435話:ネヴロフの錬金術5
「ひでーよー。アズも一緒にやろうぜー」
「確かに知識だけ得て、論文なんかの労を回避。先読みがすごい」
ネヴロフがぼやくと、ウー・ヤーもうんざりしつつ頷く。
僕としては、二人には頑張ってもらって、前世の薄くなめらかなアルミの精製に成功してほしいところだ。
「僕は僕でゴムの製法教えてもらったら、何か課題にされそうではあるけどね」
話す僕たちは放課後の教室で、改めて昼のことを話してる。
授業が終わるとエフィは実験室へ、イルメは僕がいない間にルキウサリアの図書館巡りが趣味になってたそうで学園を早々に出た。
ラトラスは何故かワンダ先輩に捕まって連れて行かれてる。
「あとこれも、ネクロン先生の興味を引いてたみたいだ」
僕がそう言って机に広げるのは、鍛冶工房から戻って屋敷で描いた錬金炉の構造図。
「うわ、すげぇ! これ錬金炉割った絵か」
「すでに色々手を入れた後からよりも、構造がわかりやすいな」
ネヴロフもウー・ヤーも覗き込んで声を弾ませる。
色よい反応にちょっと得意になるけど、まぁ、セフィラのお蔭だ。
僕はセフィラが紙の上に照射する線をなぞっただけだからね。
「まず組み立て直せたのはいいとして、ネヴロフ構造わかってないでしょ。完全に錬金炉の構造を邪魔するところにパイプ通してあって、あれじゃ動かないよ」
「組み立て直せたのはすごいって言われたのも、その後駄目だ駄目だって大親方に言われまくったのも同じだな、あはは」
つまり大親方はネヴロフの失敗わかっててあえて指摘はせずにいたらしい。
その横で、ウー・ヤーは構造図を見ながら真剣な表情を浮かべる。
「自分はまず構造が全くわからなかった。というか、そもそもどうやって動いてるかも、これを見てしてもわからないな」
「うん、構造自体よりも動かす理論がすごく複雑な作りをしてた。見た目以上に難解だからこそ、一度解体して組み立てることができたネヴロフは確かにすごい」
空間把握能力や立体認識能力が高いんだろう。
ただ、構造はともかく理屈の面が追い付いてないせいで、そこから発展させられなかった。
「錬金炉にも種類がある。この錬金炉はどうやら、炉の中に小さな世界を作るっていうコンセプトで維持される術式なんだ」
ひたすら高温を保ったり、長時間の作業継続を前提に作られたりと、錬金炉は形も用途も色々。
ネヴロフが解体したのはその中でも、何故か時間経過を加速させる機能の付いた謎の多い錬金炉だった。
「ざっくり理論だけ言うと、この錬金炉は世界の始まりと終わりが設定されてる。そして錬金炉の中だけで世界が完結するようになってるから、その世界の中の時間は、現実に対応してなくても問題ない。つまりは小宇宙を体現する…………」
「待て待て待て!」
「はへー…………?」
なんかウー・ヤーに勢いつけて止められた。
ネヴロフは瞬きを忘れて気の抜けた声を口から出してる。
「どうしたの?」
「アズ、今精神論の話か?」
「錬金炉の話だよ」
「アズが何言ってるか全くわかんねぇ」
ネヴロフがばっさり言うと、ウー・ヤーも頷く。
まだ理論も途中なんだけど、やっぱり概念的な説明がいるのかな?
「なぁ、アズ。それでもっとすげぇ高温できる?」
ネヴロフがわからない上で目的はぶれず聞いて来た。
「理屈の上では可能かな。けど、現実的には不可能だ」
「理由はなるべくわかりやすく頼む」
なんだかウー・ヤーが警戒してしまった。
「えー、じゃあ…………この机の木材から、木って作れると思う?」
「いや、無理だろ」
「え、できるだろ」
ウー・ヤーとネヴロフの意見が割れた。
僕はできるというネヴロフにまず理由を聞く。
「木を粉々にして木の苗に与えれば木は作れるだろ?」
「あ、そうか。この木材自体から木を生やす必要はないな」
「そう。ただしこの木材と同じ状態にするにはとても時間がかかる。決してお手軽な物じゃない。だから、理屈の上では可能だけど、現実的には不可能だ」
僕が言うと、二人揃って目を瞠る。
「まぁ、一番の問題は現状この錬金炉を形作る素材の耐熱性がもつ値しか出せないことだね。熱を発するための動力も、世界の終わりに向かう熱量を使ってるから時間をかけすぎると尽きてしまう構造が問題かな」
「最後はよくわからないが、耐熱性が問題なら、別のもので作ってはどうだ?」
ウー・ヤーがわからないなりに意見を挙げるけど、今度は術の発動に関する問題になるんだよね。
「これで完成状態だから、ここから素材を変えると、また新たに別の世界を創造する形になるんだ。それも労力が見合わないし、時間がかかる」
正直この錬金炉を発明した人はすごいというか、ぶっ飛んでる。
魔法技術への造詣もとても深い上で、それを錬金術として昇華して、不可能を可能にしてるんだ。
「でも、できるんだよな?」
ネヴロフは全く怯まず確認してきた。
これは僕もできるできないなんて、常識にとらわれるべきではないかもしれない。
改造案について話そうとしてたら、教室の扉が開いてラトラスが入って来た。
「あれ、なんか楽しそうだね。なんの話?」
「錬金炉。改造しようって話したろ」
「自分たちでは行き詰っていたがアズがな」
ネヴロフとウー・ヤーが答えると、ラトラスは笑って僕を見た。
「で、一番楽しそうなのがアズって、そんなに錬金術やりたかった?」
「それはもちろん」
言われてつい即答する。
人工ゴーレムも強化ガラスも、やりたいことではある。
けどそこに政治絡めてしまったから、楽しむどころじゃない。
だからこそ、ここでの錬金術には政治なんて考えずに済む。
楽しめる錬金術がしたくないかと聞かれれば、したかったに決まってる。
「俺もアズに相談したいことあるんだよ。けど、こんなのやってたら手空かないよね」
「片手間にはできないこと?」
「いやぁ、片手間でもいいと思うけど。それより、アズと話したいってエフィもそうだし下級生もいるしなぁ」
「え、そうなの? イルメや下級生は聞いたけど」
エフィはもしかして、今のラトラスみたいに遠慮してたとか?
ウー・ヤーも同じ考えらしく言った。
「自分が先に連れ出してしまったから、遠慮しているんだろう。その辺り育ちがいい」
「それとネヴロフが煮詰まって授業に出なくなってたのもあるし、タイミングだね」
ラトラスもエフィが遠慮する理由を挙げるけど、当のネヴロフは悪びれずに笑ってる。
「アズはいつも忙しそうだな、って、そう言えばアズは外の新しい実験場見たか?」
「前に相談してたのヴラディル先生が手直しして学園に交渉したら作る許可出てさ」
ネヴロフが思い出して言うと、ラトラスが補足してくれた。
知らない内に何やら変わってるらしいのは気になるけど、そう言うのは片づけること片づけてからだよね。
「うーん、じゃあ、ちょっと実験室のエフィに声かけて…………」
腰をあげたら、そこにまた教室へ入る人がいた。
今度は赤い耳を立てたヴラディル先生だ。
しかも僕に目を止めてる。
「いたな、アズ」
「はい、なんでしょう」
「ほら、欠席中の補修用課題」
「あ…………」
どさっと出された紙の束に、正直慄く。
何枚かな、なんて考えたら、セフィラが即座に六十枚って教えてくるし。
もしかしていなかった二カ月の日数分?
「他の授業はまた補修願いのための手続きが必要だろ。ネヴロフのことは助かったが、自分のことも優先するんだぞ」
「は、い…………」
忘れてた。
いや、そうだよ。
こうなるよ、当たり前だ。
そしてヴラディル先生も必要だからこうして持ってきてくれたんだし、僕が言う前に動いてくれたのは善意だし。
そうは思っても、ちょうど錬金術楽しいなって実感してたところだとテンションが下がる。
肩を落とす僕に、ヴラディル先生のほうがなんだか悪いみたいな形になってしまった。
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