391話:宮殿奪還1
砦に似た帝室の別荘で、守りを固め、ルキウサリアの兵もいかんなく使う。
人手は足りないから、モリーのところの人足も引き続き別荘地にいてもらった。
捕まえた賊も確保してあるし、ソティリオスも休んでる。
僕は奪われないよう一度帝都にやった船が戻るのを待って、もう一度帝都へ向かった。
「あれは、屋敷の使用人だ」
チトセ先輩が港に足をかけたところで、そう呟く。
視線の先を見ると、こちらに寄って来る人がいる。
イクトも顔に見覚えがあるらしく、使用人を止めずにいた。
「姫君からの伝言をお持ちしました」
「話せ」
ヒノヒメ先輩が遣わせたらしく、イクトが主人だから許可をだす。
それを僕は一学生のふりでおとなしく聞いてた。
「貴族屋敷界隈にある離宮で武力衝突があったとのことで」
「今この時にか? そんなことをしたのは何処の誰だ?」
「それが、離宮を管理する貴族とルカイオス公爵ではないかという話です」
イクトに答える使用人だけど、詳しくは知らないようだ。
というか、本当にそうなら知れるわけもない。
僕はなんでもないように声をかけた。
「まずは屋敷に戻りましょう。第一皇子殿下もお待ちでしょうし」
そう言って移動し、僕は屋敷に戻ってからすぐに着替えに取りかかった。
「堪忍なぁ。詳しいことはわからへんの。人魚宮いう所なんはわかったんやけど」
「いえ、ルカイオス公爵側が離宮を押さえたとわかっただけで十分です。ヒノヒメ先輩、ユーラシオン公爵家に報告をお願いします」
「えぇよ。それやったら、次はアズが屋敷で休んでるいうことにしまひょか」
僕の着替えは皇子としてのもの。
ソティリオスから預かった救出を伝えるメモを渡して、ヒノヒメ先輩にお願いする。
そして忙しく、側近たちと階段に足をかけた。
「ごめん、みんな休む暇なくて」
「それはアーシャさまも同じですから」
「きつかったら言ってくださいよ、殿下」
「止めてもいらっしゃるでしょうし」
言い合って、すぐに屋敷を出る。
行先は宮殿前、ルカイオス公爵の陣営だ。
ここに足を踏み入れた最初は止められたけど、今回はすぐさま案内を受けた。
一時間半前とは対応が違う。
「これは殿下。首尾はよろしいようで」
僕を迎えたルカイオス公爵は、開けたままの上座に座るよう誘う。
この時間で戻ってこれたから、首尾よくいったと推測したんだろう。
ヒノヒメ先輩の所に差し向けた人員が報せた可能性もあるかな。
「そっちは人魚宮で問題があったみたいだね」
「もっと早くお聞きにいらっしゃるかと思っておりました」
それはいなかったからだし、疑われてたら面倒だ。
ここはそれらしいこと言っておこうか。
「一当たりした後には制圧したらしいからね。即座にまずい状況じゃないなら兵を持ってる者に任せるしかない。それよりも動くために少しでも休むことにしたんだ」
実際強行して帝都に来てる。
裏を疑われても、疲れから寝入ってて報告を受けるのが遅れたとも言い訳できるだろう。
ルカイオス公爵はそれで納得したのか話を進めた。
「過ぎたことは良いでしょう。実は通路に先客がおりまして」
「何処の誰かな?」
「離宮の管理を任されておった伯爵ですな」
すでにヒノヒメ先輩から聞いていたから、そこに不思議はない。
けど通路にという言葉で、僕は自然口角が下がる。
「もしかして、その管理の伯爵って皇太后の手の者?」
「どうやらそのようです。買収されてあちらに回っておりました」
貴族たちは血筋的な縁故以外にも、仕事、出身、学生時代と交友は多岐に亘る。
皇太后の息がかかってる相手を疑えばきりがない。
とは言え、相手はこの時のために通路の出入りを手助けするだけの人員だったらしい。
皇太后が宮殿を占拠した動きには何も関与はしてなかったそうだ。
もちろん皇帝を助けようともしてないから、アウトだけど。
「兵を入れたら抵抗されたわけか。じゃあ、向こうはそこに兵を隠してたりしたの?」
「いえ、護衛程度ですな。そこに人を配置していた目的は、荷物の受け取りだとか」
「荷物…………?」
「帝都の外からいつかはわからないまでも、数日の内に届く荷物を極秘裏に宮殿に運び込むという話でした」
「その指示は、ルカイオス公爵が帝都の門を閉める前、後?」
「前だそうですが、その後指示の変更はないそうです」
その荷物、生物だよね?
無茶な逃避をしなければ、まだ数日かかるルキウサリアからの旅路。
その上でばれないように荷物の受け取りを指示した秘密の通路がある。
つまりソティリオスは、帝都に運ばれた後宮殿に連れ去られてたわけか。
自分の手元に置いておくほうが、人質を奪われないとか。
宮殿を占拠したのが動かせる全兵力だから運ばせたかったとか。
ユーラシオン公爵が探しても見つからない自信があったとか。
考えれば色々理由は考えられるけど、僕のほうでもルカイオス公爵のほうでも阻止したから考える必要もなさそうだ。
「皇太后の目論見は後手後手に回ってると思っても?」
「そうですな。そもそも情報を抜かれた後手を無理な決起で先手に変えた以外は、全て空振りと言ってよいでしょう」
皇太后の誤算は、ルカイオス公爵がルキウサリアから戻ってきたところから。
すぐに動けるように準備されてた上、さらに帝都の門を閉めるという妨害までされてる。
僕も誘拐に気づいて、ソティリオスの後を追っていた。
下手したら準備万端で犯罪者ギルドの残党が出迎えた可能性もあったわけだ。
けど実際は、着いてすぐの準備も連携も整わない間に襲撃して、奪還に成功してる。
ソティリオスが皇太后側に渡っていたら、それこそ皇帝を押さえるための時間稼ぎに使われていただろう。
「それで、相手に知られてた通路をどうするつもり?」
「使いましょう。すでに宮殿側の見張りは、伯爵の名で呼び出し捕縛のためのおびき出しを行っております」
そんな話をしてたら、通路周辺の見張りの全捕縛を知らせる報告が来た。
ルカイオス公爵はこっちを見て話を続ける。
「それでは、殿下のほうはいかがですかな?」
「ユーラシオン公爵家に、首尾よく済んだことを報告するよう人を向かわせた。ソティリオス本人の書きつけも確認してる」
僕からユーラシオン公爵に連絡が行ってると聞いたルカイオス公爵は一つ頷いた。
「ではここに並べている兵の半数は密かに離宮へ向かわせましょう」
「まだユーラシオン公爵が来るとは確定してない。それに今から準備するとなれば、時間がかかるはずだ」
ユーラシオン公爵は見張られてるし、人質も取られてた。
反撃か何かを用意してるにしても少数で、宮殿を威圧するための人数をすぐさま揃えられるわけがない。
ルカイオス公爵が人手を引いた穴を埋めるほどいるとは思えなかった。
ふと気づいた様子でルカイオス公爵が思わぬことを言う。
「後ろの軍施設には、軍人しか務めておりません」
「え、事務は?」
「それも全て軍人としての課程を終了した者たちとなります」
そこまで言われるとわかった。
軍に口きけるユーラシオン公爵が動いたなら、宮殿の門と相対する軍の施設から人が出てくるんだ。
事務員であっても軍人として訓練されてる。
つまりは武器もって出てきた時点で兵員だ。
上司部下も揃ってるから指揮官に困ることもない。
これは完全に僕の無知だね。
「失礼いたします! ユーラシオン公爵閣下からお目通りを願う使者が参っております!」
早い。
というかヒノヒメ先輩の報せを聞いて、すぐにこっちに来るためのアポ取ってる?
「遅いことは承知のようだ」
「そういう風に取るんだね」
ユーラシオン公爵の立場としては、味方にならない側から敵と睨まれる状況。
それを挽回するための動きとルカイオス公爵は断じる。
僕としてはソティリオス救出前から身の振り方は決めていて、こっちの敵になる動きはしないっていう最初の目論見どおりだと思うんだけど。
まぁ、その辺りの腹の探り合いはいい。
どう足並み揃えるか、そういう前向きなほうに考えを向けてもらいたい。
どうしても政争的な争い前提なのは、そうじゃないと権勢のトップなんてやってられないんだろうけど。
「何か?」
「面倒な生き方だなと思って」
「そう、取られるのも、また珍しいことでしょうな」
僕が不満の目で見てたのに気づいて、ルカイオス公爵は聞きだした答えに驚く。
(羨まれることに慣れていたため、憐れまれたことに動揺しています)
セフィラ曰く答えが予想外だったらしいけど、自由を知る庶民からすれば心底の言葉だった。
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