394話:宮殿奪還4
弟たちは助け、左翼棟からも脱出。
地下道に入るのも見届けて、宮殿を出れば、離宮にはルカイオス公爵が待ってる。
そっちは弟たちの守りに全力で当たってくれるはずだ。
父のほうもルカイオス公爵の肝入りらしい人たち、軍議してた数人含む精鋭がすでに本館に突入してる。
皇妃とライアも、ルカイオス公爵派閥であれば無視しない。
隠し扉が通じるなら、救出も容易なはずだった。
「さて、君たちはどうする? 僕は慣れた者たちだけでもいいけど」
僕は離宮を見据えて、ルカイオス公爵の従者に聞く。
他の目がないなら、トライアンのファーキン組にしたみたいに、全員眠らせるだけだ。
たぶんここ任されてるから来ないと思ったんだけど、答えは違った。
「すぐに人員の編成を行います。その間にこちらの者に想定されている動きをご教授ください。私も同行しますので、どうか独断専行はなさらぬよう。ことによっては皇帝陛下の身にも関わります故」
どうやらついてくるようだ。
その上僕が先走りしないように釘も刺してくる。
見張りか警戒か、僕が言う皇太后脱出の可能性が高いと納得したからか。
なんにしても後の面倒ごとを引き受けてくれる人員にできるなら、文句はない。
(そうなると、皇太后が何処にいるかだ。まさか離宮から庭園に出る抜け道は使わないはず)
(主人に報告)
(早かったね。まだ逃げ出してなかった?)
(何度となく訪れた場所であるため、脱出可能な通路の存在には目星をつけていました。ただすでに皇太后と思しき人物は離宮におりません)
セフィラに離宮を調べに行ってもらってたんだけど、遅かったらしい。
そして庭園への抜け道は、僕も以前ハドリアーヌ一行が来ていた時に使用してたから、セフィラとしても離宮の抜け道の存在には興味があって調べてたようだ。
「こっそり抜け出してるとしたら、何処へ向かうかな?」
僕に側近たちに意見を求めた。
「陛下の身柄を改めて押さえることは? これほど大それたことを起こしたのですし」
「だったら離宮の人員も投入して動きがあるだろ。いくら隠れててもここにいた奴らが気づいたはずだ」
まず脱出ではなく初志貫徹を疑うウェアレルに、ヘルコフがその動きがないことを指摘した。
確かにウェアレルが言うことも、挙兵した上では疑うべき行動だ。
けど実際は動きがないし、セフィラの報告の上でも離宮に姿がないから、脱出は確定。
「アーシャ殿下がおっしゃったように、すでに逃げているとするならば、宮殿の外ですが」
「そうだけど、イクト。それだと次は何処へ行くかがわからないんだよ」
最初の疑問に戻ると、イクトが考えを口にする。
「であれば目的如何でしょう。逃げるにしても、再起を図るかどうかで行く先も変わるはず」
脱出からの逃亡と聞いて、ウェアレルは指を立ててみせた。
「故地であるトライアン王国へ亡命しては、二度と帝国への介入は難しくなります」
「皇太后が帝国捨てたんじゃそうだな。ってことは再起をかけるなら国内か?」
ヘルコフは言いつつ、何処でという問いの答えにならないことで首を傾げる。
それにウェアレルが方向性を示した。
「まずは可能性を潰していきましょうか。逃げる先として奥の離宮はないでしょう。出た時点で幽閉されることで罪に問われなかった身分を放棄しているので」
罪があってその刑罰として幽閉された皇太后が、刑罰を放棄したなら逃亡で、新たな罰が下る身となってる。
牢屋から逃げて、都合が悪くなったからもう一度牢屋に自分から戻ったなんて、結局逃げた罪を問われないわけがない。
「陛下を人質にってこともしてないだろ? その気ならいっそ守りを捨てて宮殿内部を荒らしてでも身柄を確保するしかないがしてない、いやさせてない」
ヘルコフが言うとおり、できなかったと見ていい。
それに大多数は宮殿の門で戦ってるんだから、そこに配置した兵を宮殿本館の制圧に動かすには、距離がある。
すでに交戦してて動かせない今、皇太后からすれば再起を図る場面か。
ルカイオス公爵は、配置転換が間に合わないと見たからこそ拙速に動いた。
皇太后に逃げられても、腰を据えて人員を増強して追えば、最悪帝国から追い出せるくらいは考えてるかもしれない。
「トライアンへの逃亡じゃない。陛下を今さら押さえるのも無理」
否定された可能性を挙げて、僕は皇太后の思考から次の動きの予想を立ててみる。
「先手を打ったつもりが結果的に後手に回った。躍起になって動いても、今はこれ以上の抵抗は難しい。自分が血を流す危険を冒す甲斐もない。それくらいの判断はできたとして」
「次に狙うとすれば、自らを支援する者の下への逃亡。となると、娘が嫁入りした国内の公爵家などですか」
イクトの言葉で浮かぶのはジェレミアス公爵。
ただ捕まえてるからそこも考慮に入れる必要はない。
「この宮殿の占拠に関わってる貴族の下に身を寄せるわけもないし」
この蜂起が失敗したから逃げるんだ。
関与が明確なところに逃げ込んでも、後から追い詰められることに変わりがない。
そうなると何処へ行けば、再起を図れるのか。
その答えが出てこない。
「ともかく、宮殿から脱出することが可能か。逃げる先は何処か」
僕が疑問を絞ると、側近たちが話し合う。
「今帝都は封鎖状態。逃げるって言っても貴族屋敷界隈か?」
「それが他国の者が持つ屋敷であると面倒ですね。捕まえられない」
帝都の中で限定したヘルコフに、ウェアレルが逃げられて困る場所を挙げる。
前世でもあった治外法権に近い形だ。
戦争上等という姿勢なら兵を向けることもできるけど、自国民の保護なんて体面上は正当性のあるお題目を掲げられると武力行使はためらわれる。
それで言えば皇太后は今もトライアン王国の王族だから、余計に国の体面のためには庇う姿勢を見せるだろう。
差し出すにしても、帝国に高く売りつけるくらいしそうだ。
「行く先はトライアン王国の関係者。それにしても多いか。…………うん?」
国と対立して、立て籠もり、再起した、女性?
なんか、前世にいたな、そういう人。
とある東南アジアで、外国籍を持ってて、国家顧問になって、結局失脚した人が。
確か、政権と対立しても立て籠もって耐えつつ、選挙で勝ったんだっけ。
つまり窮地から時間を稼いで世論を味方につけ、権力を勝ち取った実例だ。
「できるのかな? …………ねぇ、もしトライアンの屋敷、いや、大使館にでも逃げ込んだとする。すぐに皇太后を捕えることはできない。兵力で他国の大使館を威圧するのも駄目。そのまま何年も立て籠もられたとして、皇太后が支持を受けられるよう立ち回ったとしたら、どうなる?」
「ない、とは言えませんね。確かに宮殿を脱出した時の逃げ込む先として大使館はありです」
ウェアレルは再起の可能性、捕まらない可能性、支持を集める可能性を総合してありだという。
「立て籠りも、まぁ、できそうですかね。大使館員の出入り止めるわけにもいきませんし」
「支持を得るための工作も、奥の離宮よりやりやすくなるのではないですか?」
ヘルコフとイクトも、再起の可能性ありと見るようだ。
つまり、血筋のしっかりした皇太后のほうが、血筋の低い皇帝よりもやはり受けはいい。
ルカイオス公爵が返り咲き前提とは言え、政界を離れた今ならなおさら。
まだソティリオス救出は知られていないから、ユーラシオン公爵の側に揺さぶりも視野に入れてるかもしれない。
いや、いっそ隙のあるユーラシオン公爵は、先に排除を考えられるか。
そうしたら血筋的な優位を重視する派閥から支持者を奪える。
(脱出先は帝都内部。そもそも外部にまで出る体力、皇太后にあるとも思えないし)
セフィラに聞くと、返答があった。
(該当の脱出経路確認。庭園西からさらに山中へわけいる道で、方向を見失わなければ、貴族屋敷界隈の端に出られます)
(念のために聞くけど、離宮から帝都って出られそう?)
(そのためには宮殿のある山中を進む必要あり。ドレス姿と思われる皇太后の逃走経路として現実的ではありません)
言われてみればそうだ。
別荘地に行った時には妃殿下もドレスとヒールのまま山を歩いてた。
そもそも高貴な女性が運動するという前提がないから、移動距離もたかが知れてる。
(山中に出る出入り口が二つと、他に隠し通路は?)
(ありましたが宮殿内部に出入り口を持つものです)
セフィラが認識してない道を探してもしょうがないから、確定でいいだろう。
そこにルカイオス公爵の従者が、武装した人員を引き連れてやってきた。
「お待たせしました。まずは離宮内部に我々が突入しますので」
「いや、もう隠し通路を通って離宮は出てるだろうから、隠し通路の出口で待ち伏せしよう。場所教えるから、ルカイオス公爵にも追加の人員回すよう連絡して」
鳩が豆でっぽうくらった顔をするけど、なんとか飲み込んで従者は口を開く。
「で、であれば第一皇子殿下はこの場を離れて」
「僕の側近以上に耳や目がいい人いる? 僕が離れると一緒にいなくなるよ」
ウェアレルの狐耳は獣人の中でも優れた聴覚を持ってるし、ヘルコフは目も良ければ鼻もいい。
イクトは実戦経験で得た勘が良く働き、ただの人間よりよほど頼りになる。
そんな僕の指摘に、人間ばかりを率いてる従者は反論できなかった。
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