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395話:宮殿奪還5

 宮殿は山の中腹辺りを造成して作られた。

 その宮殿の奥、庭園の向こうには水源となる山もあり、宮殿の敷地は山間にある。


 とは言え手は入れてあって、入れるところは日本にもあった里山風。

 そう簡単に入り込めないよう、あえて断崖が残してあったりもする。

 それでも見通し悪いし足元も歩きにくいけど、人が通れる程度には整っていた。


「はぁ、ようやく抜けた」

「いいから早く連絡を取るぞ」


 忘れ去られたような山中の休憩所から声が立つ。

 枯草に覆われた石床が一部外れ、白く埃に汚れた者たちが這い出すように出てきた。


「急げ! 後ろから音が聞こえていた! あまり時間はない」

「もう脱出が露見した上に、地下通路まで見つかったのか?」

「あの公爵が知っていたのかもしれない。だが、毒を撒いた」


 まだまだ出てくる人々が、口々に不穏なことを言っている。

 予想してるとおり、ルカイオス公爵の人員を離宮に送り込んだ。

 けど出入り口指示したのは僕だし、中まで追わなくていいってことは言ってある。


「宮殿に遅れた者たちにはすぐに使者を走らせるのじゃ。こちらの周知不足もある。咎めぬゆえに今一度正義をなせと。宮殿を押さえられたことは事実。それをもって皇帝を騙る不義の子が不適格であることを知らしめる。そして正しき血筋、正しき継承をもって規律を今一度取り戻し、豊かな帝国の暮らしを示さねばならぬ」


 ドレスの上から外套を着て、ベールを目深に被った人がけっこう芯の通った声で喋る。

 他が手を貸して恭しく声を聞く姿は、高貴な人物とわかった。


(何人出てきた?)

(二十九名、地下に後続はいません。毒のみならず落とし戸の仕掛けもあったようです)


 地下から全員が出てきたのを見届けて、僕はあえて伏せてた場所から立ち上がる。

 警戒する相手を気にせず、進路を妨害する形で立ちふさがった。

 応じて僕の側近たちも立ち上がって、僕を守る姿勢になる。


 こっちは急いで集めて五十一人。

 そこから離宮に十四人を回した。

 怪我させずに捕まえるなら倍はほしいところだけど、今回は逃亡防止を重視することにして、力尽くでの対応になるだろう。


「何者だ!?」

「いや、宮殿にいる黒髪の子供で、こんな目立つ側近を連れてるなんて一人しかいないでしょ。ずいぶん間抜けなことを聞くなぁ。あぁ、こんな間抜けな騒動を起こして見苦しく逃げだす君たちにはお似合いかもしれないね」


 逃げるという当初の目的を忘れさせるために、全力で煽る。

 側近たちから非難の視線を感じるけど、逃がさないためにはしょうがないよ。


 僕はベールをかぶって顔を隠した老女らしい人に目を向けた。


「どんなに生まれが良くても、名前も顔も日の下にさらせなくなるほど零落してしまうなんて。晩節を自ら汚した者の末路としては妥当なんだろうけど、醜いものだね」


 できる限り言葉を選んで気にしそうなことを上げ連ねてみた。

 正直あんまり知らない人だから、どうしても悪く言おうとするとふわっとする。

 それをなんとか、傲慢そうな感じで誤魔化してみたんだけど。


 すると老女は冷たいのに憎々しさを滲ませた声を出した。


「あの下賤の子を排除せよ」


 その命令に周囲は逆らえないようで、ちょっと迷うけど武器を構えた。

 ただその上で、こっちも応戦の構えを最初からしてる。


 さて、敵に逃げるという第一の目的を変えさせた。

 あとは逃げるだなんて方針転換させないようにしないと。


(プライド高すぎて暴走しただけはあるね。こんな子供の言葉にやる気になってくれた)

(主人の存在を最も憎んでいたと自認しています)

(はい?)


 思わぬセフィラの暴露に聞き返す。


(自らの娘が継承権もなく、血筋の孫の上に位置する主人が何もない屑であると思い違いも甚だしい思考をしています)

(ずいぶんな。…………もしかしてセフィラ、怒ってたりする?)

(主人以上の者はいません。錬金術も実在し、その有用性は…………)

(わかったわかった。うん、錬金術も悪く考えてたのか。だったら、セフィラが何かしてみる?)


 すでに一触即発で、こちらは少数。

 けどヘルコフは誰よりも大きく、ウェアレルはすでに杖を構えて魔力をためてるため周囲に風が渦巻いてる。

 そしてイクトは剣を構えて最初に出てきた者を切る気満々だ。


 そんな状態に逃げ腰だった側は圧されていて、今一歩踏み出してくれない。

 数に頼んで襲いかかるために小声で打ち合わせ中だし、それはそれでこっちが怪我するからやめてほしい。


(今なら最初の一撃かまして驚かせることもできそうだよ)

(自らの浅慮を悔いさせる方法は? 錬金術の上で説明が可能な手法を求む)

(今道具ないからね。だったら、プライド高いみたいだし、地面に膝突く必要があったら負けた状態が視覚的にも効くかな?)

(了解しました。質的に泥化は無理なようなので、沈下させる案を求めます。人の出入りがないため、腐葉土は柔らかいようです)

(水や空気の塊送り込んで抜くとか? ひねりを加えて抉り取って掘り進める感じ。前世のトンネル工事の重機が確か…………)

(イメージをより鮮明に思い描いてください。可能であることを確認。採用)


 よほどやる気があるのか、僕が思い描く前世の重機に似た形を、魔法で石を固めることで作ったようだ。

 僕の足元からモグラのような土の盛り上がりが生じると、ぐんぐん進む。

 見た目は土を少し押し上げる程度だけど、迅速に掘り進めて皇太后たちのほうへ。


 足元の異変に警戒はするけど、避けるだけで何が起きてるかわかってないし脅威とも思ってない。


(皇太后周辺だけでいいよ。そこを見捨てることは周囲もしない)

(元より承知)


 そう言えば皇太后に怒ってるんだった。

 そして見る間に皇太后の足元を直線的に通過。

 次の瞬間、避けようとした皇太后に地面から土くれが噴射される。

 空気が抜けたことで、もろくなった地面は直線の穴に向けて一段沈没した。


 見た目では小さな溝だけど、身構えて重心を決めていた人たちからすると致命的だ。

 階段を一段踏み外したような体勢になる上に、中でも皇太后は老人。

 堪らずしりもちをついて周囲が悲鳴を上げた。


「この程度でそれだと、山道を降りる前に転んでたんじゃない?」

「な、な、なんたる…………!?」


 皇太后は僕に転ばされたとわかったのか叫ぶ。

 ベールもずれて、皺の寄った口元が露わになっていた。

 そして真っ赤な口紅を塗った口を大きく開けて怒りの声を上げる。


「あの不愉快な下郎に、身の程をわきまえさせよ!」

「それはこっちの台詞だ。もう新しい時代になってるんだから、退場してね」


 僕はこっちに意識が集中してることを確信して、手を挙げて合図した。

 瞬間、隠れてた手勢が一斉に姿を現す。


 逃がすべき皇太后が座り込んでる状態で、新手だ。

 しかも僕に攻撃しようと踏み出した直後だから、まともな対応も取れない。

 皇太后側が取れるのは、貴人を中心にした守りの陣形のみだけど、それもスカスカになってしまっていた。


「逃げ出す相手がいないよう気をつけようか」

「もうルカイオス公爵の人手が取り囲んでるので、警戒すべきはこちらでしょうか」


 ウェアレルがチラッと見るのは背後。

 そっちには百人くらいが山を下った所で、皇太后の合流を待ってる。

 この騒ぎを気づかれたら、駆けつけられる可能性もあるかな。


 ヘルコフは背後に一瞥を向けただけで、目の前の状況を知らせた。


「それよりこっちが先に終わりそうだな。抵抗らしい抵抗もできてねぇ」

「足を止めた時点で勢いを削がれてしまっていた。アーシャ殿下の手の上だ」


 イクトが言う間に、予想どおりルカイオス公爵の手勢が押し切って守りは瓦解。

 立ち上がれない皇太后をルカイオス公爵側が確保すると、争う理由もなくなり二十九人全員に縄が打たれた。


 皇太后はベールをはぎとられて、両脇を押さえられ、ルカイオス公爵の従者が僕の前まで連れてくる。


「第一皇子殿下、ご確認を」

「そう言われても顔知らないんだよね」


 というか、これ皇太后に屈辱与えるためだけにやってない?

 いや、ルカイオス公爵もきっと同じことをするか。

 そう考えるとこの従者は、ルカイオス公爵ならこうして皇太后のヘイトをより僕に向けるようにすると考えてやってるな?


 政界を追われた状態でルカイオス公爵側は立て直しの目途もあるとは言え、無駄な争いはないほうがいい。

 だからって僕が巻き込まれるのは業腹だけど、これは弟たちの安全にも繋がる。

 皇太后の派閥が宮殿に残ってても、ルキウサリアに戻る僕を狙うなら帝都は安全だ。

 それなら乗ってもいい。

 弟たちを守るためにも、的になってやろうじゃないか。


「全く、ハドリアーヌの第一王女を使った浅はかな企みが潰された時点で諦めるだけの頭があれば良かったのに。それとも、偶然だとでも思った? ニヴェール・ウィーギントが追い出されたのも? 気づかないわけないじゃないか」

「あ、あぁ! あれも、それも、お前か!?」


 心当たりのある皇太后は、僕の言葉に疑問は持っていたのか声を上げる。


「えぇ? 誘拐未遂のこと? それともファーキン組? ソティリオスの誘拐? 他にもあるけどどれだろうね?」


 場当たり的に対処してたけど、結果的に皇太后の企みを邪魔する結果になったものをあげれば、皇太后は金切り声で悔しがり、猿轡をかまされることになったのだった。


定期更新

次回:隠し切れない事実1

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