410話:巻き込む5
人工ゴーレム作りをユーラシオン公爵に打診して有用性は伝えた。
ただ懐疑的で、その上化石の説明がまず通じないという問題にぶつかる。
「植物が石になど、それは一部の魔物が使う異常な力であると伝承されて…………」
「そんな魔物知らないから。ただ自然にそうなる理屈があるんだ。それを再現するの」
ユーラシオン公爵に化石ができる過程、腐食しない状況下で無機物に置き換わるって説明をするんだけど、伝説の話扱いされる。
するとストラテーグ侯爵も、僕の話の中でわからないことを上げた。
「そも、石に置き換わると言うのがどういった状況なのかが想像できませんな」
「なんて言ったら、あ、塩。塩で煮たら塩味がつくのと一緒だよ」
「何故ここで料理?」
ソティリオスが呆れたように言った。
駄目だ。
ミネラルに置き換わって石化するなんて、理科知識さえない人には通じない。
というかこれ、塩が無機物で、結晶化っていう石になるのわかってなさそう。
「今は必要な素材ないし、時間もかかる。だから、ルキウサリア戻って錬金術科の先輩に教えるついでに見せるから、ソティリオスと一緒に信用できる人員つけて」
実践して見せるということで、ようやく前向きに検討が始まる。
ユーラシオン公爵も考えることが多すぎるのと、結果は気になるのでそうなった。
トライアン王国のファーキン組に関しては、潰す一択なのはユーラシオン公爵としても同じだから、怪しまれはしてもあまり抵抗もされない。
「ルキウサリアに戻ったら聞かせてもらうからな。逃げるなよ」
「どうせ教室来るでしょ。そしたらクラスメイトも興味示すから逃げられないよ」
そんなことを言うソティリオスを見送り、僕は思いついて声をかける。
「またね、ソー」
「…………あぁ、アズロス」
サロン室の扉が閉まり、ほどなく出て行く音もする。
「答えてくれたなら、まだ友人って言っていいかな?」
「そんな基本的なところから心配しなきゃいけないくらい、お友達関係希薄だなんて」
今まで大人しくしてたレーヴァンが、嘆くふりして茶々を入れる。
ただ同じく大人しくしてたヘルコフに、肘間接極められた。
「いや、本気で心配してるんですよ?」
「お前の心配なぞいらんわ」
「それはそれで不敬ですよ」
言い訳も、ヘルコフとウェアレルに叱られる。
イクトはそんなレーヴァン放っておいて僕に言った。
「少々うるさいですが、どうぞ話を続けてください、アーシャ殿下」
「まぁ、うん。ストラテーグ侯爵、この際だから皇太后周り何処まで罰が下るか教えて」
「それは、はぁ…………」
レーヴァンを助けようか迷った末に、ストラテーグ侯爵は僕の問いに答える。
「まず皇太后、今はその位も返上されトライアンの女公閣下ですが」
返上と言えば聞こえはいいけど、反乱したから取り上げられた結果だ。
嫁入りの時に故国から一代のみ、財産権ありの地位をもらっていたため女公と呼ばれる。
その皇太后改め、女公の周囲にいたトライアン出身の侍女や使用人は、全て共謀として捕まった。
もちろん宮殿に武装勢力を入れた者たちも、すでに捕まってる。
ただ驚いたのは、その数だ。
「え、爵位持ちが二十三人もいたの?」
「皇太后の呼びかけに応じて自ら決起した者のみで括った限りですが」
つまり本気で政変しようとして、千人単位で人を動かせる地位の人物が動いていたんだ。
何処かの貴族家の子息とかじゃなく、当主本人が。
そこから連座なんかしたら百人じゃ足りない。
千人単位で処分が必要になる。
「それ、政府機能がマヒしない?」
「するので、投降に応じた者には連座を免除。率いられた一兵卒に関しては、指揮官以下は軽い鞭打ちで放免になります」
この帝国、議会もあれば官僚もいる。
ただそこを占めるのはほとんどが貴族という、子供に教育を受けさせられる財産持ち。
知識層の平民からも、僕の財務官のような人は出るけどそっちは平で終わるんだ。
政府を動かすための権能を持つ各部署の長は、よほどのことがない限り貴族。
連座の範囲にがっつり現在要職についてる年齢の人たち該当する。
そんな人、実際に関わってないのに処分したら国が立ちいかないし、補充もままならない。
「陛下が即位して十年以上が経つのに。強硬手段に出る人が、そんなにいるなんて」
「そこはまた理由があります。その点においては皇帝陛下に瑕疵はありませんな」
僕がわからない顔しても、ストラテーグ侯爵は話を変えてしまう。
「殿下が手ずから捕まえられたジェレミアス公爵のことはすでに?」
「あぁ、僕に怒ってるって。宴の時も睨まれたね。そのままユーラシオン公爵に声かけに行ったからすごい嫌な顔されたよ」
「それはそうでしょう。…………直接的な武力の行使もなく、罪には問われません」
「まぁ、それでも祖母が主犯だと」
「いや、なんの咎もありません」
「…………あぁ、そこ連座すると陛下にも波及するって?」
ジェレミアス公爵は皇太后の孫。
それと同時に僕の祖父に当たる先帝の孫でもある。
父との関係は従兄弟であり、甥という面倒な血筋の人だ。
「それと、やはり継承に関して不安が付きまといますので。帝室に関わる者への厳しい処罰には反対意見が多く」
「えっと、僕たち兄弟四人はいいとして。先帝の弟殿下の四人は、ご存命一人だっけ。それぞれに後継者が最低一人いるとしても…………。うん、この左翼棟にかつて住んでいた庶子の皇子たちより少ないね」
つまりは後継者が軒並み急死して、父だけが困ったのはまだ記憶にある。
そんな中、男系男子であるジェレミアス公爵を継承から外すのは懸念が強かった。
ましてや継承権の高い位置に僕と言う、血筋の低い者が居座ってる。
血筋的には帝室と皇太后の血を引くジェレミアス公爵は、正統性という点においては国是と合致する存在だった。
伝統と安定を望む者からすれば、残しておきたい保険なんだろう。
「ちなみに、ウィーギント伯爵家も咎めはなしですな」
「ニヴェール・ウィーギントのことで自粛中でしょ。それに皇太后とも距離を取ったって」
実際動いてないし、伝統ある伯爵家はそれだけ血筋も広い。
ここを巻き込むと連座がさらに増えるし、地方の権力者にも及ぶ。
帝都だけじゃなく、帝国中が混乱しかねない。
そんなことになってしまっては、宮殿占拠を鎮圧した功績も霞むだろう。
「つまり、確実にやった黒は全員捕らえたから、厳罰に処すことでグレーな人たちに圧力をかけて次はないぞって見せるのか」
頷くストラテーグ侯爵に、僕は気になることを聞いた。
「そうなると余計に、確黒の人たちが女公の焦った軽挙妄動に乗ったのかがわからないな。何かよほどの理由があったわけでしょ?」
「…………私がお教えしたと漏らさないでいただけるなら。また、あくまでそのようなことが推測されるという話ですので」
周囲にも目を向けて応じるのを待って、ストラテーグ侯爵はわざわざ声を落とす。
「耳にされたこともありましょうが、先帝は女性におもてになりました。結果、その女性と夫婦関係にあった者と問題が起こることもあったのです」
ストラテーグ侯爵が話すのは、きっとその世代、先帝が生きた頃から宮殿にいる人たちの暗黙の了解。
先帝が好色に走ったそもそもの理由は、継承者である皇子がいないこと。
しかしもっと根本的な話をすると、一時不能説が流布したことが強迫観念となり、老いてなお旺盛な性欲という暴走を生み出していたんだとか。
「幼くして帝位に就いた先帝は、十四でトライアン王女であった女公を妻に迎え、そして…………失敗したのです」
うん、何とは聞くまい。
そんな思春期真っただ中で、面識もない女性と初夜なんていたたまれない。
しかもそれで男性として上手くことを運べなかったとなれば、確かに不穏な噂は流布するし、強迫観念として後々表出しそうだ。
「そこから二十歳になるまでの六年間、女公は務めを果たせずにおりました。務めを果たせるまでに、先帝は侍女に手を出し、修道院送り。姪に手を出し、島流しのような政略結婚。未亡人とその娘に手を出し、命を儚くさせるということがあり…………」
「うーわー。それで自信つけたからようやく女公と? それで生まれたのが姫ばかりだったから、これ幸いって?」
僕のあけすけな言い方に、ストラテーグ侯爵は無反応と言う肯定をする。
(あまりの乱行にトライアン王国から離縁を突きつけられての、女公との夫婦関係継続だったとの記録があります。他にも女官、侯爵夫人、文学夫人、帝弟妃の侍女など)
(セフィラ、ステイ。祖父の不倫遍歴なんて聞きたくないよ)
ともかくそんな先帝の後継者指名に対する反感が、根強かった理由はわかった。
「つまり、今回手を貸した二十三人は、先帝に妻や母を奪われた人たちだった?」
「かつて、公然と先帝を批判した者もおりましたが、長い在位と共に権力も強く、その者は身一つで放逐されるような状況。故に、長く耐えた末に今回となります。今さらとも言えますが」
なんか、ルカイオス公爵が無理をしても、敵を集めて今の内に処したかった気持ちがわかった気がする。
燻り続けて鎮火の目途もない憤怒を、いっそ自分が生きてる内に燃え上がらせ、消してしまいたかったんだろう。
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