427話:錬金術と医術2
蟹の呪いについて、答えを知ってるからこそ、僕は説明不足だったようだ。
この世界ではアレルギー自体が証明できない現象。
生きた人間の体の中で起きる変化や、抗体も抗原も観測できないんだから。
いっそアレルギーがあるなんて口で言っても、それこそ呪いがあるんだと力説するような怪しい話。
そして外から見える症状だけだと、食中りから風邪、悪酔いでも当てはまってしまう。
確かな症状があるからには、呪いなんて不確かな結論には持って行けないなんて医療者たちの良識が、余計に存在しない犯人を求めさせたのかもしれない。
「最近あれこれ話し合ってると思ったら、蟹の呪いか。懐かしいな」
ぞろぞろとやって来た僕たちの話を聞いて、ヴラディル先生がそんなことを言った。
僕は帰還の挨拶もそこそこに、先を促す。
「ウィーの奴から当時のこと手紙で聞いたな。庭園に出るのも見張り置いて自由にはさせてない上に、宮殿の出入りで持ち物検査までしておいて、まだ疑うのかって怒ってたぞ」
「それは…………幽閉というのでは?」
「確実に皇子の扱いではありません」
「疑われてるからって話じゃないの?
ヴラディル先生の言葉に、竜人のアシュルが引くと、クーラはおかしいとはっきり。
ポーは疑われるからこそだと思ったようだけど、違うんだなぁ。
「いや、第一皇子が三歳で宮殿に入ってからずっとらしいぞ。皇帝に会うのも月数回。弟皇子とようやく会えたって十歳くらいにウィーの奴も喜んでたな」
ウェアレル、そんなの手紙にしてたの?
確かに十歳頃に父にばれてからは、妃殿下も気を使ってくれたけど。
「普通に邪魔だろう。皇妃の子でもない第一皇子なんぞ。殺されなかっただけましじゃないのか?」
エルフのネクロン先生が無情なことを言う。
けど、大抵の人はそう思ってるんだろうってことは、当事者の僕にとっても今さらだ。
なんでいるんだ、邪魔だな、なんて程度でしか僕を見てない人が大半だよね。
聞いてたウィレンさんは、他人事で笑う。
「なんかそう聞くと、第一皇子ってよくそんな所に暮らしてたね。あたしだったらとっとと逃げてるよ」
その上で、蟹の呪いの話へも感想を口にした。
「それまで平気だった食べ物が毒になるって言うとあれだよね、貝」
「貝が毒に? 蟹の呪いのような事例があるのですか?」
トリキスが初めて聞く話に食いつく。
「そうそう。海が赤くなると、その年に取った貝は毒を持つから食べちゃダメなの」
「海が、赤く? 海は色を変えるのか? それは異常じゃないのか?」
内陸出身のキリル先輩が驚くと、ウー・ヤーが応じた。
「そうですね。ただ年や季節によってそういうこともあります。赤もあれば黒や白も」
たぶん潮の流れやプランクトンの繁殖のせいだろう。
前世でも黒潮や赤潮ってニュースになってたし。
けど海自体を見たことがない人が多いせいで、そう言うものと受け取る。
見たことある人も、なんでそうなるかなんて知らないだろうしね。
たぶん、内陸の人間でもこの辺りの石は白いなとか、こっちに行くと黒いなって感じ。
当たり前すぎてなんでかなんて考えてないし、そこがかつて海底だったなんて想像もしてない。
「今まで平気だったと言うなら、蜂もそうだな。一度は大丈夫だったのに、二度三度と刺されると死ぬ奴が出る」
ヴラディル先生が言うそれこそアナフィラキシーショックというアレルギー症状だ。
思いのほか正解に近づいてびっくりする。
さらにネクロン先生も思いついたことを教えてくれた。
「チトスから来たという船乗りが言っていたが、梅も時期で毒があるんじゃなかったか?」
言われてウー・ヤーが頷く。
「そうですね。実が落ちない間は毒があるんで食べられません。落ちても青梅は毒なんで食べません」
そう言われると、逆にそれまで駄目だったのが平気になる例、つまり毒性の変化。
「なんか、もっと早く先生たちに聞いてたほうが良かったねぇ」
ポーが笑ってトリキスに言う。
学生同士であーでもないこーでもないと話して、音楽祭後からとなれば、一ヶ月以上。
「第一皇子を疑うのも状況的に無理だな」
ヴラディル先生から幽閉状態を聞いて、キリル先輩がそう言ってくれる。
錬金術を行う上で、調べさせない理由も明確になったせいもあるだろう。
「もし状況証拠を採用するなら、皇帝、皇妃、そのほかの皇子が第一皇子を敵視してないって状況の理由付けがいるけど、そこはどうなの?」
僕が聞くとトリキスが応じる。
「皇帝陛下に関しては自身の子であること。皇妃殿下は元より優しい性格なので。皇子殿下は幼いゆえにと」
「全員が揃って騙されているのだということだったが。改めて聞けば、犯人捜しに拘泥しすぎてはいないか」
第一皇子に自由がないと知って、アシュルが鱗に覆われた尻尾の先で床をこする。
食べられたものが条件次第で毒になる実例があることを知って、事故の疑いも芽生えたらしい。
「しかしそのようなものが本当にあったとすれば、皇帝の宮殿は大丈夫なのですか?」
侍女役のクーラは、今も食用とされてる可能性に懸念を述べる。
例としては蜂がアレルギー反応だけど、食べ物の話だと貝が接種の仕方としては同じ。
僕もなんてフォローすべきか迷う。
目の前でフェルが苦しんだあの時、テリーが気を使って用意した食べ物しかなかった。
それでもフェルは倒れたし、もちろん毒見役には異変なし。
だからこそ、その時同じものを食べた僕がって話が後から何かしたなんて疑いが根強いんだろうけど。
「なんかそんなに大事な話? 錬金術関係する?」
「錬金術をしている皇子が犯人と疑われているという話だろう」
よくわかってないウィレンさんに、第一皇子から毒という話の流れを捉えてネクロン先生が言う。
その上で呆れたように続けた。
「そもそもこっちは毒も病も専門じゃない。しかも症例を集めるようなこともしてはいないんだ。だが、この国にはそれをしてる研究者がいるはずだろう」
ネクロン先生の指摘で思い出したように声が揃った。
「「「テスタ老!」」」
ポー、アシュル、トリキスはお互いに指を差し合ってる。
ポーとアシュルは病を治すためにテスタが作った施設で育ったし、トリキスは、テスタが錬金術に興味を持っているということで入学したね。
よく一緒にいるクーラはあくまで侍女役なので、あまり反応しないけど。
「どうした、アズ? 妙に静かだ」
ウー・ヤーに言われて、考え込んでしまっていたことに気づく。
その声に他も僕に注目した。
(正直、深入りは面倒だな)
(であれば余計に投げては?)
セフィラが雑なのは、僕が証明不可能って教えちゃったせいか。
もしくは毒や病に侵されることがない存在なせいもあるかも。
(解明して薬でも見つけてくれれば、フェルのためにもいいんだけど)
(吐かせる、食べさせない以外の対処を主人は知っているのでしょうか?)
(前世には薬があったからね)
春にあってた花粉症のCMなんかは、アレルギーの起こるイメージ図を映し出してた。
けどこの世界じゃ受容体なんてものは見られないし、アレルゲンが入る前に受容体を塞ぐとかそういう話もできない。
この世界では症状ごとに対処するから、前世で言うところの薬ともまた範囲が違う。
実は毒を殺す毒を作り出すのは自身の体だったりするし、薬と毒の捉え方も違うし。
昔よりも僕も知識をつけたとは思うけど、前世とは捉え方が違うっていうのが一番の壁だと思う。
ともかく、今言えることは一つだ。
「テスタ、老は、まずそういう症例があることを知らないかもしれない。だったら、トリキスが知ってる帝都での内容を説明するところからじゃない?」
たぶん僕が宮殿で出した報告には、トリキスも目を通してるだろう。
そして第一皇子が絡んでると知れば、テスタは食いつく。
帝都に行ってたこともあるから、もしかしたらその時にテスタも見てるかもしれない。
でも同時に僕を疑う話も聞いただろうから、僕が手を出してないのも知ってるかも?
もしかしたら黒犬病をどうにかできると思ったのも、アレルギーなんて確かめようもないことを知ってたからって可能性もある。
「テスタ老と連絡取れるのは、誰かいる?」
候補はポーとアシュルだったけどどっちも首を横に振る。
どうやら施設の関係者からの経由で直通ではないそうだ。
しかも今はその施設も出てる。
まさかの手詰まり。
「…………エフィに聞いてみようか」
巻き込むことを心中で謝りつつ、僕はそう提案するしかなかった。
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