428話:錬金術と医術3
後輩のトリキスをきっかけに、なんだか学外でもやることができた。
午前中はダム湖へ行って、午後からエフィにお願いしなくちゃいけない。
なんて予定でいた朝、朝食も済ませて屋敷の玄関へ行くと、テスタがいた。
「いつから…………いや、いいや。移動しながらのほうが効率的だ」
「ははぁ、勝手ながら待たせていただいておりました」
僕は適当にあしらって、テスタとダム湖へ向かうことにする。
見送りの執事も何も言わないって、これは僕がいない間にもう出入りが当たり前になってるな?
「聞いておくけど、建前は?」
「第一皇子殿下が春にご教授くださった、人工魔石の可能性について」
馬車が走り出して聞けば、やっぱりすぐには無理な話だった。
人工魔石を作る途中でわかった、塩から石鹸の材料を作れる発見は大きいらしい。
ただこれで作るには塩が必須で、そんな生活必需品を石鹸の材料にはできない。
「なので、作れるという事実をもって、石鹸の材料を売る商人に価格交渉をいたします」
「まぁ、それが現実的だよね。実験過程も危険だし、大量生産には専用の機器が必要だ」
「魔石の生成に関しては、改めてチームを発足し、まず何故塩の結晶に魔力を宿せたのかという理論の構築から」
「長い研究になりそうだしそっちは任せる。何より大変な発見ってことで、うるさくなりそうだし。あ、帝都からの人もいれておいてね」
僕のほうでも必要な建前を言ったら、テスタは深く頷いた。
「ご明察。魔法関連にもわしのような者はおりますれば」
「うわ…………」
つまり実績と経験ついでにお金もある権威の頑固爺がいるのか。
下手に声をかけるとテスタの二の舞になったりしない?
あ、だから表向きの盾にできる帝都の人員が必要って?
まず人員の選抜から、ルキウサリア国王が慎重に当たってると言うテスタ。
僕に持ってきたのは報告と共に、人工魔石を作る人員としてテスタを選出するため。
僕の技術だから、口束の魔法に引っかかるようで、許可を得たいそうだ。
「あぁ、そうか。ユーラシオン公爵にガラスのことで、ずいぶんすんなり頷いたと思ったら」
「いえいえ、道連れが増えることを喜びもしておりましょう。ただそれとして、花を持たせることで、もっと大きな成果を残せる研究の出資を求める足がかりにと」
想定以上の裏が返ってきた。
確かに人工魔石は時間とお金がかかる。
けど完成させられれば、ルキウサリアには大きな栄誉とお金が得られるわけだ。
強化ガラスでユーラシオン公爵も巻き込んで、結果を見せつつ、次の研究の出資を求める功績として満足させると。
ルキウサリア国王も色々考えてるものだ。
「なんて話してる内に着いたね」
「小島のほうが話しやすいことも多いと、近頃は実感しております」
建前の裏の本音で、ルキウサリア国王と何話来てたの?
そんなテスタと小島に渡る。
もう見慣れたテスタの助手や弟子、そして帝都の学者たちが見えた。
「…………何してるの?」
「殿下にお教えいただいた、チェーンの完成品ができたとは聞いておりましたが、これは」
テスタも予想外らしい。
僕は転輪馬の改良と天の道の改良の案として、自転車チェーンを教えた。
あれってただ回すだけじゃなくて、上下から挟んでチェーンがそう簡単に外れないようにするチェーンホイールが必要なんだ。
ホイールの軽量化を進めるのと同時に、合金によるパイプ型の部品の試作なんかも指示はした。
で、目の前ではいい大人が、揃ってチェーンが外れないことに興奮して、我も我もとホイールを全力で回して遊んでる。
「薬学って…………」
「いやぁ、成果のあることには興奮が抑えきれずにおるのでしょう」
「当分遊んでるだろうし、テスタが屋敷まで来た理由聞こうか」
中には僕の姿に気づいてこっちに来るノイアンやネーグ、帝都の学者たちがいる。
「えぇ、それでは。第四皇子殿下に害をなした毒はどのようなものなのでしょう?」
瞬間、こっちに来てた帝都の学者三人が揃って固まった。
うん、僕に喧嘩売ったようにしか聞こえないけど、たぶんテスタの発言の元は僕だ。
そしてすごい期待の目してるから、別に僕がフェルを暗殺しようとしたなんて悪意的な取り方はしてない。
「まず、錬金術科のほうにリフェクティオン伯爵家の子息が入学した。そこから、錬金術科の学生の内で、錬金術師としてフェルの病状を考えることをしていたんだ」
結果として、考察が行き詰まり、テスタに意見を求めてみようとなったことを帝都の学者たちに教える。
「その反応ってことは、まだ僕の毒殺説あるんだね。ちょっと調べれば、僕が何もできないことわかるはずなのに」
「あの状況ではそうですな。しかし、得てして人は自らの経験から想定を考えます。皇子という身分の方に、片手で足りる人員しか置いていないなどという状況は想像しがたい」
テスタは実際見たから言ってる。
「で、テスタがそう聞くってことは、症状なんかは見た? 毒だと思う?」
「ハマートから、リフェクティオンの子息が持っていたという、当時の殿下が書かれた説明の写しというものの存在を伝えられております」
どうやら僕がいない間に話し合ってる様子を、エフィが報告してたらしい。
「最初は軽症、しかし回数を重ねるごとに重症化。蛇に噛まれた者の中にもそのような例が見られます。偏食により身体に異常をきたす例もありますが、顕著に出ますので違うようで。そして殿下のおっしゃる蟹の呪い。確かに段階を置いてついには死す結果は、蛇の例に似ております。ただ、蟹でそのようなことは寡聞にして」
早口ぃ。
うん、ここはイクトに蟹の呪いの昔話をしてもらおう。
「ほうほう、触れて赤く腫れ、息を切らし、眩暈を起こし。やはり似ております。赤く腫れる時点で熱をもち、それが全身になれば発熱にもなれば重篤な症状ですな」
「当時僕はフェルが持ってきて、わけてくれた同じお菓子を食べた。けど、僕はなんともなかったんだ。そしてフェルが僕の目の前で食べたのもそのお菓子一つだけ。それまでは迷子になって元気に庭園を歩き回ってたよ」
「ふむ、殿下は冷静にその菓子に含まれる毒性を疑ったと。しかしすでに服毒を恐れて徹底的に手を回された後。であれば、蟹の呪いのごとく、菓子が害あるものに変じたと推測をt立てられた」
「そう、蟹の呪いのように食べたもの自体に問題があったわけじゃない。食べるフェルの側に変化があった。そう思ったんだ。フェルが僕にお菓子を勧めてくれた時、ワーネルは不調があるからそのお菓子は嫌いだと言っていたし」
「前兆があった上で、悪化した結果だったと。そう考えると、吐かせて毒が残らないようにした殿下の対応に何ら問題はございませんな」
とは言いつつ、テスタ考え込む。
結局のところ毒はないから、僕の無実とも言えない状況が今も尾を引いてるんだよね。
「ようは、体面の問題なのです」
帝国の学者の一人がそう言った。
確か歴史を専攻してたんだったかな。
歴史に記されているのに、今では詐欺となっている錬金術の真実を探しにきたそうだ。
「帝室の健康な男子が求められる今、毒ではなく皇子殿下自身に問題があったとなっては都合が悪いのです。それよりも、何者かの作為があった、それを看破し阻止した、見事悪辣な毒を克服した。そうしたほうが都合が良いのです」
「まぁ、それはわかるよ。父が即位した理由にもなってるからね」
僕が受け入れたことに、言い出した学者は恐縮してしまう。
「ただこれ、健康だろうがなんだろうがなることなんだよね。実際食べないだけでワーネルは全く問題ないし。今ではフェル自身も健康ではあるんだ」
前世で聞いた覚えがあるのは、代謝の悪い老人のほうがアレルギーは出ないとか。
健康で活発に免疫が働いてるからこそ、だそうだ。
ただアレルギーを説明するための根拠を僕は示せない。
アレルゲンを調べる知識も、道具も、専門施設も何もないんだ。
そして宮殿の医者や治癒師も、立場上皇子の体に問題があるなんて言うことはできない。
だから何かしらの理由を探して帝室の体面を守ろうとするんだけど、それが逆に父を怒らせると。
「他に類例を上げて行くか。いや、しかし反応としてはありふれている。しかも蟹に菓子にと一定ではない。そう、口に入れるものに括りがないことが、わかりにくさか」
テスタが考察を呟いてると、ノイアンも考えだす。
「殿下のお話であれば納得もできます。しかし説明するには、実態がつかめず症例の収集も困難。何が悪いのかとも言えないようでは、病としても実在を疑われるでしょう」
「対処をこれと示せれば、風邪のように咳や熱といった複数の症状も類例として括れるだろうが。しかし腹痛でもないのに食べたものが悪いというのも不思議な話だ」
薬学関係じゃないネーグからすると、あまり納得もできないらしい。
「うーん、体が治そうとして色々誤作動するんだけど…………」
そう言った途端、背後で悲鳴が上がる。
見れば調子に乗って回しすぎたチェーンがさすがに外れ、その上絡まったり、パーツが分離して飛んで行ったりと、せっかく作った試作品がひどいことになってた。
「あぁ、うん。ちょうどあんな感じ。最初は正常に動作してるのに、最終的にやりすぎちゃうんだ」
僕が指を差すと、みんなしてチェーンの惨状に目を向ける。
ただ目の前で起きたことに、誰も半端に頷くしかないようだった。
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