426話:錬金術と医術1
僕は王城に泊った翌日に、学園に登校することになった。
ソティリオスは昨日の内に療養中の場所へ移動して戻るっていう小細工が必要で発ってる。
昨日の王城でディオラとウェーレンディアとは再会で、ソティリオスは涙目で無事を喜ばれていたたまれなくなってたけど。
(まさか午前中、今度はルキウサリア国王に捕まるとは思わなかったよ)
(アイアンゴーレムの他、魔導伝声装置、小雷ランプ、魔石の人工生成に関する可能性の示唆など、主人が手掛けた事績は、ハリオラータの被害に遭う可能性が高いことは間違いありません)
(いや、それ僕に直接結びついてるの、アイアンゴーレムだけだから。っていうか、当たり前に学園に忍び込むか乗り込むかしてくる前提でユキヒョウの先生たち話てたけど、無理じゃない?)
(学園都市への帰還途中、主人が捕まえた二十三人はいずれも、ハリオラータを捕縛するに有効な情報を持ち合わせてはいませんでした)
(つまり、警戒の目を逸らす陽動って? いや、決定打がないからこそ、ユキヒョウの先生たちは一番まずい可能性を念頭に警戒してるのかも?)
セフィラと話しつつ、僕はアクラー校の端、錬金術科へ。
相変わらずこっちに人はいない。
廊下でも誰にも会わずに、久しぶりの教室へと足を踏み入れた。
「あー! わっからん!」
教室のドアを開けると同時に、そんな叫びが放たれる。
しかもその声を上げたのは僕のクラスメイトじゃない。
麦藁のような髪をした後輩、ポーだった。
さらにはポーと仲がいい竜人のアシュル、その侍女役の竜人クーラもいる。
帝都出身の後輩トリキスや、就活生のキリル先輩までって、何してるんだろう?
「えーと、どうしたの、みんなして」
「アズ! 戻って来たんだな、良かった! 知恵を貸してくれ!」
一緒になって頭を抱えてたウー・ヤーが、そんなことを言う。
僕は家の事情でってことになってるけど、その理由はもう何回目か。
だから今回は帝都のほうの親類が危篤っていう、ちょっと不謹慎な理由で帝都へ里帰りってことにしてた。
継承問題って、当主や有力者の今際に立ち会えるかどうかで発言権が変わるなんてことがあるらしく、急な里帰りも言い訳になるんだとか。
だからウー・ヤーが戻って来たって言ったのは、最悪家の事情で学園に戻れないことも想定してたからだろう。
「他のみんなは? ウー・ヤーだけ?」
「イルメは昼休みの間に図書館。ネヴロフは午前中鍛冶場でまだ来てない。エフィは実家から人が来たとかで今日は休み。ラトラスはトイレ行って戻ってこないな」
「それなら、タッドと話し込んでたよ」
ポーが、戻らないラトラスが後輩の一人と立ち話してたと言う。
確か商人系の家の子だから、何か共通の話題があるのかな。
それで言うと、ここに集まってる面々にはある程度共通項があった。
「薬学か、医学について?」
「然り。トリキスが言う、帝都であった蟹の呪いの真偽について探求しているのである」
アシュルが竜人特有の縦割れの瞳孔で机を見る、
そこには色々書き連ねたメモが散らばってた。
「音楽祭でそんな話したね。で、えー…………あー」
メモを見るに、まず蟹の呪いの実在について。
そしてフェルがかかった症状との特徴の類似点を上げた上で、毒であったなら何になるか。
そんな推論が色々書かれてる。
「毒の特定をしようとして、蟹の呪いを言い出した海人と同じ種族のウー・ヤーに?」
「だから、種族は同じでも国が違うんだ。蟹の呪いなんて聞いたことがない」
ウー・ヤーに聞きに来たけど決定打はなし。
どうやら海の蟹独自の毒って線でも聞いたみたいだけど、症状が全然違うようだ。
音楽祭の後すぐにウェアレルも帝都へ行ったから、蟹の呪いの話聞けてないよね。
海人って知ってるなら、イクトが話たってことはわかってるだろうけど。
「国で言えばニノホトの先輩たちだろうけど、身分が違うからそっちも知らないだろうし」
「いま帝都にいるんだったな」
キリル先輩が思い出したように言うから、一応近況は伝えておく。
「会いましたよ。お二人とも元気でした」
「そちらで聞いても無理であるなら、やはり第一皇子が入手できる毒の経路を探るほうが確実なのでは?」
なんかクーラが淡々と僕犯人説を推してくる。
僕は慌てて、エフィくらいなら知ってるだろう第一皇子の環境を教えた。
「いや、第一皇子は宮殿から数えるほどしか出てない。それに住まいの周辺には常に見張りがいたと聞いてる。毒を手に入れるのは無理じゃないかな?」
「そうなると、やはり単品では毒性のないものを毒として生成したか?」
トリキスが知識がないとできないことを言う。
「いやいや、だからそもそも毒盛られたわけじゃないって話でしょ?」
僕が毒から離れてくれるよう言うと、ウー・ヤーが首を横に振る。
「あの弟皇子たちの様子からは想像もつかない。だが、話を聞くと確かに第一皇子が怪しい」
「えー…………」
なんか僕がいない間に容疑固められてる?
そう思ってたらそれぞれが容疑について話出した。
「まず帝位の継承っていう動機があるだろ」
「第一皇子を責めた途端止んだ状況もある」
「謎の呪いを引き合いに出す不自然さは無視できない」
「第四皇子周辺の者たちは皆調べられているのですから」
「逆に調べられてない容疑者は第一皇子だけなんだよね」
そう並べられると困るけど、僕だって言い分はある。
「継承を動機にするなら、その後の対応がおかしい。第一皇子が責められた途端じゃなく、蟹の呪いを含む原因の示唆を行った後の話だ。そして第四皇子の周囲が調べられて、第一皇子が調べられなかった理由はわかる」
「そうなのか? 調査を拒否したという話だから後ろ暗いことがあるのかと」
ウー・ヤーがそういうのは、トリキスが親なんかから当時のことを聞いてたんだろう。
「じゃあ、今から理由を示そうか。ちょっと来て」
僕は教室から連れ出して、実験室に向かった。
「じゃ、ここにあるものの中から、第四皇子に盛られた毒を探して」
言った途端、後輩たちは戸惑う。
「えー? どれだろ、迷うな」
「発熱と、湿疹と吐き戻しと症状が多いことから複数の毒か?」
「段階を置いて発症するような調合かもしれませんね」
ポーが迷うと、アシュルが可能性を上げる。
それに応えてクーラが別の可能性も上げた。
それを聞いてトリキスが首を横に振る。
「さすがにこれだけ毒となり得るものがある部屋では絞り切れません」
「つまり、第一皇子もそうなんだろうな」
僕に言われた時点でわかった顔してたキリル先輩が言った。
ウー・ヤーも頷く。
「錬金術師だったらそうなるか。調べられても容疑を固めることにしかならないな」
「そう。そもそも、どうやって盛られたかが考慮に入ってない。だからこそ、毒を盛られたんじゃなくて、毒だと思われてないものを摂取してしまった故の事故って言ってるのに」
さっき言ったように、フェルの周囲は服毒を疑われた時点で行動を洗われ調査済み。
そうなるとフェルが口にするものに、僕に変わって毒を混入させる人物は存在しないことになる。
可能な毒を見つけても、摂取させることが不可能だと言えば、トリキスは首を捻る。
「しかしそうなると、やはり蟹の呪いがなんなのかが手がかりですか」
「症例集めたりとかは?」
「蟹が毒になった例などありません」
そうきたか。
蟹の呪いって言ったせいで、宮殿の医療関係者は蟹が毒化すると思い込んだみたいだ。
そんな考えで調べても出るわけがない。
だからって皇子であるフェルを被検体にするなんてもってのほか。
証明のしようがない呪いなんて議論にも値しないって扱いか。
(本質はそこじゃないんだけどな)
(そもそも主人のいうアレルギーとは、どのようなものでしょう?)
(あれ、セフィラもわかってないのか。体の防御が過剰反応して起こるんだ)
(体の防御とは? 過剰反応とは? 食物でなるのでしょうか? 第四皇子特有の病では? 主人が実証をする方法は?)
(あ、うーん。そう言われると僕も症例集める以外にないなぁ。前世だったら目に見えないほど小さいものを観察する器具や、体内の働きを観測する器具があってね。血液から調べることもできたんだけど)
この世界にそんなものはない。
お酒なんかの皮膚で吸収するならパッチテストもできた。
けどフェルの場合は固形物だから、皮膚じゃ無理そうなんだよね。
だいたい専門じゃない僕では証明は無理だ。
だから宮殿の専門家が調べてくれるように資料出したんだけど。
まさか現場からすれば、低すぎる可能性を追うよりも可能性が高くて、僕を疑うほうが現実的だったなんて。
「すでに宮殿に生息する生物についても調べているのですが、該当の毒を持つような生物もおらず」
「海、の蟹なら、島に住んでたネクロン先生やウィレンさんが何か知ってるかも?」
真面目に考えてるトリキスだけど、やっぱりずれてる。
僕は現状の先送りのため、別案を提示してみたのだった。
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