415話:慌ただしい滞在5
帝都に戻って七日目、まだまだやることは尽きない。
その上で時間が足りずにできないこともある。
「戻りました、殿下」
「お帰り、ヘルコフ。モリーたち、どうだった?」
金の間にやって来たヘルコフに答えつつ、僕は一度ペンを置く。
僕は伝震装置の受信機を送信機にする方法を、改めて報告書にしてた。
そんなことしてると、さすがに帝都に出る暇はない。
だから今回お世話になったけど、モリーとのやり取りをヘルコフに任せたんだ。
「誘拐が公にされないことで働きもなかったことになるし、怒ってた?」
「いやぁ、それがすでにユーラシオン公爵のほうが先に謝礼を送りつけてました。口止めも含んでけっこうな額だそうで」
「わぁ、じゃあこっちのルキウサリアの人員の世話にかかった金額の支払いって名目の謝礼よりも?」
「多いみたいですよ。まぁ、時間はかかりますが、こっちは帝室図書館の使用許可と薬草園の香草の種つきますんで、同じくらいありがたがってましたけど」
モリーと三つ子には帝室図書館の入館証が発行されることになった。
知識層なんかにも、伝手があれば許可は取れるけど、宮殿に伝手のなかったモリーたちは頼み込んで一回行けるくらい。
それを年パスのような許可証と一緒に、宮殿の薬草園にある珍しいハーブの種もつけた。
今回のことで口止めも含めて謝礼以外に望みを聞いたら、僕が錬金術を学んだ帝室図書館の蔵書に興味があるって言ったらしい。
許可は下りたから、僕が読んだ本の署名教えてほしいって言われて、今回ヘルコフが代わりに署名の目録を届けた。
お酒造りに使えそうな本、例えば昔の皇子が作ったお酒に合う珍味百選みたいな本も教えてある。
「アーシャさま、そろそろお着替えを」
「あぁ、本当に時間が足りないな」
ウェアレルに呼ばれて、インクの片づけなんかをヘルコフに任せ、僕は来客のための服に着替えを始める。
と言っても大して服ないから、宴でも着た赤いやつだ。
もうすぐルキウサリアに戻るのに、新しく服の手入れをし直すのが面倒ってこともある。
なんて思いながら着替えてたらノックの音がした。
「え、もう来たの? 早いって」
ともかくイクトに控えの間に通すよう言って、僕は着替えてから図書室へ。
ウェアレルが控えの間の客を呼びに行くと、ソティリオスがやってきた。
本棚から本を取り出して、紙とインクの用意をする僕を見て小さく息を吐く。
「本当に人がいないな」
「侍女も置いてきちゃったからね」
「そういうことじゃない」
ウェアレルが僕に変わって準備するのを横目に、ソティリオスはやる気なさそうに聞く。
「挨拶は?」
「いらない」
「そう言うと思った」
予想してたみたいなこと言う割に、すっごく大きなため息を吐かれる。
「一応マナーの家庭教師つけようって話になったことはあるよ」
「それでどう…………いや、いい」
家庭教師見つけられないって噂はさすがに知ってたか。
まぁ、その後にソティリオスと再会するハドリアーヌ一行の接待があったしね。
そして時期からして、家庭教師を得られなかった事態に噛んでるユーラシオン公爵の動きくらいはわかってるらしい。
ソティリオスは窓の外を見て、もう一度同じことを言った。
「本当に誰もいないな」
「窓の外に人がいるほうが怖くない?」
「違う。窓から向こうの廊下が見えるだろう」
つまり歩いてる人が全く見えないってこと?
「うーん、ここいつもこんな感じだから。今さらだね」
そう言ったら気まずそうな顔された。
僕が隔離状態な理由知ってるからこそかな。
親のことで子供を責めるつもりはないし、話を変えようか。
「それにしても早かったね。いないことになってるから遅くなるくらいかと思ったのに」
「それこそ、ここに人が寄り付かないから人目を気にせず来られたぞ」
言って、結局ソティリオスは、僕が変えた話題を戻す。
「…………謝りはしない」
「さて、怒らせることいっぱいした記憶はあるけど、ソティリオスに謝られる理由は思いつかないな」
僕がはぐらかすと、ソティリオスが睨む。
けど親のことなら違うし、宴の前のこともノーカンだし、ユーラシオン公爵と一緒に来た時のことは、もう友達ってことで謝られることでもない。
けどソティリオスは何やら座りが悪そうだ。
どうしたんだろうと思ってたら、いつの間にか部屋に入ってきてたヘルコフが言う。
「殿下、ちょっと見てらんねぇんで言わしてもらいますと、固すぎますよ」
「そう? 今までに比べたらけっこう…………」
するとイクトまで口を挟む。
「いっそ憎まれ口も軽口の一種です。すべていなすのは会話として成り立ちません」
同情されたと知って、ソティリオスは机に勢い良く両手をついた。
「えぇい、余計な気を遣うな! よし、もう聞くぞ? ルカイオス公爵に私の誘拐に関して政治利用するなと言ったらしいな」
「あれ、誰から聞いたの?」
その時はまだユーラシオン公爵は引きこもってたはず、なんて考えてたらソティリオスに指を突きつけられた。
「借りは、返すからな」
「別に借りだなんて思ってないよ。それにあの時は優先すべきことがあって…………ってこれが固いのか。えっと、うん。じゃあ、ゴーレムのこととか検討してくれれば僕としても助かるからユーラシオン公爵に口添えでもしておいて」
「そういうことじゃない…………」
ソティリオスにまた同じことを言われた。
違うらしい。
僕が首を傾げたら、側近たちが壁際でひそひそし始めた。
「そう言えばアーシャさまが強請ることは今までなかったような?」
「事前に自分でやるってのが染みついちまってるのか?」
「なまじできが良すぎて他人を頼るよりも自力でなさるせいかもしれない」
ソティリオスも漏れ聞いて僕を見る。
「噂よりも実態のほうがおかしいのはなんでだ?」
ひどい言われようだ。
「こんな兄に引き比べられる第二皇子が少し不憫に思えてきた」
「比べられてもテリーのほうが頑張り屋だし、僕の助けになってくれるっていう優しさもあるし。比べるまでもないよ」
僕の弟はすごいんだ。
こういうこと言える相手ってあんまりいないから、ちょっと得意になってしまう。
けどソティリオスは僕を見てまた溜め息。
「…………やっぱり、不憫だ」
聞き返そうとすると、ソティリオスは話を変えてしまった。
「準備は終わったか? 今日来たのは人工ゴーレムの暗号が本当に解けるかどうかを見るためだろう」
「うん、それはいいけど、錬金術的な解き方だから、まずは聞いてね? 魔法と違うってことを念頭に」
「いいから解け。その後はルキウサリアへの帰路についても打ち合わせる。私も共に戻ることになった」
「僕と一緒じゃないほうが良くない? 第一皇子として戻るから目立つよ」
「いや、いないことになってるからこそ、他に目が行くようにする。それに一人二役だったんだろう? だったら実質人数が変わらないから好都合だ」
確かに、アズロスの分はあいてるし、顔も隠してたからごまかしも効く。
でもなぁ…………。
「あんまりお勧めしないよ」
「…………おい、何がある?」
何かを察してソティリオスが言うと、まだ言ってなかったせいで、側近からも追及の視線が投げられた。
本館と行き来してて忙しかったから言いそびれてただけなんだよ。
何か企んでるとかはないんだ。
「いや、決定じゃないし。もしかしたらくらいで」
「何かあるなら言え」
「うーんと、ほら、僕が第一皇子として追ってたのは別に隠してなかったでしょ?」
知らないソティリオスに代わって、同行してた側近たちが頷く。
「だったら、ソティリオスの誘拐失敗した原因の一つだと思われるんじゃないかなぁって」
「…………待て、まさか。帰路で残党に襲われると?」
「可能性はあると思うんだ。どこの誰とまでは言えないけど。で、そこに誘拐失敗した対象が一緒に移動ってなったら、賊からすれば一挙両得狙う可能性上がると思うんだよね」
ジェレミアス公爵はさすがにあからさまには動けないし、他の皇太后の血縁者もそうだ。
だったら、別荘地で動いてた犯罪者、その仲間である犯罪者ギルド残党なんて、負けっぱなしで済ませるわけないと思うんだよね。
定期更新
次回:ハリオラータの報復1