閑話83:エラスト
「爆ぜろ」
「禿げろ」
「はっはー、なんとでも言えー」
俺は兄弟たちからそんな妬みの言葉を受けつつ、身だしなみを整えるため全身にブラシをかける。
「エラストの彼女って紫色が好きなのか?」
「俺ら変わんないはずなのになんでエラストだけ」
三つ子で同じ顔な上に、ドワーフの血で小柄な俺たち。
そのせいでいつまでも獣人の間では子供扱いのまま、同年代の女性には相手にされてこなかった。
そんな中、俺には彼女ができたのだ!
妬みくらい笑って聞き流してやる。
いやここは、哀れな兄弟に彼女持ちの俺がアドバイスを与えてやろう。
と、まぁ、浮かれてる自覚はあるが、実際のところこいつらもう少し気を使うべきなんだよな。
「まずレナートは、鑿持ち歩くのやめろよ」
「こ、これは一番大事な道具で! 失くしたりしたら仕事にも支障が出るんだよ…………」
「テレンティはけっこう焦げ臭いからな」
「え、今日は何処も毛は焦げてないはずだって! あ、肘の下焦げてるや…………」
木工職人と鍛冶師で、どちらも職人としては並みで不可はない。
ただ女性を相手にするには気遣いが足りないんだよな。
その点俺はガラス職人で、道具一つで仕上がりが大きく変わることもなく、炉は使うけど毛が焼けこげることは少ない。
俺たちの違いって言ったら、これくらいのことだ。
「じゃ、デートに行ってくる」
「「きぃ!」」
悔しがる兄弟の歯ぎしりが聞こえるようだ。
というか、そろそろこのやり取りあきないのか、あいつら。
まぁ、面白がってつき合ってる俺も同じか。
普段の作業着からおしゃれ着に着替えて、俺は用意しておいたプレゼントを持って、彼女との約束の場所へ向かった。
「あ、タリア。ごめん待たせた?」
「エラスト! 会いたかった!」
いつにない熱烈な言葉と抱擁に、兄弟相手にぶってた余裕が吹き飛ぶ。
今まで仕事で会えないことも多くて、だからこそ気持ちは伝えてたつもりだ。
それでもこんな公衆の面前で抱きつかれるなんて、そんなに寂しい思いさせてたのか。
「お、俺も会いたか…………」
「ちょっと話を聞かせてもらうわよ!」
「はい?」
あれ、抱きつかれたと思ったら、首から肩にかけてロックされてる?
ドワーフの血から来る腕力のせいで、タリアは小柄なのに力が強いなぁ。
振り払えないほどじゃないけど、軍人だったモリーさんよりもずっしり感がある。
ドワーフの血の割に細身で人間っぽいんだけど、ちゃんとそこら辺は継いでるらしい。
なんか新たな発見で親近感が湧くな。
いや、それどころじゃなくて…………え、俺何かした?
なんて思ってる間に、どこかへ引きずられるように連れて行かれた。
「えっと、ここは?」
「ちょっと仕事場の先輩に紹介してもらった会員制の喫茶店」
「会員制の喫茶店…………」
そんなのあるの?
まず喫茶店とか、こじゃれたところ行ったことないんだけど。
あ、実はこういうところ行きたかったとか?
うぅ、上手い酒飲める店連れて行ってたの外してたか?
いや、酒の話は合うしそれはないはず。
うん、前に行ったバーは、気に入って彼女一人で来てましたとか言われたし、そこは絶対大丈夫。
「エラスト、大事な話があるの」
「う、うん」
真剣な様子のタリアに、俺は何を言われるのか不安になりながら応じる。
けどタリアは言いにくそうに何度か口を開いて、躊躇うようにまた閉じるなんてことをする。
ま、ままま、まさか別れ話?
やっぱり仕事の関係で異国人とつきあっちゃ駄目?
けどディンカー関係なら、いっそカモフラージュとかなんとか言えないかな。
「あのね、あの…………! 私と、一緒に仕事をする気はない?」
「…………うん?」
「今うんって言ったわね! うんって! やった!」
聞き返しただけなのに、タリアは拳を握って突き上げる。
「いやいやいや! 待て、違う!」
「何が違うの!?」
「俺は今の仕事を辞める気はない! っていうか、なんの仕事してるかも知らないのに、そんな二つ返事できるか!」
「ぐぅ、正論ね」
そりゃそうだろ。
錬金術ってことは知ってるけど、皇子が関わって秘密にしてるなら国家機密ってやつだ。
そんなところに、つき合ってるからって仕事に誘うなんてどうしたんだ。
いや、それだけ何か切羽詰まってるのか?
ディンカーも大事件解決に戻って、またルキウサリア行っちゃったし。
あとから何か不手際見つかった感じか?
「一応さ、俺もタリアの力になる気はあるから。何か困ったことがあるなら言ってくれよ」
最悪叔父さん経由でディンカーに聞くし。
「だったら私と同じ仕事して。話はそれからなの!」
「いや、それは無理だって」
「困ってるのにー!」
駄々をこねるタリア。
これは相当切羽詰まってるな。
初対面はきりっとしてて、俺と同じで子供扱いに腹を立ててた。
だから大人びて見えるように頑張ってたんだけど、親しくなってみると可愛く甘えてくる。
そのギャップがいい。
そして今は甘える状態だって、いうのはわかる。
これは信頼してくれてるからこその姿勢だけど、話が通じないなぁ。
「えーと、それはつまり仕事関係で話せないからってことだよな?」
俺が確認すると、タリアは頷く。
「んじゃ、タリアの一存で俺を仕事に引き込むのも駄目じゃないか?」
「そこは引っ張って来いって言われたから大丈夫」
いや、大丈夫じゃないだろ!
いったい宮殿で何が起きてんだ?
「え、えーと、酒関係じゃないだろうし。そうなるとガラス? けど俺みたいな腕の職人なら帝都でいくらでも」
「駄目! エラストじゃなきゃ駄目なの!」
自分を卑下したら、手を握られて求められる。
このシチュエーションはなかなか…………男として応えたくなるな。
いや、駄目だ。
お、俺には、生涯をささげると誓った仕事が!
「ごめん、タリア、俺…………」
「なんで、どうしてよ、エラスト!」
「俺は君を選ぶことは、できないんだ。本当に、すまないと思ってる」
「ひどい! 私を捨てるの?」
「そんなことはない! 君ほどの人は他にいない!」
「だったら私を選んでよ! 私はエラストとずっと一緒にいたい!」
「そんなの…………俺だって!」
「だったら結婚して!」
「もちろん! …………え?」
「よっし、言質は取ったぁ!」
「あの、タリアさん?」
さっきまで目に涙浮かべたたのはなんだったの?
っていうか、今の会話の流れおかしくないか?
なんか別れ話みたいになって勢いで返事しちゃったけど。
「エラスト、結婚したら秘密はなしね」
「え、あ、あぁ。でも仕事ではお互いに言っちゃいけないこともあるよな?」
「それはしょうがないわ。でも少しくらい教えてほしいな。エラストがどんなお仕事してるか」
「え、そう?」
今までそんなこと聞かなかったのに、なんだか普段以上に可愛い仕草で言われる。
タリアがそもそも秘密にしてるし、こっちも商売で秘密多いしで踏み込まない雰囲気だったのに。
つまり…………さっきの結婚は勢いじゃなく本気?
え、いいの? 結婚してくれるの?
やべ、顔にやけそう!
「だからエラスト」
「え、うん?」
聞き逃したけど気づかれないように、俺はすぐに返事をした。
「お城からガラス関係でお仕事の話来るかもしれないけど、そっちに引っ張って行かれないでね。私を振ったからにはそんなのなしよ」
「はい?」
「で、エッセンスっていうものが何か知りたいの。市井で調べても詐欺商品だっていうのよ。それでも第一皇子殿下は家庭教師の甥に聞けば正しく作れると仰っていたの」
「あ…………はぁー。うん、そういうことかぁ」
わかった、宮殿で何かあったんじゃない。
この間まで急に帝都に戻って来てたディンカーが何か言ったんだ!
くそー、心配して損した!
よく考えたらなんか変な雰囲気で結婚承諾したし、俺からプロポーズびしっと決めたかったのに!
絶対この経緯話したら、兄弟に笑われる!
モリーさんにも笑われる!
叔父さんだって絶対笑う!
結婚報告送るついでに、エッセンスとかガラスとかひと言知らせてくれなかったこと絶対文句もつけてやるからな、ディンカー!
ブクマ8300記念