404話:友人の怒り4
混乱と昂りと、精神的な負荷もあって、ソティリオスは体調不良で退室した。
ユーラシオン公爵も、息子を心配して一緒に退室することになる。
「また改めて、お聞かせいただきましょう」
虚勢か、本気か。
ユーラシオン公爵も、アズロスの正体に関してなぁなぁで済ます気はないってことかな。
ルキウサリアも関わってるのはわかってるから、誤魔化されてはくれないか。
退出を見届けて、僕は父へ向き直り礼を執る。
「私事にお時間を取らせまして」
「いや、私はいいんだが」
父は心配そうに手を挙げて僕の謝罪を止める。
「ルキウサリアの件ですので、僕が対応をしましょう。陛下を煩わせることのないようにいたします」
「いや、そうじゃなくてだな」
僕が言い方を変えると、父は考えて自分の顎を掴む。
何かと思って見返しても、何故か僕の側近たちを見るようだ。
それで何がわかったのか、父はまたこっちに向き直る。
「立場上難しいことはわかる。しかしあまり友人を追い詰めるのも、しないほうがいいのではないか?」
予想外の言葉に、僕はすぐには答えられず固まった。
「…………そんなつもりは、ないのですが」
父から見ると、僕はソティリオスを追い詰めてるように見えたらしい。
僕は誠実に対応しようと心がけたつもりなのに、予想外すぎる。
(何が悪かったんだろう? ソティリオス怒らせたのがそもそも駄目だった?)
(正体がばれた時点で想定内の対応でした)
一度は観察対象にしたのに、セフィラはソティリオスの機微にはもう興味がないようだ。
僕が思い返して困ってると、テリーが父に質問する。
「陛下、兄上は間違ったことを言ってはいませんでした」
「そうだな。だが、正しくあるばかりでは正解とも言えない。それは友人の対等な立場に立つ気はないと示しているようなものだ」
「え、そんなつもりはないです」
慌てる僕に、父も意外そうな顔をする。
これは完全に誤解されてる。
というかそう思えるほどに、僕は高圧的に見えた?
つまり父から見て、一方的にソティリオスにマウント取ってたように感じたの?
もう額に手を当てて悩んでいると、双子が揃って声を上げた。
「兄上、兄上してたよ」
「うん、教えようとしてた」
それは、つまり、上から物言ってたってこと?
けど、教えようとしてたっていうのは、確かにそうかも。
前世を覚えてると、ティーンのやるせなさや、焦りには覚えがある。
ただもう通り過ぎた道って感じで振り返る心持ちでしかない。
けど僕だって今生では多感なお年頃で、傍から見れば一歩引いた僕の様子はあえてそうしてるように映ったか。
感情的にぶつかって来るソティリオスに、距離を取ってるように見えたのかもしれない。
「アーシャ?」
父に声をかけられ、僕は口元を隠すように押さえ、俯いて考え込んでたことに気づく。
よほど深刻そうに見えたようで、顔を上げれば父は心配そうに見てくる。
確かに深刻な気分だ。
だって、今まで友達として接してたつもりなんだよ。
けど改めて指摘されると、錬金術科のみんなにも同じようなふるまいしてたかもしれない。
(それってつまり、兄貴風吹かせてたとかそういう?)
(主人の感情の高ぶりを検知。仔細を問う)
(今はちょっと問わないで。っていうか、そういう他人が口にしない恥ずかしい記憶とかは教えないとか、指摘しないって気遣い覚えて)
(直接問うことを禁じられたので、主人の供回りに問う)
なんか言ったと思ったら、セフィラの声が聞こえなくなった。
供回りって言葉でウェアレル見ると、ちょうど耳がびくっと立つところ。
ヘルコフも丸い耳がくるくる動いてるし、イクトは心持ち口角が下がったようだ。
どうやら僕が内心慌ててるのを、本当に聞きに行ったらしい。
けどそれやっちゃいけないやつだって。
僕の恥ずかしい兄貴風広めてるだけだから。
どう説明すればいいんだ、これ?
「その、アーシャも疲れているんだろう。いつまでも立っていないで、こちらに来て座りなさい」
父が気遣ってくれるけど、疲れてるから対応が上からだったわけじゃないんだ。
「いえ、その。少し、友人関係について、接し方を考え直そうかと」
「あぁ、うむ。友人…………作る機会がなかったからか?」
父まで悩みだす。
その横でテリーが、座る僕に向かって身を乗り出した。
「兄上、以前聞いた錬金術科以外でできた友人と言うのは、もしや?」
「あぁ、うん。ソティリオスのことだよ」
テリーとはいくらか話をしたし、手紙でやり取りもしてた。
けどユーラシオン公爵子息ってことで、名前は伏せてたんだ。
政敵だってことは変わらないし、ユーラシオン公爵も帝位を狙ってるから、テリーに警戒を緩めさせることになりそうだったし。
そして双子が思い出しように声を揃えた。
「「なんで?」」
「なんで入学言ってくれなかったの!」
「なんで錬金術科教えてくれなかったの!」
「ごめん、皇子として入学しない理由を広めるのも問題があったから」
「ルキウサリアに会いに行った時教えてくれても良かったでしょ!」
「あの時学園で、もしかして隠れてたの? せっかく会いに行ったのに!」
鋭い双子がだいぶおかんむりだ。
「ごめんね、知ったら秘密にしないといけないし、秘密にし続けるのも負担になるから」
「…………秘密は、喋れないね」
「うん、喋れない…………」
想像したらしく、不服そうながら怒るのはやめてくれた。
我慢があまり好きじゃない二人だから、言われて秘密を抱えるのも困るんだろう。
そんな様子を見て、父は一つ頷いた。
「確かに、ユーラシオン公爵の嫡子相手にも、そうして教え諭すような口ぶりだったな」
「う…………その、感情的になっている相手に、こちらも同じ対応をしては話すこともできないと思いまして」
僕の返答に、父は苦笑いを浮かべる。
「うーん、それは相手と同じ立場に立つつもりもないと、線引きされたように向こうは感じるかもしれないな」
「そう、ですか。そういう、ものですか」
そう言われればそうかもしれない。
前世で友人と呼べる人は、学校という狭い中での関係で終わった。
大人になって自然と疎遠になる程度で、それこそ喧嘩なんてしたこともない。
ただ前世の子供の頃を思い出せば、確かにこんな距離の取り方はしなかった。
僕がソティリオスにしたことは、大人と子供の距離の取り方で、友人同士ではない。
うん、ソティリオスが怒ってた理由わかったかもしれない。
向こうは友人として話そうとしてくれたんだ。
けど僕が、そっちに寄り添わなかったから、怒ってた。
騙されたとか、気づけなかったとか、そういうものがあった上で、さらに怒らせたんだ。
「でも、うーん…………」
謝りたいけど、たぶんソティリオスからすれば、それも余計な気遣いだって怒る未来しか見えない。
友達だとは思ってるんだけど、第一皇子と知られた今、それを伝えることもお互いのためにならなさそうで迷ってしまう。
そうして僕が悩んでると、父が笑い出した。
「はは、アーシャにも苦手なことがあったか」
「それはもちろん、あります」
肯定したらテリーがびっくりするし、他にもテリーの騎士や双子の宮中警護も驚く。
ただおかっぱはなんだか思い出すような顔。
(何考えてるんだろ?)
(主人が皇帝に苦境を漏らさなかったことで、皇帝が精神的な打撃を受けたことを思い出しています)
セフィラが戻って来て、当たり前に他人の心の内を教えてくる。
いや、と言うか精神ダメージなの? 十歳ごろの話だよね?
というか、おかっぱからすると、僕って人間関係下手?
「こほん、陛下。お時間を取らせてしまいましたが、準備のほどは?」
僕は空気を変えようと、ここに来た本来の目的を思い出してもらう。
「そうだ、アーシャたちに段取りを説明しなければ。宴の準備もギリギリですまないが」
宮殿襲撃から急遽催されるこの宴について、テリーたちも知らされてないらしい。
事件から数日で手が回らないだろうし、僕たちは無傷だから、放っておいても問題がない。
帝室が健在であることを見せる場になるけど、ほぼ壇上に座ってることになるそうだ。
だったらその間に、ソティリオスと仲直りの仕方を考えてみるとしよう。
「それで、アーシャ。色々聞きたいこともできたから、また改めて話をしよう」
「あ、はい」
ソティリオス相手に暴露された言ってなかったことを、日を改めて聴取されることになったようだった。
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