386話:ソティリオス救出1
「さて、それじゃあ、目くらましのためにもヒノヒメ先輩には屋敷に残ってもらって」
「えぇ? そんないけずぅ」
「いけずやありません」
留守番をお願いする僕に、ヒノヒメ先輩は唇を尖らせる。
けどちょっと訛りつつチトセ先輩が止めてくれた。
ここはイクトの屋敷で、元からルキウサリア行きで管理に必要なだけの人員しかいなかった。
そこにヒノヒメ先輩がやってきて、休みを出してた人を呼び戻したけど、それでも使用人総勢五名という少なさだ。
「ここで守りを固めるふりで第一皇子がいるようにしてほしいんです。そのためにもヒノヒメ先輩には接待してるよう装ってもらえませんか」
少ない人員の中、僕がユーラシオン公爵の所行ってる間にイクトとヘルコフが帝都の昔馴染みに声をかけて守りの人員を用意した。
そして守りはルカイオス公爵からの見張りも含む。
臨時雇いが多いって理由で一階に詰めさせて、二階には使用人だけって言う縛りにする。
それでルカイオス公爵のほうの見張りもかわすんだ。
「ことが露見しなければ、こちらの安全にも繋がります」
「いい格好しておいたほうがいいんじゃないですかね?」
ウェアレルとヘルコフがお姫さま相手ってことで控えめに僕の提案を推す。
イクトをチラ見したヒノヒメ先輩がまんざらでもない顔をしたから、僕としても協力してくれる分には頑張ってと。
イクトはもう仕事モードで聞かないふりしてるけど、ここイクトの家なんだからもう少し指揮とってもいいんだけど。
「そや、無理な移動で第一皇子殿下はお休みやって言うたらえぇね。旅の埃を落とすためにお湯の用意言うたらもっとそれらしくなると思うわぁ」
ヒノヒメ先輩がしっかり一階の人たちから目を逸らす方法を上げるので、ここは任せて大丈夫そうだ。
「それと、うちが感じたあの公爵閣下の印象やけど」
屋敷を出ようとするところに、ヒノヒメ先輩がいう。
「余裕の少のうて、それだけ二番目のお子が心配してはるくらいや。叱るんもやわやわ、二番のお子も追い出せへんし。甘いんやね。元のところが攻撃的やないんやろう。その分、強い姿勢見せへんとあかんかlら、強うではるんやない?」
「確かに、家名を思えばヴォードが言うように見捨てるくらいの果断でブラフをかけることも必要でしょう。その上でヴォードの言動も止めきれない。…………で、攻撃性か」
実はそうかなと思ってた。
だって、初めて直接会った時の居丈高な様子も、調子を崩したらその後は続かなかったし。
ユーラシオン公爵の嫌がらせは、結局嫌がらせ止まりで、悪い方向に発展したのは他の人の思惑が介在した結果だ。
「犯罪者ギルドみたいに、命を狙われたことは一度もなかったですね。軍関係でも口だしてたっぽいけど、やり方がやっぱり嫌がらせの範囲。それより近衛のほうが暴走したし」
一番は今まで一度も兵力を動かしたことがないことだ。
なんだったら父の即位直後に挙兵すれば、血筋の低い父に反感を持つ貴族をルカイオス公爵もまとめきれず押し切れた可能性がある。
帝国の歴史の中には、声望の高い叔父が若い皇帝を武力で追い落として帝位に就いた例もある。
けど、ユーラシオン公爵は今までそういう戦争に発展する時に乗じようとはしない。
あくまで政争の範囲で動いていて、それは確かに攻撃性が低いと言える。
「もしかしたら、ユーラシオン公爵はけっこう臆病なたちだったのかな?」
「それは私たちではわかりかねます。少なくとも公爵として相応しい権勢と名望はある人物です。軽く見るのは控えられたほうがいいでしょう」
イクトが僕の楽観を戒める。
そんな話をして、僕はイクトの屋敷を出ると、アズロスとしてまた帝都の港へ向かった。
ヒノヒメ先輩は留守番だけど、チトセ先輩は一緒に来てる。
「もしかしたら、甘い性格をわかった上で、矯正するために虚勢を張るよう教育があったかもしれないな」
「そういうことあるんですか?」
「いや、私も権勢のある家ではないんだが。一般論とでも思ってくれ」
チトセ先輩がすぐに謙遜してしまった。
うん、僕のほうが本来ならそういう話あってしかるべき身分だね。
けど残念ながら皇子らしい教育受けた覚えがないんだ。
ラトラスやネヴロフという、本当に教育環境がなかった友人たちの話を聞く限り、恵まれてたとは思うんだけど。
「一般的な話だが、後継者の教育を考えるならば、本人の資質よりも次への継承者としての器が重んじられる。教育の内に器として合うように矯正できれば良し。できなければ周囲に後継者を支えられる者で固めるものだ」
「あー、弟がそんな感じかもしれません」
同意したら、なんとも言えない顔をされた。
僕に後継者教育なんて最初からされてないって言ってるようなものだからか。
その上で、テリーの周囲は人が固められてるんだから、最初から後継者として見られてる。
後継者を支えるために揃えられた人員からすれば、長子で後継者の前途を邪魔する僕は最初から睨まれることも想像できたんだろう。
馬車での移動中、時間かかるからもう少し、僕の正体わかったうえで貴族らしい視点で話せる相手に聞きたいな。
「資質の矯正って何をするんですか?」
「想像だが、アズの場合で考えると、嫡男のほうが長子よりも後継者としての正統性がある、何も引く必要はない、相手が間違っているのだから排除して然るべき。正しい行いをしてこそ後継者として立つにふさわしい。そんな辺りか」
「まぁ、対立させようとしてきたのはわかってたんで、そうならないよう立ち回りはしましたね」
「我が国では三歳から七歳ほどまで生き残れば教育が始まる。いつから対立が?」
「五歳くらいで偶然弟に会いまして。その時の相手側の大人の対応でそうかなと」
聞いたチトセ先輩がすごく無言で悩んだその末に、口を開く。
「学園で魔法学科相手に喧嘩を売って、奔放かと思えばクラスメイトたちを慮って動いた。好奇心も強く、世話好きで腰が軽い。家に縛られることを嫌う手合いかと思っていたが」
「正直家の名前に重きは置きませんね。僕は元から合わない」
「いや、逆だ。それだけ幼い頃から見透かして行動に移せる知恵と理性があったなら、いっそ合ってるだろう」
「えぇ? 何もなく家族と仲良く暮らせるのが一番だと思ってるんですよ」
「その一番をわかっていて、忍従もできれば果敢に行動し、こうして隠すべきことは隠し通している。それだけできる者は大人でもそういない。ましてやそれだけ、いや、言うべきじゃないか」
気になるなぁ。
(セフィラ)
(才覚があるならば、弟を教育する者たちからは敵視され、より溝が深まっていてもおかしくはない。そうなっていない現状、人を動かす力、場を整えるセンスが備わっているため、いっそ皇帝のような人の上に立つにふさわしいと)
褒めすぎだ。
そしてそんなこと言う立場じゃないと自重した理由もわかった。
僕もこれ以上聞かないことにしたほうがよさそうだ。
「…………そこでわかったように黙るのも、あんまり才覚隠せてないんじゃないか?」
「そこは大丈夫ですよ。僕の散々な噂知ってるでしょう?」
「あれも不思議すぎる」
どうやらチトセ先輩も僕に関しては調べたらしい。
ヒノヒメ先輩がイクトに求婚してるんだから当たり前か。
「答えは簡単で、僕を実際に知る人がほとんどいないからですよ。正直、ユーラシオン公爵に正面から会うのも二回目でした」
「は? あ…………そうか。公式の場に出た記録は数える程度。宮殿の左翼棟からも出ないと聞いていたな。実態は違いそうだが」
「表向きは宮殿から出たのも別荘地への旅行と、派兵と、入学体験、入試、今の留学と五回だけですね」
「いっそ、深窓の令嬢のほうがまだ観劇や友人宅への訪問で出歩いてるな」
呆れたような感心したようなチトセ先輩は、目を動かした。
この話を聞いてて黙ってる同乗のウェアレルに向かう。
「うちもじゃじゃ馬姫が飛び出すのを何度追っていったか。そしてお上にはばれないよう、何度言い訳を考えたことか」
「あなたも大変ですね。良かったのですか、帝都で?」
「ご存じのように神通力があるので、それに従う限りは本当になんでもどうにかなるんです」
「そうですね、いっそ周りが慌てふためくだけ露見の可能性があると、驚かないよう心掛けるようになりますね」
何故かウェアレルとチトセ先輩がわかり合った様子で頷き合う。
僕はもしかして、ヒノヒメ先輩と同類扱いされてる?
いや、セフィラ使って無茶してるし、ヒノヒメ先輩は精霊の思考がノータイムで混じり込むみたいだし、似たようなもの、かな?
「さて、港に着きましたね。降りましょう」
僕が反論する前に、ウェアレルに言われて馬車から降りる。
場所は港の一角で、すでに先行してもらったヘルコフが帝室の紋章の入った小舟をいつでも出せるように準備しててくれた。
さらにその周囲には見慣れたモリーと小熊たちがいる。
「あら、そちらの方学園のマーケットにもいらしたわね。ご用命があればお声をかけを…………言うまでもないみたいね。さ、時間がないそうだから急ぎましょ」
営業しつつ、モリーがチトセ先輩に笑いかける。
そのチトセ先輩が僕を窺う様子に、どうやら僕に主導権があるとわかったようだ。
「さすがにうちのじゃじゃ馬姫でも、外に協力者を勝手に作ってはいないからな」
そこは勝手に作ったわけじゃないから、聞こえないふりをすることにした。
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