414話:慌ただしい滞在4
妹のライアにまた兄認定してもらえたけど、その後は帰らないでと泣かれ、嬉しいけど困ることになった。
ワーネルとフェルと一緒になだめすかし、ルキウサリアに行かなきゃいけない、帰って来ると強く約束して放してもらえたんだ。
そして急な帰国だからこそ、やることは目白押し。
翌日に僕はまた本館へ来ていた。
今日は妃殿下の来客対応に同席することになってる。
というのもその客が、ニノホト大使館からのヒノヒメ先輩だからだ。
「ルキウサリアの錬金術科の話をもっと聞きたいわ。少々場所を変えて話しましょう」
表面的な面会が終わる合図が、妃殿下から出された。
妃殿下は公の皇妃の謁見の間から移動して、皇妃の図書室へ行く。
あえて狭い造りで人数制限してる部屋で、私的な部屋として少人数で交流するために造られたんだとか。
僕の知る図書室とは違う使用目的の部屋だった。
「さて、アーシャ。改めて紹介してくれるかしら?」
「はい、妃殿下。ヒノヒメ先輩はロムルーシへの留学の際お世話になり、ファーキン組の暗躍を止める一助をくださいました。チトセ先輩は今回の別荘地での件では力になってくださり、賊滅のために指揮をとられた方です」
図書室には、妃殿下、僕、ヒノヒメ先輩、チトセ先輩、あとは僕も顔見知りの妃殿下の侍女と、イクトだけ。
つまり、僕のルキウサリアでの二重生活を知ってる人たちしかいない。
今回でばれたし、だったらもうさっさと弟のために取り持ちをしようと思って。
つまりこれは面接だ。
「まずはこちらを」
妃殿下に応じて侍女が出したのは水の入った皿。
「指を触れさせて魔力を…………」
「あ、妃殿下。ヒノヒメ先輩は扱える属性に偏りがあります」
「まぁ、水属性を極めたという話はもしや?」
何をしたいかわかって止めると、妃殿下も事前調査をしてたらしくそう聞く。
「はい、そしていいえ。わたくしは生まれながらに氷に属する魔法しか使えませぬ」
そう言って、ヒノヒメ先輩はチトセ先輩に手を振って妃殿下が言ったことをやらせる。
すると皿の中の水が黄色く色を変えた。
つまり水に見えたのは、地属性のエッセンスから作られた液体。
「これは僕が妹の遊びのために作ったんです」
「どのようなものか、考察を聞かせてくださる?」
僕に続けて妃殿下が質問を投げかけた。
おっと、そうだった。
面接に余計なこと言わないようにしないと。
チトセ先輩はヒノヒメ先輩に譲って、色からエッセンスだということには気づいた。
双子の錬金術の家庭教師になってほしいから、二人とも雇いたい。
けど主従は明確だ。
「エッセンスであろうと推測は可能でございます。魔力に反応して属性に応じた色が出るのでしょう。しかし、色を抜くという工程がすぐさまには思い至らずお恥ずかしい限りです」
妃殿下はチラッと僕を見るので、これは言ったほうがいいようだ。
「錬金術科でエッセンスを使って色付けをするということはしていましたので」
「なるほど、簡単すぎましたか」
どうやらエッセンスと言えれば正解だったようだけど、すでに知ってたなら話は別と。
妃殿下はチラッと侍女に目をやるけど、そこには困った様子があった。
たぶん他にも課題は用意してたんだろう。
けど僕がすでに教えてるなら、力を図れないと侍女は判断したようだ。
「力を図り、何処まで教え導けるかを示すべきなのでしょう。でしたら、アーシャ殿下からお出しいただければ」
ヒノヒメ先輩が何か受信した?
セフィラは喋ってないし、それは双子も同じように喋ってないセフィラから受信できるから、同じ能力なら可能だろう。
そして僕への呼び方がイクトを真似てる。
ニノホト訛りがないこともあって、ヒノヒメ先輩にそう呼ばれるのはむずむずするなぁ。
(セフィラ、一度離れて)
(…………了解)
不服そうだけど、答えを読まれると困るからね。
「そうですね、では。文字に起こす以外に、音を可視化する方法は?」
学園でやってないけど弟たちには教えた内容だ。
そしてこっちの伝声装置のことを思えば、妃殿下でも答えが浮かぶかもしれない質問。
ヒノヒメ先輩は少し考えて答える。
「目に見えるだけで良いのでしたら、太鼓の上に豆を置きまして、ひと叩き」
「なるほど。チトセ先輩は?」
「う、む…………。剣を、薄い剣の横腹を叩けば、音と共に剣の表面が跳ねます」
「そうですね。では、それらの現象からわかる音の特性は?」
ヒノヒメ先輩とチトセ先輩の答えに妃殿下は納得。
その上で続く僕の問いに先輩たちは悩む。
「揺れ、でしょうか」
チトセ先輩に続いて、ヒノヒメ先輩は想像を膨らませる。
「風の魔法が声を遠くに届けると申します。であれば、音が風を生む動きでしょうか」
「ではそれらを証明する実験は?」
さらに続く質問に、二人は考えてそれぞれ思う実験を上げる。
それらを聞いて、僕は妃殿下に目を向けた。
「未知を前に考えを放棄しない。探求の手段を自ら考案する。この姿勢は錬金術師として足るものであると考えます」
「えぇ、確かに。ところで正解は何かしら?」
妃殿下は興味津々で答えを強請る。
僕は皿の中の水に指を入れて表面を揺らした。
「これです。音とはチトセ先輩が言うように揺れ。その揺れはこの波紋と同じです。刃を叩いて揺れることで音として響きます。その余韻は刃を止めれば止まる。つまりこの波紋を起こす指を、音が鳴り揺れる刃と思っていただいてもかまいません」
音に合わせて波紋が広がることが、可視化と証明になる。
「この波紋と同じ揺れが空気中でも起きています。そしてそれを動かすのに風が使われる。なのでお二人とも正解と言えるでしょう」
「アーシャが認めるのあれば」
妃殿下としては、これでほぼ内定状態かな。
ただ問題もあるからこそ、僕はあえて聞いた。
「ヒノヒメ先輩。ニノホトの皇族として、前例は?」
「寡聞にして存じあげません。皇族の女子が離れるには降嫁か出家。その後家を出ることはほぼないのです。こうして留学した者も片手で足りるかと」
ヒノヒメ先輩の身分は、今もニノホトの皇室にある。
女性の家庭教師は生活に困窮した貴族女性の職というのが定番で、宮殿という場であれば格は相応だけど、未婚女性はいない。
そんな立場に本国の許しも得ずヒノヒメ先輩をつけるのは、軋轢を生む。
「妃殿下、よろしいでしょうか。ワーネルとフェルは二人で授業を受けたがります。であれば教師は一人でも構わないのではないでしょうか。その上で、ヒノヒメ先輩には、双子の授業に関する相談役として妃殿下のお側に上げられては?」
「相談役? 何を話すことがあるかしら、アーシャ」
妃殿下にも言ってなかったから、僕はここで双子の特殊能力を伝えることにした。
「実は、ワーネルとフェルはヒノヒメ先輩と同じく、突然誰も知らないことを口にして、誰も言わないことを聞くのです」
妃殿下はもちろん、心当たりのあるヒノヒメ先輩とチトセ先輩も反応する。
「そのためヒノヒメ先輩は国元で、神職に近い立場を得ているそうです。神託であると言われて」
「神託…………確かにそう思えるような発言をすることもありました」
「妃殿下、ヒノヒメ先輩は属性に偏りがあります。その上で神託を受ける者として尊重もされているのです」
「えぇ、そう。ニノホトではそうなのですね。…………それは、興味深い話です」
妃殿下は察して大いに頷く。
双子の属性に偏りがあるのは、悪いことと捉えられていた。
けど帝国の故地である東方に、神託を受ける者としての文化があるなら話は別だ。
それを双子に当てはめて、悪く言われないように話を広める。
そのためには実際その立場だったヒノヒメ先輩に話を聞く必要があるだろう。
「それに、あの子たちの驚くような発言に理由があるのであれば、知っておきたいわ」
妃殿下は母親としても、双子を理解したい気持ちがあるようだった。
そんな妃殿下との面接を終えて、宮殿外への案内を待つ控えの間へ移る。
家庭教師よりも客に近い相談役という、大使館や本国に言い訳が立つ目途が見えたヒノヒメ先輩は、上機嫌だった。
「やっぱりアズに任せたんは当たりやねぇ。大使館も乗り気やのうて、伝手もあらへんし困ってたんよ」
そう言ってころころ笑うのを、僕とチトセ先輩は否定もできず顔を見合わせる。
そんな様子全く見えなかったのに、本当に神託というか精霊の考えを読む力はすごい。
そのことについては、卒業後改めて調べさせてもらいたいものだ。
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