
「まさかこんなことになるなんて」
ぼやきつつ、錬金術科から離れて学内を回り、補修のお願いのアポ取りを続ける。
音楽教師のように捕まることも数回。
どれも音楽祭の総監督扱いでの質問だ。
そんなのになった覚えはないんだけど。
まぁ、錬金術科の出し物にそれだけ注目が集まったってことなんだろう。
「後輩の将来を思って、先輩として魔法学科への転科を…………」
「そこは本人の意向を無視するわけにはいきませんので、僕ではお力になれません、失礼します」
何故かラクス城校の魔法学科の教師にまで捕まって、そんなことも言われた。
知らない人だけど、どうやら竜人のアシュルとクーラの火魔法の扱いの上手さに目をつけた教師らしい。
うだうだ言う間にセフィラが暴いた内心では、上位の才能があって競技大会でも優秀な成績を修めるエフィを奪われたからにはと、妙な不公平感を持ってるとか。
完全に学生を制御できずにいた側の問題だよね。
だから他科のテスタの横やりで、錬金術科に転科させられることになったんだし。
(しつこいなぁ…………)
(錬金術科程度でも注目される魔法の使い手であるなら、来年の音楽祭では魔法学科で参加させられれば、もっと注目を集められると考えています。また、錬金術科に負けたと魔法学科が他科から笑われるのも、逆に生徒を引き込むことで止むかもしれないとの目論見です)
ラクス城校の教師が、去る僕を追ってさらに言い募る企みを、セフィラが副音声的に暴露する。
つまりラクス城校では、結局錬金術科に対する見下しは変わってないんだ。
これもどうにかしないといけないけど、今はこの教師から逃れることにしよう。
(逃亡を試みる主人に報告)
(ん?)
セフィラが別のことを言うので耳を傾ける。
僕はアクラー校の錬金術科校舎に向かいながら、場所とタイミングを計ることにした。
「あの火の使い方を教えたのは、君だというじゃないか。その発想は評価するとも。だがやはり実際、繊細にそして大胆に使える後輩の能力をさらに伸ばす場を示すのも、先輩として…………う!」
軽く魔法で風を操って、相手の前髪が目に入るようにする。
そうして僕から目を離した隙に、建物の角を曲がり、視界からはずれた。
「待ちたまえ…………え? 何処に消えた?」
教師が見失って探すも見つからず、離れて行く足音を聞く。
僕は完全に聞こえなくなってから、窓の下で縮めていた体を伸ばした。
「はぁ、助かったよエフィ」
「絡まれてる声が聞こえたからな」
エフィは僕を見つけて窓を開け、視界から外れた隙に窓から素早く引き込んでくれたんだ。
エフィがこっちを窺ってるって言うのをセフィラから聞いて、僕も合わせた形。
錬金術科の廊下に、見つからないよう座り込んでた僕たちは、立ち上がる。
「もう用事はいいのか?」
「うん、戻る途中で捕まったんだ。エフィも何か僕に用事があるって聞いたけど」
「いや…………そうだな。俺だけだともう手が回らない」
エフィは疲れた様子で、一度断ろうとしたのを翻して弱音を吐いた。
いったい何があったんだろう?
「まずは実験室を貸し切ってる今しかできない話からしよう」
廊下ではできない話らしく、実験室へ誘われた。
そう言われると、エフィが僕にしか相談できない話題が一つ思い浮かぶ。
どうやら錬金術の精霊らしい青トカゲについて、何か相談したいことができたらしかった。
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