390話:ソティリオス救出5
ソティリオスの救出は成功した。
相手が思いのほか人を集めてたのは予想外だったけど、こちらからすればいいタイミングで襲撃をかけられたため問題はない。
決起を早めた皇太后かその周辺が、誘拐を助ける人手を集めたのは、悪い手ではなかった。
目立ってことが露見する危険よりも、切り札を得る確実性を求めたんだろう。
ただ集めた者たちが連携もとれていなかったお陰で、こっちも寄せ集めだけど半数本職で襲撃し、無事救出を成功させてる。
「もういい加減に寝てよ」
「だから私も帝都に戻ると言っている」
「一人で立てないんだから無理だって」
「だが…………!」
ソティリオスが手当てされた後に駄々をこねてる。
まぁ、本人からすれば他人任せにはできないだろうけど。
ただこの後は僕、第一皇子として行動する予定だ。
だからソティリオスがいると、正直邪魔でしかない。
ユーラシオン公爵を動かして家族を助けるためにも急ぎたいんだ。
「帝都も今緊張状態なんだ。そこにソーが戻っても何もできない。ことが落ち着いてユーラシオン公爵家から迎えがくるのを待って。というか、狙われた本人なんだから場合によってはまた狙われるんだから隠れててよ」
「だからこそ、この帝室の別荘では危ういだろう」
「あ、そういうこと。けどここ、砦から派生した城をモデルにしてるから守りは固いよ。で、今の帝室に借りを作りたくないって言うなら、そこも対処できる」
ソティリオスを寝かせるため、室内に他に人はいない。
それをいいことに貴族的な配慮は横に置いて、僕たちは言い合いをしてた。
とは言え、有力公爵家が帝室と反目してるなんて堂々と言う僕の不躾さに、ソティリオスも怯む。
「まずは時間決めて、しっかり休んで歩けるようになって。そこまで回復したら、自分の身柄を助けに来たルキウサリアの兵に保護してもらうといい」
今僕はユーラシオン公爵の依頼で動いているというのが建前だ。
けど第一皇子の意向も無視できない別荘にいるのも事実。
そこにユーラシオン公爵家からの迎えが来たら相応の態度が必要となる。
しかも将来的に抜けようとしてても、今は嫡子のソティリオスを保護した状態だ。
助けて看護までした相手に、ユーラシオン公爵家は感謝を示して頭を下げるほかない。
それが今の帝室相手となると、政治的な立場が悪くなる。
予防としてユーラシオン公爵も依頼って形にしたけど、僕は気にせず帝室の別荘を利用してる。
これは僕が言ってなかったから、ユーラシオン公爵も対処してない。
「第一皇子から別荘への指示は、ルキウサリア側への配慮。ソーのことはその配慮の内。で、ルキウサリア側からソティリオス捜索で出された兵から、ユーラシオン公爵家に帰されれば問題ないでしょう?」
実態は変わらない。
けど形式は大事だ。
ルキウサリア側は自国で誘拐が起きた。
しかも学園都市での犯行となれば、警備体制や信用に大きく響く。
少しでもダメージを減らすためにもソティリオス救出への寄与は必須。
だからルキウサリア側からユーラシオン公爵家にという形は願ってもないことだ。
「アズロス、それでは角が立つ。馬車を出し、自ら捜索に加わり、こうして別荘も融通した。さらには帝都への船も結局は、第一皇子、殿下の…………」
ソティリオス、本当に悔しそうに言うね。
その意固地な感じは、離宮でハドリアーヌ一行相手にした時のから回りに似てる。
「そんな不服そうな顔する? 第一皇子利用しようくらいの気持ちでいいんだよ」
「それが嫌なんだ。あののらくらした対応で、適当にフラフラして。そうとしか見えないのに、何故か大事な場面には引き寄せられるようにいて、私が何もできない内に不真面目そうな態度で解決する。その繰り返しになるだけだ」
おっと、なんか思ったよりあの時のこと気に病んでたんだね。
「まるで真面目にやってるこっちが馬鹿みたいじゃないか。その上歯牙にもかけないやわやわした返答しかせずまともに相手にしようとしない。日々勉強も手を抜かずに精力を傾けた意味がわからなくなる。見習って得るものがあればまだいい。だが、あれは逃げだ。面倒ごとから逃げる目的だ。そんなの真似したところで私に益はない。なのに向こうの思惑はそのまま、こっちは努力のかいもなく実る。なんて理不尽だ」
「そこは…………うん、僕にはよくわからないけど」
つい経験の差だよって言いそうになった。
ツンツンの理由、理不尽さかぁ。
僕がふざけてるように見えて、自分だけ頑張ってるみたいな感じだったんだろうな。
その上で成果がないことで自信がなくなりそうになった。
さらに僕が子供だなってあの時、ソティリオスを相手にしてなかったのも伝わってたと。
思いのほかプライド傷つけられてたんだね。
で、今回さらに借りを作るような状況が我慢ならないと。
「えっと、だったら余計に回復に専念してルキウサリア側に保護してもらうべきだよ。そしたら第一皇子の相手もルキウサリアにお願いできるだろうし」
「…………お前は、いいのか? 直接請い、あの第一皇子の供回りも借りたんだろう」
あ、そういう解釈か。
確かに前も僕が力を借りたという形でソティリオスを助けた。
けどあの時と違って主の第一皇子がいる状況だ。
借りた分は、礼を尽くす必要も生じる。
うーん、これはもう全部他に分散させるか。
逆に第一皇子への借りについてソティリオスに一切関係ないように。
「ルキウサリアで馬車だしてもらうようお願いしたのは、ルキウサリアの姫とウェルンタース子爵令嬢だ。僕はあくまで情報のために連れて行かれた側、命じられた形だ」
ここの時点で、第一皇子の関与をルキウサリア側の働きに括れるようにしておく。
「で、帝都へ行ったのは事件が起きたことで第一皇子が自分から動いた結果。行く必要ない手間をかけて向こう岸に行ったんだよ。だったら行き来に小舟使わせてもらうの、当たり前じゃない?」
「お前、本当に図太いな。いや、良く知らないならそんなものか。ロムルーシでイマム大公にもそうだったな」
なんでロムルーシ?
と思ったけどロムルーシの大公って、そう言えば次のロムルーシの支配者になれる位置だ。
つまり帝国で言う皇子に近いと言える。
血縁関係や制度は違うけど、次代の権力者って考えれば、確かに僕の対応はおかしい。
一貴族的に、対応が間違いだったのを今さら言われても、そこは学生、子供のやること。
それが、ソティリオスの中ではわかってないから図太いという解釈になったらしい。
一般人なりの鈍さと無礼さと受け取られたのも、間違いではない。
(主人が皇子としての教育を受けていない以上、イマム大公への対応に変化はありません)
(そこは何処まで、ソティリオスが実態知ってるか怪しいしね。それらしい振る舞いをしない皇子と、無礼な木っ端貴族の子弟が繋がらない一因だと思うよ、セフィラ)
実際アーシャとしてソティリオスとの関係は長いとは言えない。
悪い噂のある皇子だから、不出来くらいは知ってるだろう。
けどその不出来の理由が、まともに皇子としての扱いがされてないとは知らないかも?
入学体験の時とか、僕に任せきりだったし、それでできると思ってた節もある。
そもそも教育されてないと知ってたら、ソティリオスが前に出るくらいしそうだ。
たぶんハドリアーヌ一行の接待でボロ出なかったから、第一皇子を過大評価してる。
結果として僕の貴族的な無知さと繋がらない一因になったと。
「そうそう、第一皇子の護衛の人たちのほうも気にしなくていいよ。一人は教師だから学生の僕についてくるのは職分。あと二人は本人たちの厚意だ。錬金術科の先輩が、海人の人に求婚中でね。その先輩の従者の方を僕が借りてたから、先輩の伝手で来てもらってるんだ」
ヒノヒメ先輩に被せて、あくまで僕はついでって立場をとる。
そしてソティリオスに関連する僕がついでなんだから、第一皇子への借りは有名無実だ。
「そんな屁理屈、受け入れられると?」
「受け入れずに僕に文句言われてもね?」
「なるほど、私に直接物を言うことはないようにとぼけるわけか。いいのか? それだとアズロス自身が今回の働きに対してなんの報いも受けられないぞ」
「間に合ったからいいよ」
ソティリオスの安否もあるけど、それ以上に家族の窮地に駆けつけられたことが重要だ。
この状況があるだけ、僕にとっては得と言える。
(最悪、僕だけでも忍び込んで逃がすことしようかな)
(姿を隠してと言うのであれば、可能です)
(セフィラならそう言うよね。けどみんなは違うだろうから、その時はよろしく)
(主人の要請を受諾。周囲から離れ宮殿へ単身侵入するルートを構築します)
こっそり抜け駆けの準備をしつつ、そうならないよう願う。
あとそう言うなら、セフィラも少しくらい宮殿の様子探ってくれるだろう。
静かだと思って見ると、ソティリオスが赤くなって黙ってた。
「え、何?」
「お前は、貴族ならもう少し言葉を飾れ。恥ずかしい奴」
「えぇ?」
「それだけ考えてるなら、私は乗る。そして寝る」
なんだかふて寝するように寝台に横になった。
「ま、いっか。それじゃ、帝都に行ったらユーラシオン公爵家に報告するね。言伝なんかはある?」
「そうだ、これを。それとウェルンタース子爵家が無関係だということは伝えてくれ」
「すでに伝えているし、ウェルンタース子爵令嬢からの手紙も渡してるよ」
「そうか」
貴族は大変だ。
僕に自筆のメモ書きを渡して、ソティリオスはようやく休んでくれたのだった。
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