392話:宮殿奪還2
ユーラシオン公爵がルカイオス公爵に合流すると、僕は顔を合わせずに隠れた。
そっちのほうがスムーズだってことで、話し合いの結果は後から知らされる。
ルカイオス公爵の予想どおり、ユーラシオン公爵は軍部を動かすそうだ。
そしてユーラシオン公爵と軍が宮殿を正面から圧迫。
その間にルカイオス公爵が組織する別動隊が宮殿に侵入。
僕はルカイオス公爵の別動隊に紛れて、宮殿に入ることになった。
「あぁ、思ったより離宮が近いな」
人魚宮から続く地下通路は、広くもないけど色んな建物の地下を貫く長い道だった。
レクサンデル大公国の地下のほうが広かった、なんて思いながらぞろぞろと歩いて出た先は、木々の向こうに運河近くにある離宮の屋根が見える位置。
周囲はすでにルカイオス公爵の手勢に押さえられてるけど、敵地。
僕たちはなるべく静かに、庭園の物陰に隠れて分散することになった。
離宮と宮殿で、連絡係とかは行き来してないようで庭園に人はいない。
この通路との連絡係のような人も置いていないそうだ。
それだけ皇太后側も人手が足りないとみてよさそうかな。
「まずは陛下の確保だ。一部はここで監視と退路の確保に当たれ」
ルキウサリアでも会った、ルカイオス公爵の従者が手順を改めて指示する。
淡々としていながら、従わせる強さのある声はやっぱりそれなりに偉い人なんだろう。
名前も何も知らないし、ルカイオス公爵派閥の貴族なのは確定だから特に知り合おうとも思わないけど。
で、そんな従者が僕のほうには目だけを向ける。
皇子に物を言う地位はないのかもしれないけど、今さら話すこともないから頷いて返す。
「行こう、ウェアレル、ヘルコフ、イクト」
僕に従うのは三人だけという、あえての少数。
理由は重要度もあるけど、慣れだ。
僕たちが向かうのは左翼棟。
しかも僕が暮らした区画。
ルカイオス公爵の従者は通路の出入り口を守って、主力は父の確保のため本館へ行く。
弟たちに関しては後回し。
僕たちは戦力にもならないし、危険に関しては自己責任。
だから僕は形式的に止めるルカイオス公爵を無視する形で来てるし、その息のかかった従者も今さら止めない。
「さて、いつもの見張りはいないね」
「元より人員の少ない場所なので、新たに人手を配することもしていないのでしょう」
ウェアレルは緑の被毛に覆われた耳を忙しく動かして応じる。
やっぱり左翼棟は重要視されずに動きもないままらしい。
「テリーたちと連絡した限り放置だ。皇子がいるなんて気づいてないのは確定かだね」
「でしょうね。それでも全く見張りも置いてないってのはないでしょうから気を緩めすぎないでくださいよ」
ヘルコフが警告も込めて僕の楽観を止める。
イクトは想像できる危険を教えてくれた。
「相手も宮中警護が武装していることは知っているはず。であれば、その一部がこもる場所を放置などしないでしょう」
人手を割いて襲いはしないからって、勝手に動かれるようなこともしない。
つまり、僕が住んでた区画周辺にこそ賊がいる可能性が高いわけだ。
そこはルカイオス公爵も予想してた。
だからこそ僕たちだけで向かう。
ルカイオス公爵の部下は一部不満そうだったけど、僕が弟たちをどうこうするわけない。
もっと政治的に言ったら、皇帝を確実に確保するほうが功績は大きい。
そして弟たちに万が一があれば、僕に責任をかぶせて排除も可能。
それくらいの打算あっての一任だろう。
「つまり、助けに行く僕たちからすれば障害だね」
僕たちはあえて庭園を進み一度左翼棟から離れる。
庭園を回って左翼棟横にある、宮殿内の別施設を目隠しに進み、もう一度左翼棟へ近づいて建物の側面へと回り込む。
左翼棟脇の目立たない場所にある、使用人用の出入り口へと向かった。
(セフィラ、どう?)
(捕まった者たちは地下に。そこに見張りがいます。全体で左翼棟に賊は三十人)
先行させてたセフィラが答える。
聞こえてたらしくてイクトがさらに質問を口にした。
「ここで戦った場合の敵勢力の予想は?」
なんか穏やかじゃないこと聞いてる。
(八十人ほどに増える予想です)
セフィラも穏やかじゃない予想立ててた。
たぶん三十人を相手してる間に近くから聞きつけて駆けつける数か。
「三十人でも手に余る。ここは予定どおりに動きましょう」
ウェアレルがいうように、予定では忍んで居住区画へ向かい、極力戦闘は避ける方針だ。
「そのためにも、誰にも会わずに行ける道は?」
ヘルコフにセフィラが答える。
(すでにルート構築は完了しています)
左翼棟は改築増築なんでもござれ。
それは使用人たちが使う小さな階段も含まれる。
一階分の移動しかできない階段ながら、使用人が使う前提で人目につかない場所にいくつも設置されてた。
ただ部屋ごとに移動しないといけないから遠回りになる。
もう連絡を取ってから二時間以上。
待ちくたびれてるどころの話じゃないよね。
(警告。賊の動きが変わりました)
セフィラの声に、僕たちは三階で止まる。
ここから移動して、一度下階へ、そこから赤の間に至る階段へと向かうつもりだった。
「どう動いてるんだ?」
「待ってください。足音が左翼棟正面へ向かっています」
「窓の外を見ろ。見慣れない顔だ」
今いるのは廊下で、一度しゃがんで待機してた。
ヘルコフが聞きつつ出てきた部屋に戻ろうかとしたら、ウェアレルが声を上げ、イクトが窓を指す。
こっそり窓から見ると、中庭を挟んだ向こうの窓に人影が動いてた。
ウェアレルが言うように左翼棟正面に向かって移動する人がいる。
「…………あっち、施錠された部屋が並ぶだけのはずだけど?」
移動しても何もない。
と思ってたら、急いで戻る姿が見えた。
さらには階段を下に降るのも窓越しに見える。
中央の階段って、中庭に面した窓がついてるんだよね。
(報告。争う音を聞きつけ様子を窺おうとしたものの、部屋が並ぶばかりで窓がないことを知り下階へ確認に移動。争いの音はユーラシオン公爵による宮殿の門への攻撃が始まったためと思われます)
(いや、二階から四階まで、左翼棟正面は何処も部屋なのに)
セフィラの報告に呆れた。
けどそれでわかったのは、ほとんどの賊が左翼棟の造りを把握してないこと。
「セフィラ、上の階にどれくらい人は残ってる?」
「三人です」
予想以上に少ない。
ただその返答で、けっこう戦闘系な僕の側近たちは即決する。
「三人制圧して、まずは実際の安否確認をすべきです」
「いっそ捕まえて人質にでもしてもらいましょう」
「音を立てず迅速に、斬って痕跡を残さないよう」
ウェアレルはまだいい、ヘルコフも活用考えてる、けどイクトが物騒だ。
そんな三人で打ち合わせ、僕は敵の目に映らないよう光学迷彩の上、壁の向こうに隠れてるよう言われた。
そうしてセフィラの情報で場所を確定し、回り込むことを止めて移動。
「行きます」
まずウェアレルが、階段を上らず魔法で飛び上がり、風を吹かせて相手の虚を突く。
同時にイクトが低く走り出して階段の死角からまず一人、鞘に入れた剣で叩きつけた。
残る二人が体勢を整える間に、ヘルコフが距離を詰めると、イクトに目を奪われてた一人を横から殴りつける。
残る一人はイクトとヘルコフに挟まれて抵抗空しく、意識を奪われた。
ウェアレルはその様子に、僕の側で護衛として残っていながら、息を吐く。
(セフィラ、下階は?)
(門で戦闘が始まったという情報を重視し、近くにおらず、気づいた者もなし)
(けど戻ってくる可能性もある。早くテリーたちに声をかけて)
(すでに気づいています)
何かと思ったら、部屋の扉の向こうが騒がしくなる。
そして聞き覚えのある声がした。
「殿下! お待ちを!」
「兄上だよ!」
「開けてよ!」
「ともかく今の物音の確認だけでもさせてくれ」
聞こえるのは制止の声と、ワーネル、フェル、そしてテリーの声。
僕は光学迷彩を解いて扉へ走った。
勢いがついて大きく扉を揺らしてしまう。
扉の向こうで身構える気配に、僕は焦った自分に気恥ずかしくなりつつ、一つノックして声をかけたのだった。
「遅くなってごめんね」
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