388話:ソティリオス救出3
ハリオラータという、犯罪者ギルドを作った一家がアジトにしてたのは、外観は普通の別荘だった。
白い化粧石に覆われたバルコニーがあり、湖方面に芝生の庭が小さいながらに設えられてる。
けど異様なのはひと目でわかった。
すでに兵を入れての捜索後に、放置された別荘なんだ。
だから見るからに荒れてるし、邪魔な家具は適当に外に放り出されたまま。
こんな所があるなら、確かにこの別荘地を避ける人も増えただろう。
(戻りました。内部は床板をはいで地下を探した形跡もあり、外以上に荒れていますので足元に注意してください)
(セフィラ、警告はありがたいけど、それよりソティリオスはどうだった?)
僕たちは今、別荘を囲むように配置して身を伏せてる。
僕はチトセ先輩から離れて行動してた。
一緒にいるのはヘルコフとイクトだ。
そして僕がいるのは別荘の入り口からして裏に当たる、湖に面したテラスのある庭。
こっちは突入まで注目を集めないために最小限の人員にしてる。
(衰弱がありますが意識もあり、打撲は多いですが動けないような怪我はありません)
どうやら抵抗せず、身を守ることを優先したらしい。
前回は自力で逃げだして途中で力尽きてたし、そうならないよう今回は気を付けた結果かな。
まぁ、あんまり次に生かす機会がないほうがいい経験だけど。
もし僕が同じような状態になったら…………ならないな。
セフィラの目をかいくぐった誰かに攫われるイメージがわかないや。
最悪、僕一人で逃げだせない誰かが一緒だったらあり得るだろうけど。
僕、あまり戦闘に向いてないから、まず怪我するほどの抵抗できるかも怪しいし。
「見張りは?」
僕が関係ないことを考えてる内に、イクトが聞く。
どうやらセフィラは情報を二人にも伝えてたらしい。
(ユーラシオン公爵子息と同じ部屋にはいません。廊下にも該当なし。屋敷内で歩き回る者もいません)
つまり賊は完全に潜伏を選んで、見回りもなしか。
小舟奪取の報告を待ってるところに、まだ伏せてるとは言え大勢が寄ってきたんだ。
ばれてるかどうか半信半疑で、仕事があるから放棄するかどうかを迷った結果ってところかな。
こっちが攻めに転じるには、対応に迷っている今が付け入るチャンスだ。
「連携の具合なんかは? そもそもファーキン組単体が、別の一家のアジトにいるのはなんでだ?」
ヘルコフは、アジトの持ち主が違う組織なのが気になるようだ。
(小集団は、所属が違うようです。別の集団との情報のやり取りはなし。ただどこも現状に対する不満の声があります)
(つまり犯罪者ギルドの残党が集められてる? 何に対する不満か教えて)
(周辺に伏していたところに急な招集。その動きに対する説明も、方針もなし。帝都は閉ざされ連絡も不可。正しく報酬が支払われるか、勝ち馬に乗れるかを話し合う者もありました)
帝都の外に逃げてた犯罪者ギルド残党が、何も知らされずに集められたってことか。
ヘルコフはセフィラの報告を聞いてさらに情報を求める。
「勝手にくっちゃべてるなら、あちらさんの予定とか聞いてねぇか?」
不満を口が軽いって捉えるのか、なるほど。
(命じられたことはルキウサリアからユーラシオン公爵子息を攫う者の手助け。そのために行動を起こしたところ、予想よりも早く誘拐者と合流。しかしその後帝都の潜伏場所に行けず。御者が追われているというので、急遽この別荘に身を隠しているようです)
つまり帝都近くなって馬車を変えたのも、誘拐を手伝う者が現れたから。
皇太后の挙兵は急遽だったけど、誘拐の手伝いに派遣したのは予定どおり。
予定外は誘拐犯側の移動速度と、皇太后の宮殿占拠後に帝都が封鎖されたこと。
「そうなると、帝国とルキウサリアの間のアジトで不手際はいったい?」
「怖気づいたのでしょう。ルキウサリアで潰され、帝都でも潰され。人流に任せて噂が流れる時期を思えば、妥当かと」
イクトが言うとおり、噂や別の街での事件なんて人の移動と一緒にしか広がらない。
その人の移動が徒歩か馬で、実際ことが起こってからひと月ふた月遅れて届くなんて当たり前だ。
犯罪者ギルド関係のアジトが潰されてるらしい、そんな噂が届いたところに高位貴族の嫡子を誘拐してる馬車が到達する。
確かにそれは関わりたくない。
関わっても、早く先に進ませて自分のアジトの露見を避けることをするだろう。
「集団にわかれてるのも気になります。そもそもハリオラータと知って使ってるかどうか。ファーキン組以外の構成員かもいるかもしれませんね」
ヘルコフが言うとおり、所属が違うと対応もばらつきが生じるだろう。
(セフィラ、そういうのは?)
(囲んだ今、小集団にわかれるのであれば各個撃破が可能であり、些事です)
敵の構成は気にしてないらしい。
ヘルコフとイクトに目を向けるとどっちも頷くから、考えなくてもいいようだ。
「ま、こっちにはウェアレルいますんで。ヤバい魔法の道具でも、撃ち抜きゃ終わりです」
「あれに向かって走る者はいないでしょう。何より雷の魔法の速さに勝りはしません」
僕たちが隠れる前栽の向こう、庭の中央付近にウェアレルが一人隠れてる。
ハリオラータが危ない魔法の道具を作る危ない組織だから心配だったけど。
どうやら道具ごと使う相手をせん滅する方針らしい。
別荘の横から紫被毛のエラストが現れて手を振るのが見えた。
その合図は配置についたことを知らせるもの。
合図を受けて、ウェアレルは持っていた杖を掲げ立ち上がった。
「それでは派手にノックさせていただきましょう」
言うと、呪文を唱えて魔力を集中させる。
バチバチと音を立てて雷が杖の先に現れ、その光と音に別荘の中から騒ぐ声が上がった。
ウェアレルは呪文を唱え終えると杖を上から下に振り下ろす。
瞬間、庭に面したテラスに轟音と光、空気が焼け付く独特の臭気を放って雷が落ちた。
「僕たちも行こう」
ウェアレルの魔法を合図に別荘の出入り口を押さえる人員が声を上げる。
構造は先に捕まえた賊から聞き出してて、出入り口は確実にふさいだ。
表と横は人を並べてあり、裏の庭は見晴らしがいいこともあってウェアレル一人が魔法を乱射する。
チトセ先輩は指揮官役で表に立ってもらった。
その時に手慣れてるなって呆れられたけど、聞かないふりしましたよ。
「表はふさがれてるぞ!」
「裏はもっとヤバい!」
別荘の窓に近づくとそんな声が聞こえる。
バタバタと走り回って逃げ場を探すらしい。
ただ相手も荒事を生業にしてる。
小集団で固まって突破しようと攻勢の準備をする者たちもいた。
そこが僕らの狙い目だ。
「でん…………錬金術科の坊主は離れるなよ」
ヘルコフが他に聞かれることを警戒して言い直す。
イクトは言い間違えないよう口を閉じることにしたらしい。
僕たちは人がいない隙を突いて、堂々とテラスから侵入。
その後はセフィラの案内に従って二階へ走った。
「なんだお前ら、ぐえ!?」
階段はさすがに隙を狙っても人がいる。
そこはもうヘルコフが腕力に物言わせておし通った。
イクトは後ろを警戒して、登ってる途中に階段から人を蹴り落とすこともする。
室内はもう隠れる場所もない。
内装は荒れてるけど構造は普通の別荘だから、廊下と部屋が連なる造りだ。
二階から様子を窺う人なんかもバタバタ移動してて、けっこう見つかる。
「っていうか、同じ方向行ってる?」
「先行します」
僕が気づくとイクトがひと言呟いて走る。
ヘルコフを追い抜いて、廊下の先の部屋へと向かった。
そのままドアを開けようとしてた人たちを背後から切り捨てて、ドアの前を堅守。
ヘルコフも背後からの新手がいないと見ると、イクトへ加勢しに行く。
太い腕で手早く顎や側頭部を狙って意識をかり取る時には、けっこうな音がしてた。
(痛そうだけど、鉄拳制裁ってやつだね。セフィラ、中に人は?)
(ユーラシオン公爵子息のみです)
僕はセフィラの報告を聞いて、すぐさまドアへと近づいた。
倒された人たちは、イクトによって雑に別の部屋に放り込まれる。
ヘルコフが乱暴にドアを歪めると、さらに力任せに閉じた。
そのせいで相当力を入れないと開かないドアにされたようだ。
うーん、力技。
排除した賊たちは、どうやら鍵を開けようとして足を止めて背を向けてたらしい。
僕は穴に刺さってた鍵を回してドアを開く。
室内には手足を縛られ、猿轡をかまされたソティリオスが一人転がってた。
「ソー、無事? すぐほどくから待って」
声をかけると、目を開けたソティリオスは驚いた様子もないどころか笑ってる風。
なんだか、ようやく来たかって言われてるような気がした。
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