412話:慌ただしい滞在2
父と会った所から、僕は右翼棟へ移動する。
魔導伝声装置について僕とウェアレルに話を聞きたいらしいけど、伝震装置について口止めをしなきゃいけない。
だから本館に来たついでに右翼棟に足を延ばすことにした。
右翼棟の主な機能は、大聖堂と帝室図書館。
広さは左翼棟と同じくらいあるから、部屋数も相応に多い。
「こちらへどうぞ」
本館から案内されて、引継ぎが行われ、今度は右翼棟の案内が立つ。
同時に何やら報せを走らせたようだ。
(やっぱりこっちでも魔導伝声装置は部屋ごと隠されてるのかな)
(走査します)
(いや、今から行くし…………って、もういない?)
僕の側にはイクトがいるし、同じ建物内だから危険はなしって判断?
そうでなくても久しぶりの宮殿だ。
左翼棟とは距離があるから、今日までの滞在で調べてなかったとかかな。
ともかくセフィラは相変わらず好奇心に正直だ。
僕は案内されて右翼棟奥の帝室図書館へ向かう。
思えば初めて足を踏み入れる場所だ。
体育館ほどの広さの吹き抜けで、壁は一面本棚が並び、二階にはテラスような通路が見える。
そこにも明り取りの大きな窓以外の壁全てに本棚が設置されていて、本の壁のようになってた。
「これは、第一皇子殿下。出迎えが遅れましたこと、謝罪させてくださいませ」
急ぎ足で揃いのローブ着た人たちがやって来る。
五人いる中の、白い髪をした長身の人物が代表して言うんだけど、白い髭が喋るごとに揺れるのが気になるな。
「ささ、どうぞこちらへ。お待ちしておりました」
髭に目を奪われてたら、けっこうぐいぐい来るな。
ただ五人ともが腰低いという、宮殿では今までにない扱いをされる。
そうして連れて行かれたのは図書館のバックヤード。
大小さまざまな棚に、未分類の書籍や大量に積まれた書類、作業台がある。
ただ僕は、それらとは離れるように薄暗い通路へと案内された。
写本室と書かれた机と椅子と本棚が一つずつあるだけの部屋に入ると、司書は本棚を動かして隠し扉を開く。
「また狭くなりますが、どうかお許しを」
司書が開いた本棚の裏には、人一人しか通れない通路があった。
通路を通って一部屋分くらい移動したら、その先にけっこう広い部屋が現れる。
ルキウサリアでも見た機械が並び、さらには働く人までほぼ一緒。
「そうか、双子だから見た顔になるのか」
僕は思わずドワーフの血を継ぐらしい身長の低い女性に目がいった。
僕の視線に気づいてこっちを見た女性は、すぐ側のイクトも見て肩を跳ね上げる。
「あ、あぁ!?」
「これ、騒ぐな。失礼をしたしました、第一皇子殿下。皆手を止めよ」
「いや、仕事を続けてくれて構わない。邪魔をしに来たわけじゃないんだ。…………ただ、そろそろ名前を教えてくれるかな?」
僕を紹介しようとしてくれたけど、ドワーフ風の女性の反応からして、黒髪の子供、海人の宮中警護で察するくらいには知ってるし、僕のことは今さら言う必要もない。
けど名前も知らない司書は、自分がまず名乗ってさえいないことで色の濃い顔に血色を強めた。
「申し訳ございません。わたくしはカルポロス。司書としては主務を仰せつかり、情報技官においては参事をさせていただいております」
「そう、カルポロス主務と呼んだほうが対外的にもいいかな。まずは呼んでいると聞いてきたんだ。話だけは聞こう。その間にルキウサリアへ繋いでくれないかな」
僕の言葉に、カルポロスはドワーフ系の女性へと声をかけた。
そうして並ぶ二人には身長の差はあれど、濃い色の肌、豊富な毛量、丸く力強そうな指先と共通点がある。
もしかしたらカルポロスもドワーフ系か。
なんか前のめりだと注意が疎かになる感じがテスタにも似てる気がする。
「ねぇ、イクト。この反応って前情報あるよね」
「帝都滞在の折にテスタ老。そして帝室図書館であれば弟殿下方も利用をされるかと」
確かにそこらへんから、僕の話を聞いてたってことはありそうだ。
あとは魔導伝声装置を扱う情報技官だからこそ、僕がルキウサリアでやってることの片鱗を知ってるってところかな。
呼んだのも、表向きの開発者のウェアレルだけじゃないってことは、ルキウサリアとも情報共有して僕が噛んでるのもわかってるだろう。
「あ、申し訳ございません。すぐにお椅子を!」
「いや、僕も予定の合間に来たんだ。その間に聞きたいことがあれば答えるよ」
「いえいえ、まずは第一皇子殿下のご用命を拝したく」
僕が連絡お願いしたから、連絡内容の確認を先にしてくれた。
書記を担う人もカルポロスの後ろで待ってる。
「じゃあ、ルキウサリアの陛下へ。強化ガラスの件、ユーラシオン公爵も含めて帝都にて検討する旨。ついては学術協力として参与を願いたいと」
挨拶もなしに、最低限の用件だけ。
これは相変わらず魔導伝声装置でのやり取りに集中力と魔力を必要とするからだ。
ドワーフ系の女性が魔石を両手で握って集中を始める。
たぶんヘルコフの甥の一人、エラストの彼女だろう。
すごく力を入れて集中し、そして通じるまでをじっと集中。
通じたら通じたでまた集中しながら、僕の言った内容を伝える。
一語一語聞き返されることがないように、これもまた集中だ。
「魔力を貯蔵するのはできてるのかな?」
伝震装置のことをそれとなく釘を刺した後に、話を変えるために話題を振る。
「はい、ルキウサリアで第一皇子殿下が示された方法をこちらでも実践しております。魔力を練る手間が軽減されたことで、喋ることに集中でき、聞き間違いや聞き返しによる手間が減りました」
「それは良かった。じゃあ、呼んだ理由を聞こうか」
カルポロスは一度礼を執るけど、その割に簡潔に言った。
「第一皇子殿下が、帝室図書館の蔵書で目を通された書籍を教えていただきたいのです」
ただその内容は、帝室図書館に勤める司書としてはおかしい。
だってウェアレルが借りて、記録に残してるんだ。
それにわざわざ一度礼を執って見せた。
つまりは無礼を承知でという意思表示。
たぶんこれは、僕が貸し出し処理してない書籍も見てるのわかってて聞いてる。
まぁ、ルキウサリアのほうでも錬金術やったほうがわかると指示した魔力の貯蔵だ。
それをやるからには、僕が錬金術を学んだ書籍があるなら当たるはず。
そして実際僕が読んだ以上の書籍の内容を網羅してることに気づいたかな。
「うーん、一応謝っておこう。その上でどうやって気づいたの? まさか帝室図書館にある全ての錬金術関係の書籍検めたわけでもないでしょ」
さすがにそれは時間が足りなさすぎる。
「は、財務記録にある購入書籍と、貸し出した書籍の参考文献が対応していることに気づきまして」
「つまり、貸し出した記録のない書籍の参考文献として名前の挙がっていた書籍も僕が購入させたから、か」
そういう調べ方もあるのか。
一応誤魔化せる範囲ではあるけど、礼を執って僕を責めない姿勢を見せた。
だったら勝手に借りたことは今さら怒らないから隠す必要もないか。
「勝手をしたことはすまないと思ってる。借りたものは全て返却してあるんだ」
「いえ、第一皇子殿下が自ら自重されて貸し出しを辞められた時期もあることを承知しておりますので」
宮殿の一部で働くからには、その辺りもわかってるようだ。
「わかった。魔導伝声装置に応用できそうな書籍に関しては書名を書いて届けよう」
「ご高配、ありがたく。その上でおこがましいことではありますが、ご助言などいただけましたら、望外の喜びでございます」
ルキウサリアでも求められたし、だったらここは、ここでしてほしいことを言ってみよう。
「錬金術のエッセンス。あれを正しく作って使えるようにすれば、少しはこの帝都で独自の発展の方向性を探れるだろう。端的に言えばエッセンスは属性を帯びさせられる」
「人為的に属性を? …………正しく、ですか」
カルポロスは有用性を理解して、真剣に検討する。
ただ正しく作るという点に疑問と懸念が滲んでた。
「まぁ、作り方なら僕の家庭教師の甥たちが知ってるから、聞いてみたらいいよ」
「家庭教師となると九尾の…………」
「あ、熊のほうね」
魔導伝声装置関係だと思われたから訂正する。
そこに、ちょうど通信が終わってこっちを向いたドワーフ系の女性が声を上げた。
「え…………? あ!? もしかしてエラスト!?」
やっぱり彼女らしいけど、その驚き方って錬金術のこと言ってなかったのか。
いや、エラストはガラス職人だから錬金術と繋がってなかったのかもしれない。
ともかくルキウサリア側からの返事を確認して、またエラストの彼女には頑張ってもらう。
そうしていくらかやり取りすると、時間が経ってしまった。
ひきとめたそうな司書や情報技官を置いて、僕は用事を理由に右翼棟を去る。
何せ次の予定は、弟妹と会うことなんだから。
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