387話:ソティリオス救出2
帝都に面した湖から、別荘地へと移動する。
その後の人手として、商人であるモリーたちにも協力をお願いした。
「さっさと運びなさい。けど、帝室からのご依頼だからね。粗雑に扱うんじゃないわよ」
帝室の紋章の入った小舟だけが、ルカイオス公爵から出入り許可をされた港。
その上で、ルキウサリアの人員がいる別荘へ物資を運ぶ名目で、中規模の船も随行を許された。
僕はアズロスとして一応顔を隠したまま、帝室の小舟で別荘地へ向かう。
それに船の所有者であるモリーが帝室の依頼を理由に同行し、中規模の船に載せた物資を積み下ろす。
「なぁ、あれてディン…………」
「しぃ、言うなって」
「無駄口叩くなって」
「違うってことにしとけ」
人足が聞くのを、三つ子の小熊が止めてるのが聞こえる。
うん、僕のこと聞いてる人足、倉庫街の工場に出入りしてるからね。
そして僕も体全体隠した人形と入れ替わった形だから、いつもの正体隠したディンカースタイルだね。
「…………ラトラスがずいぶん頼ってたのは、もしや?」
「ラトラスとちゃんと顔合わせたのは入学してからですから、他言無用で」
チトセ先輩が気づかなくていいことに気づいたみたいだから、口止めしとく。
と思ったら指を折っていく。
「いったいいくつの顔があるんだか」
僕の顔は一つですよ。
(っていうか、そんな指折るほどないと思うんだけど?)
(悪名高い皇子、錬金術科の奔放な学生、その実聡明な皇子、商人と伝手のある何者か、公爵に一目置かれる学生などと考えています)
ようは皇子か学生かって話でいいじゃないか。
僕は安全のため別荘地には入らず、人の多い桟橋にチトセ先輩と立ったまま。
作業に邪魔だと思うけど、船を出せない今湖から襲われる心配はないからね。
「第一班、確かに物資を運び込み戻りました、ヘルコフどの」
「よし、次は第二だ。あちらさんはいたか?」
別荘地の山林のほうから戻ったウェアレルに応じて、ヘルコフが振り返る。
あちらさんと聞いてるのは、帝都の門で捜索をしてたルキウサリアの人員。
別荘の場所は教えておいたし、別荘側にも集合地点にすることを通達してあった。
ウェアレルが応じてる間に、イクトが率いて第二班が物資入れた箱を運んでいく。
人間が一人入れそうな箱を二人がかりで運んで、列を作り人気のない林間の道へ。
「別荘地は初めてだが、こんなに閑静な場所なのか? アズ」
「別荘地は今社交期で人がいてもおかしくないですけど、それよりも前に取り締まりがあったから、例年より人は少ないんだと思いますよ」
チトセ先輩に僕が答えると、モリーがやってきて話に加わる。
「えぇ、犯罪者ギルドの残党が潜んでるかもしれないとなって、今年は別荘地よりも帝都内部の屋敷に宿泊する方が多いそうですよ。こちらのほうが遠くとも広々としているので毎年帝都外からいらっしゃる方々でにぎわうのですけど」
「…………あ、もしかしてイクトが行ったから護衛の代わり?」
「ちょっとディン…………えぇと、アズ?」
「またディンと言うんだな」
モリーが言い直したのに、チトセ先輩は聞きとめる。
「僕はアズです。チトセ先輩も妙な探り入れないでくださいね。港の倉庫街って物騒だそうなので、行くのもなしで」
「いや、そこにアズが行くのも駄目だろう?」
「僕行ったなんて一言も言ってませんから。あくまで帝都での噂ですよ」
疑いの目を向けてくるチトセ先輩を、モリーはじっと見ていた。
「…………アズ、顔みせたかしら?」
「見せたよ。けどラトラスにはまだだね」
「そう。あの子、咄嗟にカバーに動けるかどうかはまだ半々だし、いう必要はないと思うわよ。ごめんなさい、身内の話でしたわ」
ぼかした言い方でも、僕の素性をチトセ先輩が知ってることは伝わったらしい。
その上で、チトセ先輩に内々の話だから口挟むなと釘も刺す。
「親しいにしても、だからこそ守りとしては、あのお三方がいいんじゃないのか? アズ」
「モリー、ヘルコフの元部下なんだ。あっちの小熊はヘルコフの身内」
「うちの姫よりも手際がいいな。これもこれで止められないわけか」
チトセ先輩が妙な感想を呟いた。
「さ、荷は下ろしたから船は返すわよ。…………ちゃんと次は半刻後に来なさいよー!」
モリーはあえて大きな声で、帝都に戻る中規模の船に言いつけた。
そしてモリーの船と一緒に、帝室の紋章が入った小舟も帝都のほうへと漕ぎだす。
「それじゃ、行こうか」
僕の言葉で第四班になる荷物と人足と一緒に移動を始めた。
ここに来た大半の人員を先に向かわせてる。
だから人足以外にいるのはウェアレル、ヘルコフ、モリー、三つ子、チトセ先輩、僕。
湖からも見えない林間に入った途端、大勢が動く足音が周囲で立った。
木陰から現れた人たちは、服装に統一性はないけど、一様に手には武器となるものを握ってる。
どう見ても盗賊なんだけど、僕の周囲は誰も驚かない。
「やれやれ、予想どおりかかりましたね」
「ま、殿下の読みが外れるとは思ってねぇだろ」
半分呆れるウェアレルと、肩を竦めるヘルコフ。
賊がこちらの余裕を訝しむ間に、賊の向こうから新手が現れた。
その新手の正面にはイクトがすでに剣を抜いてる。
さらに兵装の揃ったルキウサリアの人員も並んでた。
「帝都に届けるなら船を欲しがる、自明だな」
イクトは言いながら、即座に手近な相手を切り倒す。
ルキウサリアの兵も一拍遅れる程度で、即座に現れた賊を打ち倒しにかかった。
続くモリーのところの人足は、物資の中に紛れてた人も加えて数が多くなってる。
襲いかかろうとしてた賊は、少数に見せかけた僕らの数に押されて逃亡もできずに制圧された。
「本当にろくでもない。帝室の船使える相手を襲って成り替わろうだなんて」
逃げようとした賊を一人踏みつけて、モリーが吐き捨てた。
ヘルコフ伝いにこういう成り行きになることは伝えてたから、制圧にも動揺一つない。
敵の側になって考えればわかる。
誘拐者はあくまで誘拐が仕事で、そこから脅すのは脅迫者の仕事だ。
だから誘拐者としては、脅迫者に人質を届けないといけないし、脅迫者は人質を手に入れないと次に進めない。
なのに帝都での受け渡しは不可能。
だったらどうするか?
入れる手段を横から奪うわけだ。
「ま、帝都へ問題なく移動できる船があるなら狙うよな」
「犯罪者ギルドは宮殿にも押し入ってるし、帝室のもんも気にしねぇ」
「戻って来る船の時間もわかってるなら入れ替わりするって」
三つ子の小熊は体こそ小さいけど、力仕事の職人だ。
トンカチや金属棒と言った仕事道具片手に、獣人の身体強化使って低い位置から人間の賊の足を潰しまわってた。
かくいう僕は何もしてない。
チトセ先輩もだけど、僕の守りとして動かなかった。
うん、僕を皇子と知る人たちがここには八人いるからね。
僕がどうこうする暇を与えてくれないんだよ。
「敵の数がわかりました、この場には二十八人。他に三十三人、すでに捜査の入ったハリオラータのアジトにいるそうです」
「馬車の存在も確認できましたよ。何か重要なブツを運んでるってことを言ってる奴もいます」
「この場にいた者は確実に囲んだので、残る三十三人には露見していないでしょう。今が好機と言えます」
ウェアレル、ヘルコフ、イクトが口々に報告してるのはチトセ先輩。
僕は一学生だから横で知らない顔。
ニノホトの貴族位持ってるらしいチトセ先輩に、表立ってもらう予定だ。
その上で僕が何も言わないと見て、チトセ先輩もイクトの提案を受け入れる。
「さらわれた学生の体力も長くは持たないでしょう。別の場所に移動させられても問題です。急ぎましょう」
モリーには学生が誘拐されて、それを奪還したいっていう説明はしてあった。
だから結構な人足も荒事ができる人員をそろえてもらってる。
その上物資の箱に紛れさせてたから、数で言えば三十ほどいた。
さらに兵もルキウサリアから来てもらってるから、残る賊の倍以上がいる。
今から拙速に襲撃しても、問題なく制圧できるだろう。
「賊は一度帝室の別荘に捕まえておきましょう。そして動きを確認してから赴くつもりです。学生も心配だが、まずは此処にいる者たちの安全を優先で行きます」
チトセ先輩が先に打ち合わせしてた内容を改めて告げる。
うん、安全第一は側近たちが譲ってくれなかった。
そして用意してた縄で縛り上げた賊を半ば引きずって移動。
足並みそろえる程度でいいから、モリーに人足の指示をお願いする。
ルキウサリアの兵は指揮系統決まってるから、全体の指揮はチトセ先輩という形だけど、僕は補佐的に隣に立っているだけで済ますつもりもなかった。
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