430話:錬金術と医術5
実態知るソティリオス曰く、第一皇子は異常。
けどそれを真に受けた後輩の言葉に、ソティリオスは僕を見ないように目を泳がせる。
「あいつは、変だ。こちらの常識は通じないし、考えをそうそう掴み切れもしない。だが、危険性はほぼない」
「狡猾だとおっしゃいましたが。悪評しかないともおおせではありませんでしたか?」
クーラも、評価が一致しないことを訝しむ。
当たり前の疑問に、ソティリオスは悩んだ末に考えながら答えた。
「他人を、煙に巻いて笑う程度の、性格の悪さは、確かにあるんだ」
ひどくない?
「だが、損得など考えず、誰かを救うために動ける者でもある」
そんな説明に、キリル先輩が納得したように頷いた。
「キリル先輩?」
「いや、言動はどう考えても馬鹿で乱暴で空気を読まない阿呆なんだが」
誰のことにしてもひどい言いようだ。
「オレスも、困っている相手を足蹴にするような人間性ではないからな」
「「「あー」」」
就活生のオレスを知ってる僕とウー・ヤー、エフィが納得の声を上げた。
後輩たちはまだ実感ないらしく、首を捻る。
「どんな性格かと問われれば、罵るような表現しか出てこない。だが、それで悪事をするかと言われると、そんな人間性でもないんだ」
キリル先輩の説明は、実際に知る相手だと想像しやすい。
ただ、それ僕のことだと思うと、そんなにひどいかなと思ってしまう。
そんなことを考えてたら、ソティリオスと目が合った。
「あの第一皇子を皇子だと思うから、齟齬が生じる。本人がそもそも皇子という地位を歯牙にもかけていない。いっそ邪魔だとでも言いたげだ。そんな相手に皇子らしい思考を想定すること自体が、真実を見失わせるぞ」
「皇子を名乗る以上は、相応しい振る舞いや自覚を持つべきでは?」
アシュルが地位を基準に真面目に言うけど、ポーが今まで聞いた身の上を例に出す。
「でも皇子なのに、宮殿で好きなところ行ったら怒られるんでしょ? 俺だったらそんなの嫌だな」
うん、平民なポーの感覚のほうが、僕に近いな。
と思ってたら頷いてるのソティリオスに見られてた。
一緒にエフィにも見られてて、呆れた顔される。
「アズ、家の事情が複雑なのはわかるが、そういうのは少しは隠せ」
「あ、はははぁ。ちょっと、色々ね。…………顔も知らない親戚に迷惑かけられて。お年寄りだったからそういう考えで生きて来たんだろうけど、押しつけないでほしいなぁとか」
皇太后のこととかね。
宮殿の占拠は一大事だから、そのうち広まりはするけど、僕もソティリオスも関わってないって設定だ。
だから知らなかった、大変なこと起きてたけど詳しくないってふりをする。
そのためにも下手に言わないほうがいい。
そんな僕の誤魔化しに、トリキスから賛同の声が上がる。
「あぁ、頑固な老人は何処もそうですね。私も錬金術科に入学ということでずいぶん、普段交流のない親類からお叱りを受けました」
けっこう貴族あるあるなのかな?
エフィやキリル先輩も頷いてる。
ソティリオスもこれは否定できないみたいだ。
ここは話の流れを、アレルギーから変えてしまおう。
どうせこれ以上僕の話しても推測しか出ないし、事実はすでに報告してあるんだ。
あと、エフィには今後テスタがうるさくなるだろうから、その時にトリキスと情報共有してもらうってことで。
「ご老人への愚痴はともかく、ソーはなんの用事だったの?」
僕の様子見なんだろうけどね、建前はあるはずだ。
そう思ったら、ソティリオスはエフィに目を向けた。
「悪いな、ハマート子爵家の。うるさい相手を撒くために巻き込んだ」
「いえ、お役に立ったなら良かった」
どうやら病み上がりで群がられてたソティリオスは、避難を含めてエフィに声をかけ、僕に用事があるからと抜け出したらしい。
「教養学科の先生とか対処は? 騒いでも授業の邪魔になって怒られるんじゃない?」
遠回しに、ソティリオスへ護衛役のユキヒョウの先生たちについて聞く。
「止めてくださった隙にな。逃げ込ませてもらった」
これはあれかな。
狙われる可能性も考慮して人だかりからは逃がす。
その上で、九尾で魔法から離れてるからハリオラータとも繋がりないだろうヴラディル先生のところに逃がしたと。
そろそろいいだろうと、ソティリオスはラクス城校へ帰ると言う。
(ユキヒョウの先生たち、どっちかいる?)
(教養学科教師イールを発見。すでに校舎内です)
黒いほうが迎えに来てるらしい。
だったらいいか。
僕は教室からソティリオスを見送った。
「なんだか色々大変そうだね」
「アズのほうも実家で大変な目に遭ったみたいだがな」
ちょっと愚痴を言ったせいで、ウー・ヤーが蒸し返してきた。
「僕は今後のための準備含めてるから平気だよ。そうだ、他の後輩たちも自分でやりたいこと見つけてたりする?」
ちょっと強引に話を変えた。
今回はトリキスから病気関係で相談されたけど、卒業後を考えるとルキウサリアに残る人員は見定めておきたい。
「あ、そうだ。アズ先輩に話聞きたいってワンダ先輩とセーメーが言って、ました!」
ポーが言葉遣いに気をつけながら、不器用な先輩とニノホトの後輩の名前を出す。
なんでその二人なんだろうと思ったら、クーラが教えてくれた。
「化粧品を錬金術で作るため、このところ二人で話していることが多くあります。しかし上手く行かないことから、ウー・ヤー先輩の保湿剤に目をつけたとか」
「それで、これはアズに作り方を教わったと言ったんだ。一応作り方は教えたんだが」
ウー・ヤーが保湿剤を取り出していうけど、僕も専門でやったことないんだけどな。
「それと、ウィーリャもアズ先輩の手が空くのを待っているようです」
「音楽祭の後に色々と声をかけられていた。しかし、アズ先輩の功を奪うつもりはないといっていたのである」
トリキスに続いてアシュルがウィーリャの言い分を伝える。
「いや、功績とか、別にいいのに」
ウィーリャはこっちの歌劇の読み込みや劇場回りをしているそうだ。
その上で、もう学園の中で無理に舞台に立とうとはしてないという。
「それなりにやりたいことは見据えてるんだね。あとはタッドとイデスか」
商家からの新入生二人だけど、純朴なタッドと貴族っぽいイデスでは方向性は違いそうだ。
「イデスは他科との交流を。貴族のような振る舞いも多く、あまり錬金術もしないのである」
「先輩方曰く、そうした生徒は珍しくないともきいております」
アシュルに続いてクーラが補足する。
確かにラクス城校卒の名目が欲しいだけなら、錬金術科の学生よりも、ラクス城校の他の学科と親交を深めて卒業後のコネクションにするだろう。
けど音楽祭は文句も言わず手伝ってくれたし、協調性はあると思う。
「タッドは?」
「去年のマーケットで出したゼリーの作り方をトリエラに聞いていたな」
キリル先輩曰く、どうやら持ち帰って売れる知識を仕入れてるとのこと。
「あとはラトラスに懐いてるな。よく廊下で話し込んでる」
「商人として話していたと言っていたな。錬金術が関係するかはわからないが」
エフィとウー・ヤーから聞く限り、それなりに馴染んでるようだ。
これは上級生たちのように登校拒否にはならなさそうで良かった。
少なくとも錬金術に価値を見出してくれてるなら、いいか。
トリキスも学んで、アレルギーを症例として確立してくれたらいいな。
って、一応の言い訳は作っておかないと。
「エフィ、第一皇子のいう蟹の呪いが、何かの病気じゃないかどうか、知りたいんだけど、テスタ…………老に症例に関して助言をいただけないかな?」
「本来ならそんなことできるか、と言うところだが、症例を集めるのはあの方の研究にも合致する。すでに、蟹の呪いに関してトリキスから聞いた話は、お伝えしてある」
よし、これでテスタから突然長々と蟹の呪いに関しての文章送りつけられても、エフィも驚かない…………いや、驚くな。
けどこっちに共有してくれるだろう。
僕は心の中で謝りつつ、エフィに頑張れとエールを送った。
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