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431話:ネヴロフの錬金術1

 僕は後輩のことを聞いて、次にエフィに話を振った。


「それと、昨日はレクサンデル大公国から人が来てたって聞いたけど?」

「あぁ、競技大会のその後のことで家からな」


 競技大会の言葉に、キリル先輩も興味があるようだ。


「第二皇子の暗殺未遂があったという、あれか。ずいぶんひどい被害で、今もレクサンデル大公国は大変だと聞いているな」

「足元が崩れた時には肝が冷えた。よくあれで怪我も失くすんだと今さらながらに思う」


 ウー・ヤーが言うと、ポーが僕のほうを見た。


「アズ先輩が気づいて避けたって聞いてて、本当ですか。何がきっかけだったです?」

「揺れてたんだよ。っていうか、周り跳ねててさ。熱狂もひどくて、これは危ないなって」

「危機管理能力に優れていらっしゃるのですね」


 クーラが竜人の縦に割れた瞳孔で、僕を値踏みするように見る。

 ただアシュルは時間に気づいて言った。


「む、次の授業がある。そろそろ戻るべきであろう」

「では、ありがとうございました」


 トリキスは育ちの良さから頭を下げる。

 キリル先輩も片手をあげて自分の教室に引き上げた。


 残るのはクラスメイトだけ、と思ったら、ラトラスが入れ替わるように入って来た。


「あー、アズ! 紋章学おしえて!」

「残念だけど、丸暗記しかないね」

「そんなぁ。図形なら覚えやすいかと思ったのに、文字から紋章おこせって。難しすぎるよ」


 学年が上がって選択科目がアクラー校生と合同でやるらしい。

 春にあった授業選択の時、僕は不在だったんだけど、ラトラスは選択を失敗したようだ。

 紋章学って、紋章という幾何学と図象の組み合わせを文字で記録する学問。

 さらには実際に、紋章の定型に従って紋章という形象を描くというものだ。

 記憶力、絵心、各家の持つ紋章の意味の把握、歴史的な軽重とかけっこう難しい。


 ちなみに皇子とかある程度偉くなると、紋章官っていう専門職を雇える。

 つまり紋章学を学ぶのはそうした職に就きたい学生で、ラトラス向きじゃない。


「簡単だからとかじゃなくて、将来に生かせる授業選ぼうね」

「単位を考えると確実に取れるものは欲しいだろう」


 ウー・ヤーが言うのも一理あるけど、紋章学は本当に面倒なんだよ。

 僕の派兵の時も、どんな旗上げるかっていうので何回も会議したらしいし。

 準備期間短いっていうのに、帝室の紋章は使う人の継承権を表す形象があるから、それを描いちゃうと、僕は長子の紋章という皇太子の紋章になってしまうんだ。

 紋章に表す血筋の話でも、僕は名前の上で血筋が父とも違うように、ニスタフ伯爵家とは切れてるからそっちの紋章も使えない。

 結果、なんの血筋も家も表しもしない簡素な黒獅子になった。

 昔の王の長子の血筋を表す形象で、今ではその継承を継ぐ家がないからだそうだ。


「それで言えば、欠席の多いアズは単位がとれない可能性があるんだが」

「エフィがいうとおりなんだよね。また担当教諭に頭下げに行かなきゃ」


 今日はヴラディル先生の授業だから、放課後にまずはアポ取り行脚だ。

 そんな話をしてると、イルメも戻ってきた。


「あら、アズ。久しぶりね。今日放課後に時間はあるかしら? 精霊としての適応を項目として書き出してみたのだけれど検討を一緒にしてほしいの」


 すらすらと誘いを向けてくるんだけど、そこにウー・ヤーが待ったをかける。


「そう言うことは放課後になってからだ。そう思って自分も言わずにいたというのに」

「だったら俺と一緒に補修の対策しよう、アズ」


 ラトラスまで誘ってきた。


「一応放課後は先生のところを回る予定だけど、ウー・ヤーの用件は?」

「音楽祭前に錬金術を高めるため、皇子から指示を貰っただろう。それで錬金術の道具を作る工房に出入りしていたんだが」

「そう言えば、ネヴロフは? また鍛冶場にいるのか? 何をしてるか聞いても、俺はわからないんだが」


 エフィも実験室にいたってことは何かやってるんだろうけど、ウー・ヤーは聞く前に話を進めた。


「どうも相性が良かったらしく、自力で道具を作ることをしているな。その上、何か組み立てることも。ただどうも設計なんかは無理らしくて行き詰っている」

「あー」


 ネヴロフは癖字で、その上あまり絵心もない。


「ウー・ヤーも鍛冶工房に言ったんだよね? 何か発見はあった?」

「あぁ、合金の作り方については色々とやらせてもらってる。ただ大きな炉はいらないから、ここの実験室でこと足りてもいる」

「暑いって散々愚痴ってたじゃないか。ネヴロフは夏の間腹回りざっくり毛ぇ刈ってたし」


 ラトラスが笑いつつ言うと、エフィが続ける。


「だが、暑さを軽減する粉末を入れた袋を襟に縫い付けるのは評価されたんだろう?」

「それでも暑くて服全体にいれたところ、砂袋のような状態になってな」


 ウー・ヤーも失敗を語る。

 それでもう無理しない方向にシフトして、暑い工房に長居しないらしい。


「で、一度ネヴロフの所にアズに様子を見に行ってほしいという話なんだ」

「なんで僕?」


 ウー・ヤーに聞いたらイルメが答えた。


「私も見に行ったけれど、何をしてるかはまったくわからないの。正直金属の塊が騒音を立ててるだけとしか」

「鍛冶師たちの中にわかってるらしい者もいる。だが、結局はネヴロフが見据える先がわからないらしく、アドバイスもできなくなってるんだ」

「ウー・ヤー、それって僕にも実際に見て、ネヴロフが何したいか予想してほしいってこと?」

「たぶんね、到達点示さないと、ネヴロフやめないんだよ。今日も来てないし」


 どうやらラトラスも様子を見に行ったことがあるらしく、困ったように言った。


 つまりネヴロフは熱中しすぎてるけど、手詰まりで、僕に少し離れてもいいと思える進展を示してほしいって?

 実際登校しない先輩たちを連れ戻したし、期待される役割はわかるけど。


「鍛冶場で金属の騒音はわかるけど、何を作りたいかさえわからない?」

「勝手に動くと言っていたわね」


 イルメの雑な理解に僕も疑問符しか浮かばない。


「え? 動力?」

「なんだ、やっぱりアズならわかるのか」


 ちょっと言っただけで、もうエフィが早とちりする。

 ウー・ヤーももう任せるつもりになって言った。


「不在の間のフォローはする。放課後、待っているから時間を作ってくれ」


 僕の放課後を押さえようとしてたイルメも、身を引く。


「そちらのほうが急を要するわね。ネヴロフは出席が足りなくなりそうな教科がすでにあるの」

「錬金術科なら、先生たちが課題で済ませてくれるんだけどね」


 ラトラスがそういうと、揃って頷く。

 どうやらクラスメイトたちなりに心配してるようだ。


「わかった。それじゃ、放課後ね」


 そう約束して、授業後。

 僕がやったのはまずウェアレルへの連絡、そしてヴラディル先生に確認。

 その後に補習願いのアポ取りをして、学園を出た。

 ルキウサリアからの見守り役の人には、一緒にいるウー・ヤーに気づかれないよう合図。


 そして屋敷とは別方向へ向かう。


「王城のある街には行ったことあったけど、こっちは初めてだ」

「実験場が多いが、自分としては職人の街と言った雰囲気だ」


 ウー・ヤーが言うとおり、どこそこから槌の音やのこぎりの音がする。

 遠くから爆発音のような唸りが聞こえるのは気のせい?


「学生もけっこういるね」

「学園にはこういうところで働く徒弟を育てる学舎もあるそうだからな」


 僕は物珍しく辺りを見回す。

 ただウー・ヤー任せは危ないので、ヴラディル先生に聞いた工房の場所へ行くための目印を探してもいた。


 そうして周辺の工房の中でも、比較的大きい工房の辿り着いた。

 平屋で、扉はなく壁も正面は全部開口部になってて、屋根の内外では鍛冶師や徒弟らしい人たちが働いてるのが見える。


「お、思ったより早くついたな」

「え、いつもこんな道にどれだけ時間かけてるの?」


 三つ曲がる角さえ間違えなければ着けるけど、間違うんだろうな。

 ちょっと不安だけど、ここからは通ってるウー・ヤーに任せるしかない。


「おう、海人の坊。そのまま真っすぐ進め」

「わかった」


 工房に入った途端、気づいた職人さんがそう声かけてる。

 うん、もうそういう個性ってことで、ここは職人さんの厚意に頼ることにした。


定期更新

次回:ネヴロフの錬金術2

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― 新着の感想 ―
紋章って重複不可だからどんどん増えてったんですっけ。 王道モチーフの獅子をシンプルに紋章として使えるって、トレンドではなくとも伝統としての格は高いんじゃないかなぁ。現代の感覚だから違うかもしれないけど…
困ったときのアズ頼み!
 単純な黒獅子の旗ってのも結構印象に残りそうだから良いかも。  一歩間違えれば殺す覚悟はないのに万単位の兵を動かす現場で参謀として働かされる状況もあり得たか?  全く想像出来ないというレベルではないけ…
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