399話:隠し切れない事実4
宮殿占拠事件の解決を祝す宴は、早急に催された。
僕は早めに支度を始めたのは楽しみなんかじゃなく、手伝ってくれる侍女がいないから。
着替えはできるけど、それ以外の香水や靴の手入れ、小物選びなどセンスと気遣いが必要な部分は確認しながらやるしかない。
「えーと、ノマリオラに指示された内容はこれで全部かな?」
僕はメモを持つヘルコフに確認する。
獣人は爪があるし、毛がつくからこういう着替えには向かないんだ。
「はい、大丈夫です。いやぁ、服用のブラシってこんな種類があるもんなんですね」
「宝飾品や靴の金具の磨き剤が剣と同じだとは知らなかったな」
イクトも改めて服飾品の手入れに驚いてる。
一時期乳母のハーティも侍女のノマリオラもいないことはあったけど、服飾に気を遣う必要もなかったからね。
「時間前に用意ができましたね。アーシャさまの直しもしてほしいところですが」
ウェアレルは、遠いノマリオラにこれ以上は頼れないって意味で言ってるけど。
僕としてもテレビ電話なんてあったらと思わなくもない。
「映像かぁ。出力するための動力考えるとなぁ。音を安定して送れるようになるならいけると思うけど」
そう言ったら全員がこっちを見た。
次の瞬間、僕の視界塞ぐように、目の前に光の玉が現れる。
「仔細を求める」
「眩しいよ、セフィラ」
ずいずい来るから、僕はしょうがなく紙とペンを用意。
レースのついた袖を汚さないよう気をつけながら縦横線を引いて方眼用紙にする。
枠の左と上に番号を振って、座標を表せるようにした。
「遠く離れたものを見たまま移動させるのは無理だ。だから、どんな形であるかを情報に置き換えて送る。そして向こうで情報をもとに形を再構築するんだよ」
僕は言いながら、マスを塗って丸を作る。
四角いマスを塗って作った丸だからドット絵らしいいびつさだ。
同時に、ウェアレルには同じ数のマス目を作ってもらい、座標を伝えた。
「この丸の黒塗り部分が、それぞれ上と左の数字で表される情報になる。それを僕が数字でウェアレルに伝えると…………」
ウェアレルは僕が読み上げる数字の部分を黒塗りし、同じ大きさの丸が描く。
「基本はこれをどれだけ早く、どれだけ精密に、どれだけ多く細かいマス目でやるかで映像の鮮明さが変わる。今は黒一色だけど、情報に色の指示を入れれば見たままに近くできる。ただそれを表示するための道具も必要で、即座の実用は無理だね」
「なるほど」
自分が描いた丸を見てウェアレルが頷くけど、ヘルコフとイクトはわからないまま。
「ともかく今は実現無理だし、ちょっと早いけど本館へ向かってもいいと思うよ」
「そうですね、せっかく整えたのに説明だなんだでインクつけても手間ですし」
「それではその前に一つ。ストラテーグ侯爵からの暫定の報せをお耳に入れたく」
考えることをやめたヘルコフに、イクトは報告があったことを告げる。
ウェアレルは一人、マス目とにらめっこして何やら思案中だ。
何か新しいことのヒントでも見つけたかな?
「ストラテーグ侯爵は、ルキウサリア側のことでしょ? 兵は僕につけられてたから、ユーラシオン公爵から引き取って、父が対応という名目でストラテーグ侯爵に任せたとか」
「はい、それと魔導伝声装置を使ってルキウサリアと連絡が行われました。伝震装置については表向き帝国側でのみ極秘で扱うため、そちらは知らせていないそうです」
「表向きって前置きするのは、ルキウサリア側も勘づいてるからだろうね」
散々ノマリオラたちと連絡したし。
そうでなくてもウェアレルが最初に改良品があることを匂わせてた。
宮殿占拠なんて大事件の後だし、今は見ないふりをしてくれるようだ。
保身込みで時機を見て、探るつもりもあるだろう。
「帝国内においても、伝震装置を見聞きした者たちには機密であるとは言ってるそうです。その上で魔導伝声装置に関しては、一部に開示。まだ完全開示には早いとの判断。ただその一部にユーラシオン公爵が入るそうです」
イクトが聞いたことには、テリーの部屋に避難した者が機密による口止めと一部開示の対象。
ただ父と一緒にいたから同じ方向に逃げた人たちで、派閥は関係なく立てこもった。
連絡を取ってる姿は見られてるし、中にユーラシオン公爵派閥がいて耳に入る。
だから少しでも恩を着せる形で、ユーラシオン公爵にも開示するそうだ。
そうでなくても、姻戚のあるルキウサリア王家が噛んでるならと、ユーラシオン公爵がねじ込もうとしてたんだとか。
ここでこれ以上蚊帳の外は権勢に響くし、ストラテーグ侯爵としても、ルキウサリア国王にしてもユーラシオン公爵とことを構えるつもりはないから受け入れたってところかな。
「そして」
「まだあるの?」
「これは私の屋敷のほうから…………」
「あぁ、ヒノヒメ先輩?」
「はい、ユーラシオン公爵からの誘いが強いと。また、アズロスを招きたいとの打診も」
「あー、無理だね」
今日の宴でも、どうやって逃げようか考えてるくらいなのに。
「帝都の警戒態勢が解けたら、単位を言い訳にソティリオスより先にルキウサリアに戻らないといけないかな?」
それはそれで、家族と過ごす時間なくて悲しい。
でも今回は、第一皇子として目立ちすぎた。
どうせルカイオス公爵派閥が僕の関わりなんてなかったことにするよう頑張るし、それならそれで僕はいないほうがいい。
あと単純に、面白いことにもならなさそうだから長居したくない。
ジェレミアス公爵のこともあるし、またフェルのアレルギーの時みたいな茶番に引きずり出されるのも面倒だ。
「あ、そうだ。伝震装置の受信機」
「こちらに」
僕が思い出したらウェアレルが、本型の機器を差し出してくれた。
宮殿が占拠された時に双子が落としたらしい。
それを見ていた騎士テオが、密かに回収して持ってきたんだ。
先に受信機を修理して本館に送り、後から修理した送信機は今日持って行く。
場合によっては敵の手に渡ってたってことで、今後は父が厳重保管することになってる。
気軽に連絡できなくなるのはちょっと悲しい。
「じゃあ、行こうか」
そう言って全員で左翼棟を出る。
実は今日、いつもはいないウェアレルとヘルコフも一緒だ。
僕と一緒に頑張ったからってことでね。
だからいつもの制服のイクトと違って、ウェアレルとヘルコフは借り物の盛装。
帝都には貸衣装屋さんってのがあるそうで、二人ともお店にお任せで用意してもらってた。
他にもいち早く異変を知らせたとか、逃げる際に敵の足止めをしたとか、細々使用人たちからも参加を許可された人がいる。
そんな中、揃って僕たちが本館へ入ると、見知った妃殿下の侍女がいた。
「入れ違わずようございました。妃殿下がお礼を申し上げたいとのことにございます」
どうやら宴では僕にほほ触れられないから、その前にってことらしい。
ただ相手は皇妃だ。
参加者とは言え身分の低いウェアレルとヘルコフは同席できない。
二人には父の待つ部屋へ先に行ってもらって、僕はイクトと妃殿下の部屋へ向かう。
「アーシャ、ごめんなさい。こんな直前まで顔も合わせず」
「いえ、妃殿下も苦難を耐え、今日のためにお心を砕かれたのですから」
まだ部屋にいるとは言え、妃殿下もすでに着飾っていた。
その上で、僕の手を取ってお礼を言ってくれる。
「古い隠し通路を通って陛下が迎えに来てくださったのも、アーシャのおかげだと聞いています」
「さすがに、陛下御自身が向かわれるとは想定外でした」
レーヴァンに言われて僕も驚いた。
妃殿下も父の勇猛すぎる行動を思い出したのか、困ったように、けどどこか嬉しそうに笑って話を進めた。
「あなたも、テリー、ワーネル、フェルを自ら迎えに行ってくれたそうですね」
「あ、はは。そうですね」
うん、似た者親子でした。
妃殿下微笑んで続ける。
「とても心強かったと言っていました。あなたは本当に良い兄であり、良い手本となってくれています」
「なれて、いるでしょうか? その、今回はあまり、褒められたことではないと思うのですが」
「期待に応えるために行動することの、何を責めることがありましょうか」
妃殿下はまださらに準備があるらしく、短い面会は終わる。
また会場で会うことを約束して別れ、僕は廊下に出た。
僕はイクトと共に、今度こそ父の待ってる部屋へ。
何を話されるかな。
今日の段取りもあるだろうけど、ルキウサリアのことや伝声装置、皇太后のことも、あとジェレミアス公爵への対応も話さないと。
「お待ちを…………気づかれました」
考えに耽っていたら、イクトに止められ廊下の先に注意を向けられる。
そこにはユーラシオン公爵とソティリオスが待ち構えていたように立っていた。
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