398話:隠し切れない事実3
宮殿占拠が解決したら、即座に祝勝会的な宴が行われることになった。
どうやら元から社交期で準備してた夜会を流用するらしい。
ただ未成年の皇子が参加するから、やるのは昼過ぎから。
そのまま大人は夜会に突入する計画で、それを聞いたのも昨日のこと。
「使ったことない礼服多いからいいけどさ」
「大急ぎで着替えも大して持ってきてませんでしたからね」
一緒に衣装部屋で服を探すウェアレルが、高い位置の衣装箱を下ろしながら答える。
そこに外からノックの音がした。
イクトが対応すると、ヘルコフとその他宮中警護が荷物を持って金の間へ。
「わ、ずいぶんなことになってるね」
「えぇ、ねじの一本も見落としないように集めたつもりではありますが」
衣装部屋から出て様子を見にいった僕の目の前で、テリーの部屋にあった伝震装置が運び込まれる。
受信機だけど、送信できるように無理な改造をさせたものだ。
レーヴァンによる試行錯誤の結果、見た目はがたがたの壊れかけになっていた。
不必要なところまで間違って解体した形跡もある。
しかも本体を支える枠を外してしまっていてグラグラしてた。
宮中警護たちが運ぶ間も、不安定に揺れててこれ以上壊さないようみんな緊張してる。
他にも取り外したらしい部品を大中小の箱に入れて持ってきたようだ。
「それで、当のレーヴァンは?」
「別の仕事を理由に逃げました」
事情を知ってるらしいイクトが言うけど、運び込んだ宮中警護たちは何も言わない。
いや、数人浅く頷いてるな。
本当に逃げたんだ。
一応機密のくくりに入れられたから、伝震装置に触れる人は限定してある。
結果、改造したレーヴァンの所属する宮中警護が担当することになった。
まぁ、運んで来たらそそくさ帰ったけどね。
点検して使えるかどうか判断するのは作った僕だし、必要ない人員ではあったけど。
「アーシャさま、礼服選びを…………」
「待って、軽く点検してからじゃないと不安だ」
寝室のほうからウェアレルに呼ばれるけど、僕は控えの間に運ばれた伝震装置に向かう。
「ちょっと思ったよりもひどいな。歪んで破損とかありえるかも?」
「俺も聞いたんですけど、どうも当日見てた奴の話だと、改造のために見えない部分いじるにはこの枠外さなきゃ腕が入らなかったそうで」
ヘルコフも壊れそうになってる伝震装置のありさまに疑問を覚えたようだ。
どうやら僕の指示でレーヴァンが改造するには、見落としがあったらしい。
あくまでまだ成長途中の子供の手で作った伝震装置では、そもそもの配置もわからないレーヴァンがいじるには、機器の隙間に腕を入れるのさえ難しすぎた。
だから見やすく触りやすいように枠を外したんだとか。
「あの時使えればいいと思ってたし、そこはいいけど。あ、針先折れてる。インクも切れてる。紙は止まってるってことは、何処か軸がずれて回らなくなったのか」
見える所から点検してると、セフィラが光球になって現れる。
「魔石の端が欠けています。組み込んだ術式を歪めた結果の負荷と推測」
「あー、魔石に影響出ちゃったか。それだと、術式刻んだ板も駄目になってそうだね」
そんな僕たちの話を聞いてウェアレルもこっちにやって来た。
元の機構考えた本人だし、気になったんだろう。
僕を手伝って通信の基盤を取り出し確認してくれる。
その上でグラグラの原因である枠を、僕はヘルコフの手を借りて一回付け直した。
「それではこちらの魔石と術式は私が。アーシャさまは引き続き礼服をお選びください」
僕がかかりきりにならないよう、伝震装置は一度ウェアレルが回収してしまった。
僕はヘルコフとイクトに手伝ってもらうという名目で監視されて礼服選びに戻る。
「さて、使い勝手のいい礼服はたいていルキウサリアに持って行ったんでしたね?」
「そう、だから残ってる礼服と装飾品はこれくらいかな」
ヘルコフとイクトに衣装部屋から運び出してもらった礼服は六着。
橙色三着、赤二着、青一着。
うん、あんまり着ないの置いて行った結果だね。
「これなど、今のアーシャ殿下に合わないのでは? こちらも小さいかと」
イクトが橙色一着と青一着を選び出す。
確かに体に当ててみても、袖の長さやボタンの閉まりに不安がある。
一年前は着れたことを思えば、それだけ僕も成長してるってことだろう。
十五にして成長期?
そう言えば前世で高校になってから身長伸びたって言ってた人もいた。
今生は僕、そのタイプなのかもしれない。
「じゃあ、着られそうなのは四着か…………」
橙三着は、茶色系、黄色系、金色系とニュアンスが違う。
ただどれも織り模様や刺繍が派手だ。
「表向き、僕は関わってない。ルカイオス公爵に声をかけられて一次帰郷ってことになってる。派手に皇子らしさを出す必要はないよね?」
僕が手に取ったのは一番刺繍の少ない赤。
ボタン周りと袖に揃いの花模様が目を引くくらいで、他の飾りは地味な部類。
これに黒のベストか、きらめきを抑えた金糸のベストでも合わせれば地味に装える。
ただ相談する相手がいない。
僕の質問に、ヘルコフもイクトも困り顔だ。
「迷ったら軍服って言いたいとこですけど、今回はやめたほうがいいでしょうし」
「制服があれば正装になるので、装いにはあまり明るくなく、申し訳ない」
ヘルコフもイクトも制服のある仕事だったせいで、盛装には縁遠い。
僕らが困っていると、ウェアレルのほうに残ってたセフィラが宙を漂いやって来た。
「主人の侍女は服飾に関して所持品をすべて把握しています。相談しては?」
「そうなの? 伝えてわかるかな?」
僕は小型伝声装置を使って、ノマリオラへ連絡してみた。
上着とか決めても、次は襟巻とか、カフスボタンとか細々と合わせる必要がある。
何がふさわしいか聞けるのはありがたい。
「それじゃ、殿下。さっき本館行って来て小耳にはさんだことでも」
目下の問題が解決しそうだってことで、ヘルコフが切り出した。
「ユーラシオン公爵がルキウサリアからの人員を帝都へ迎え入れたそうで。噂になってました」
それはつまり、別荘地へ迎えをやったってことだろう。
形式上、ルキウサリアの兵は僕と同行。
ユーラシオン公爵が迎えに行っても、父である皇帝へその後の処遇は回って来る。
それでもユーラシオン公爵が動いたのは、ルキウサリアの人員の中にはソティリオスがいるからだ。
僕はその辺りの情報が入りそうなイクトへ顔を向ける。
「ソティリオスがいるってことは公にされてない?」
「ストラテーグ侯爵から聞く限り、帝都に帰還していること自体を秘匿しています」
たぶん理由は、誘拐だから。
それにユーラシオン公爵が動かなかったことも併せて、敵方に寝返ってたんじゃないかなんて非難されるだろう。
そうなるとルキウサリアも巻き込む醜聞に発展させられかねない。
当事者たちが把握してる分、公にするメリットはないから秘匿で通すんだろう。
ウェアレルがエメラルドの間へ道具を取りに通りかかり、話に入って来る。
「アーシャさまがルキウサリアでも秘密裏に追ったことで、秘匿ができたのでしょう」
「うん、ソティリオス誘拐はあっちでも一部しか知らない。それと、伝声装置か」
ルキウサリアとのやり取りなら短時間でできる。
ユーラシオン公爵側は知らないけど、父やルカイオス公爵はルキウサリアと連携してるんだ。
その上でたぶん、政治的な優位を取ろうと、ルキウサリアで誘拐事件が起きたこと自体隠ぺいすることに加担してる。
誘拐という不名誉が隠されることを、ソティリオスはどう思うのかな。
「あれ、ってことはいないことになってるソティリオスって自由? アズロス訪ねたりされる?」
「逆にいないことになっているので屋敷からも出られないかと」
そう答えるイクトの所に、アズロスは今回滞在してることになってる。
訪ねても会えないし、不在の言い訳はヒノヒメ先輩たちに任せてあった。
ヘルコフはさらに別の可能性を上げる。
「もし自由でも、誘拐に関して聞き取りとかあって時間はないでしょ。ユーラシオン公爵は後からの働きで不問とは言え、説明は求められるでしょうし」
「確かに、ルカイオス公爵なら僕のほうだけの説明で済ませもしないか」
ヘルコフが言うとおりだし、もっと意地悪く考えると、聞き取りを理由にユーラシオン公爵に頭を下げさせる。
ルカイオス公爵ならそれくらいしそうだ。
それで言うと僕を今回の宴に参加させるのにも思惑があるとすれば、たぶんジェレミアス公爵の対処なんだろう。
うん、目立つ恰好したくない。
「当日の予定は、まず陛下に挨拶。その時に、もろもろの結果は教えていただけるかな」
たぶん忙しくて今は聞いても返答は後に回される。
妃殿下とライアも無事と聞いただけで会えてない。
早めに呼ばれてるからたぶん会えるはずだし、怪我をしたなんてことも聞いてない。
ルカイオス公爵の思惑を考えると気が重くなる。
けど同時に早く無事な姿も見たいから、待ち遠しい気もした。
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