396話:隠し切れない事実1
「さて、それじゃあヘルコフ。皇太后担いで」
僕の言葉に、その場の全員が言葉を失った。
ただヘルコフは僕が本気だと知ると、押さえつけられた皇太后を見る。
「…………暴れられるとスカート捲れますんで、服の上から足縛っても?」
「構わないよ。この足元のおぼつかない山中から安全に移動してもらうためだからね」
抜け道は本人たちの言葉から、何やら仕掛けたらしく戻れない。
だったら、僕たちが通った庭園から山に分け入る道を行くしかない。
表向きの言い訳に、言葉を失っていた従者が止めに入った。
「安全を考慮されるならばゆっくり行けば良いでしょう。山の下に待機した者共も、公爵閣下の手勢が向かっているはず。担ぐなどなされずとも時間はあります」
「ゆっくりしてたら間に合わないんだ。他の人たちは縄で繋いで止まれないよう歩かせて。急いで宮殿に戻るよ。…………ことの責任が誰にあるか示さないと終われないでしょ」
僕の言葉に従者は息を呑む。
「まだ馬鹿な抵抗をする者もいるかもしれない。そういう手合いにはわかりやすくことを描いた大罪人が縄を受けた姿を見せるほうがいいと思うんだけど?」
「ふごー!?」
猿ぐつわをされた皇太后が怒りのこもった声を上げる。
つまりはさらし者にされると気づいて抵抗するらしい。
けど、誰が悪いかは見せないといけない。
それが人の裏に隠れて動いてたならなおさらだ。
今も僕が気づいてない悪だくみに乗ってた人も諦めるかもしれないし。
僕の誘いに乗ってほぼ自白したようなものだけど、まだ物証はない。
トカゲのしっぽ切りをされるのは面倒だ。
そして同じ攻撃対象がいると足並みをそろえる人たちがいるから、わかりやすく的として皇太后には最後の働きをしてもう。
事後処理で変に対立されても困るからね。
「この体勢だと暴れたら頭から落ちますよ。で、後続に蹴られるんでお気を付けて」
「ふぐ…………!?」
ヘルコフは声をかけて、服の上から足を縛られた皇太后を担ぎ上げる。
そしてあえて頭から落ちるよう背中側に重心を傾けたようだ。
今までにない扱いに、皇太后は顔を真っ赤にして屈辱や怒りに震える。
そして怪我の可能性と、不安定な体勢に怯えるらしい。
皇太后は顔を真っ赤にしながらも体を固くして動かなくなった。
「よし、さっさと運ぼう」
「アーシャさま、せめて繕いましょう」
おっと、ウェアレルに注意された。
うん、皇太后に今さら敬意ないけど、それでも地位はまだ持ってる人だしね。
だから足元がとか、スカートがって言って拘束したんだし。
地位や身分としては、現状僕たちでは手が出せない相手。
本来なら戦争沙汰になりそうなところを、非常事態を理由に押し通す。
そして皇帝さえも安否不明な今、僕が一番帝位に近い存在だ。
その暫定的な状況での強行は、余計に今だけという言い訳を強く押し通せる。
こういうのはさっさとやって、さっさと逃げるに限る。
「そのためには、待ち合わせをしようか」
僕は小型伝声装置を操作して、歩きスマホよろしく手元に集中してしまう。
注意が散漫でこけそうになるのをイクトに支えられつつ山を下りた。
庭園の東側に出ると、一気に視界が開ける。
こっちへ来る時は庭園の木々に隠れて移動した。
けど宮殿に行くにはほぼ遮蔽物のない中を走るしかない。
(セフィラ、東門どうなってる?)
(乱戦中。少数が争いから逃れて庭園側へ移動しています)
逃げてる上に少数だったら、こっちは集団で襲われる心配は少ない。
走り抜けて宮殿の中へ駈け込んでしまおう。
「このまま宮殿の中へ走る。そっちの人たちは宮殿前広場に連れて行って」
「お、お待ちを!?」
従者が止めようとするけど、ここまででずいぶん時間をかけたし、無視して走り出す。
するとウェアレルが前、ヘルコフが皇太后を抱え、イクトは敵が来るだろう側面を守ってぴったりついてきた。
従者は背後で人員を割り振って、その上で追ってきたようだ。
けっこう判断早いし、自分の脚で動くタイプか。
見た目は典型的な貴族っぽいけど、実は他人任せにしない暮らししてたとか?
「アーシャ殿下、どちらへ向かわれますか?」
「皇帝の寝室!」
今度はイクトが前に出て、先導を始める。
本館はイクトのほうが出入りしてるから、ウェアレルよりも明るい。
右翼棟寄りの大きな階段を無遠慮に駆け上がり、当たり前のように本館の構造を理解してるセフィラの案内をイクトが聞く。
入り組んだ控えの間や執務室、使用人の待機部屋なんかまで通り抜けて、僕たちは進んだ。
(ここであれば施錠されていません)
取替中だったらしいリネンが床に放り出された部屋を通って、僕たちは皇帝の寝室に駆け込むことができた。
「…………!? イクト? それにアーシャ!」
「陛下、ご無事で何よりです」
「本当に戻ってきていたのか」
父は僕の姿に驚くようなことを言うけど、表情はやっぱりって感じ。
その後ろで、僕の待ち合わせの伝言を伝えただろうレーヴァンがしっぶい顔をしてた。
苦虫を嚙み潰したようなって、こういう顔なんだろう。
「陛下、今はことの鎮静化をいち早く済ませましょう。そのために、逃げようとしていた主犯を捕まえてきました」
「主犯? …………まさか!」
父が声を上げる。
父と一緒にいた人たちも、気づいてヘルコフが抱える足の生えた何者かを見た。
ヘルコフが下すと、自立もできず皇太后は床にへたり込む。
相当揺れたらしい。
ただ、猿轡をされてるから喋れもしないで、目だけは僕を恨めしげに睨んでる。
「下の広場には共に逃げようとした者たちも。どうぞ、バルコニーで罪の所在を明らかになさってください」
皇帝の寝室は大きなバルコニーがある。
大勢に対してここから演説するための場所だってのは、歴史で習った。
宮殿の正面からよく見えるから、危なくはある。
ただ宮殿内部だから魔法による狙撃なんかは対処がされていた。
宮殿前広場は遮蔽物もないから、有効射程内で弓構えればすぐさま見つかるしね。
服装からたぶん偉い人たちもここにいる。
すぐにバルコニーに立つ意義を察して、父の乱れた服装を整えにかかった。
他にも何を言うべきかをレクチャーする人もいる。
何処か室外へ出たと思ったら、拡声効果のある魔法の道具を持ってきた人もいた。
「第一皇子殿下、お衣装を整えますか?」
おかっぱが聞くのに、周囲も耳をそばだてたのが感じられる。
だから僕は大げさに腕を広げて見せた。
「ちょっと無茶をして山中走ったから。人前に出られるようにはできないでしょう?」
つまりは、皇帝に並んでことの解決を知らしめる場には出ない。
そこに出るなら僕の功を知らしめることにもなる。
けど、そんなことしたら帝位に近づくようなものだ。
僕はそんなもの望んじゃいない。
テリーを帝位に就けたい人が大半だろうこの空間で、小さく息を吐く音がいくつも上がった。
おかっぱはわかってて聞いてきたから、それ以上は勧めない。
「あ、レーヴァンはバルコニー行く? ずいぶんな働きをしてくれたでしょ」
「ご冗談をー」
疲れ切った声で応じるレーヴァンの手を見れば、真新しい傷が細かくついてる。
袖は油やインクで汚れてるし、けっこう頑張って伝震装置改造したのがわかった。
これはストラテーグ侯爵も含めて、後で報いる姿勢を見せたほうが良さそうだ。
「じゃあ、妃殿下とライアはご無事か知ってる?」
「ちゃんと殿下に言われたとおりの道探ってお助けしました…………陛下が」
「え?」
どうやら秘密の通路健在だったようだ。
その上で、ルカイオス公爵側の救助が来る前に、父が勇んで助けに行ってしまったらしい。
一番狙われてる皇帝がすることじゃない気がするんだけど。
さらに妃殿下と一緒にいたライアを助けると、僕からの報せで救出に動き出したことを知った。
門のほうからの争いの気配もあり、ルカイオス公爵の部下も合流目前。
部屋から脱出しようと動いた時に僕からの待ち合わせの連絡が届いたとか。
返事する余裕なくてもレーヴァンは父に伝え、そして父は疑いもせずここに走ってくれたらしい。
「それでは皇太后を運び出せ」
準備整った父がバルコニーに、向かいながら命じる。
そして皇太后は縛られたまま、衆目の中に引き出されることとなったのだった。
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