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閑話77:とある従者

 ユーラシオン公爵の説得のため、第一皇子が天幕を出て行った。

 当たり前に天幕の中にいた、第一皇子の宮中警護と家庭教師二人も去る。

 人間が多い中で、三者の姿は目立つ。

 それなのに今まで何も言わずにいた以上に、我々が完全に第一皇子に飲まれていたせいで存在を忘れていた。


「…………なんなのだ、あれは?」


 第一皇子が十分離れただろう後で、天幕内の一人が呟いた。

 侯爵家の出身で、ルカイオス公爵とも馬を並べたことのある武辺の者。

 その方が動揺を抑えきれず、漏らした一言だった。


 私もルキウサリアで会っていなければ、同じように混乱していただろう。

 あまりにも事前情報と違いすぎる。

 そして間近に見たことがないからこそ、別人ではないかとさえ思えてしまう。

 だが、ルカイオス公爵と共に目通りして会ったのは、確かにあの方だ。


「あれは、危険では?」


 ルキウサリアに同行した者と、と同じことを言う者が現れた。

 以前に馬車の中で閣下に同じことを言った若手も同席している。

 見れば密かに頷いて賛同していた。


「だが今この状況ではあの方が継承に最も近いことになる」

「第二皇子殿下はご無事だと言っていただろう。そんな不吉な前提はいらん」

「信じるというのか、あの訳の分からない行動を? 口から出まかせだろう」

「いや、本当だとすればとんでもないことだぞ! 目に見えない相手と精密な連絡を取れるのだ」


 どんどん話す声は険を帯びて、今までの話し合いで募っていた危機感が表出していた。


 中でも第二皇子殿下の無事という大きな情報と、それをもたらした第一皇子を信じるかどうかという葛藤。

 さらには、可能とした道具の有用性と危険性について。


「そもそもあの道具はなんなのだ? 知っている様子の者いたが?」

「いや、それは機密事項なので言えはしない」

「機密事項をあの第一皇子が知っていたというのか?」

「それが、元の技術は家庭教師である者の発表なのだ」


 聞いていないだなんだと、天幕のあちこちで不満の声が上がる。

 機密から外されていたと知った者たちにとっては当然の反応だ。


 この様子を見れば、第一皇子が強気に出た対応の正しさもわかるというもの。

 口を封じられたのはジェレミアス公爵だけではない。

 閣下以外と対話しない姿勢を最初から誇示した故に、我々もまた第一皇子がいる上では発言権がなかった。


「ともかくあの技術を取り上げて管理しなければ」

「本当であれば大変なことだ。管理体制の早急な立案を行おう」

「何故あのように玩具のごとく扱われることになったのやら」


 他に情報もなく、第一皇子が適当なことを言ったとも疑えるが、やる意味はない。

 ただこれだけこちらに有利な情報を渡す意義もなく、疑いは消えない。

 その上で目の前に有益な物を示されると、相手がそんなものを保持していることに危機感が募る。


 冷遇した自覚があり、敵対するほどの力がないと甘く見ていた。

 ところが状況をひっくり返せる手を示され、予想を覆され焦りと疑念が発言する者たちこそ傲慢にさせているように見える。


「ふ、役者でも大成なされるだろうな」


 閣下がもう誰もいない上座の椅子を横目に笑った。


 それはジェレミアス公爵への対応を指してのことか。

 それともかつて引き出された時、本質とは似つかない皇子を印象付けた時か。


「まず言っておく。かの殿下が使用された機器については、ルキウサリアと秘密裏に開発中の技術である可能性が高い。一方的な管理は無理だ」


 確かにその可能性もあるが、魔導伝声装置は実用にはまだ足りない。

 だというのに、第一皇子が持っていたのは実用品だ。

 他国が関わるとなればより扱いを慎重にしなければならない。


 何より広めるという第一皇子の発言を、閣下は口から出まかせとは思っていないらしい。

 実際に奪われたならばらまくつもりだろうと、私も感じる。

 そしてルキウサリアは実用品とその開発を約束するなら手を貸すだろうことも。


「あの役者にも勝る第一皇子殿下の振る舞いに目を曇らせた者も多い中、この状況になるまで伝声装置に関して隠し通した。その上で、自らの意図を無視して使用するなら公表すると仰る。であれば、今までのように見ないふりを続ければ大変なことにはならんだろう」


 確かに、第一皇子はルキウサリアで言った。

 今までどおりでいいだろうと。

 本性を見せたのは、今までの距離を越えてルカイオス公爵閣下が近づいたから。

 つまりは威嚇だ。

 それを無視してさらに距離を縮めて無遠慮に手を伸ばすのなら、向こうも噛みつくというのが今回で明確になった。


「本当に玩具も同然に扱っているのならば、あれ以上があるのだろうな」


 ルカイオス公爵の一言に反応は二分した。

 冗談と思って笑う者、あるいはと疑い顔を顰める者。


 私は後者だ。

 何故ならルキウサリアで天の道について語る第一皇子を見ている。

 あれが、元は帝都にあったものといつ知ったか、何故知ったか、そしてどうやって知ったのか。

 押し込めただけで満足していた私たちでは、無力だと思っていた第一皇子の実像を捕えられていない。

 そのことをまざまざと今回も含めて示され、まだ隠し玉があるというほうが頷けた。


「何より、今我々が成さねばならぬことは変わらぬ」


 ルカイオス公爵が笑みを消して強く告げる。

 その言葉で、浮足立っていた者たちも居住まいを正した。


 今も宮殿は占拠され、皇帝と嫡子の皇子たちの安否は半ば不明。

 未だに敵の掌中も同じ状況だ。

 ことの解決をしなければならないことは変わりがない。

 そして第一皇子もまたそのために動いている。


「…………ユーラシオン公爵を動かせるでしょうか?」


 一人が任せていいのかと改めて問いかけた。


 少なくとも、政敵である我々ではユーラシオン公爵に近づくのは無理だ。

 動かない理由さえ掴めずにいたところに、答えを持ってきたのは第一皇子。

 さらに同行した学生を動かして働きかけるという、具体案もすでに持っていた。


「その成否が、行動の変更になると?」


 考え込んでいた私たちに、閣下がごく根本的な思い違いを指摘した。

 確かにならない。

 ユーラシオン公爵が軍を動かせば楽にはなる。

 ただ抜け道は閣下も耳に挟んだことがある様子で、奪還のためにはそこを押さえる手を打つべきだ。


 つまりはユーラシオン公爵がいなくとも、そこから侵入し、命を賭しても皇帝奪還を果たす。

 果たさなければならない。

 それに変わりはない。


「まずは人魚宮にどうアプローチするかだ。あそこを管轄するのは今?」


 閣下の問いに答える者があり、さらに離宮の現状を知る者が意見を挙げる。

 そうして第一皇子を横に置いて、落ち着いて話し合いが始まった。


 これが第一皇子が来る前までの雰囲気だったのに。

 それだけあのまだ幼さの残る皇子に動揺させられたという証明でしかない。


「さて、問題は出入り口が離宮に近いことか。奥の離宮から皇太后が出てきている場合、宮殿ではなく離宮に滞在しているだろう。あまり多くを送り込めば目立つ。何人ほどが適任と思うか意見を挙げよ」


 閣下が話を進めると、武辺の者たちがそれぞれの観点から意見を口にする。


 彼らの大半は皇子がさらなる発明と聞いて笑った者たち。

 それと同時に、伝声装置の有用性を感じて自分たちが管理すべきだとも言っていた。

 あの皇子ならこうした反応も予見して隠していたと思える。


「まず管理者を呼び出して、下問されるべきかと」

「しかしそうするとなんの権限があって呼ぶ?」

「権限のある者を捜すか? 宮殿から逃げた者はまだ留め置いている」

「いや、運良く逃げてきたかわからないのだぞ」


 それぞれの意見を聞いてはいる、考えてもいる。

 けれど私は別のことも気にかかってしょうがない。


 未だ空けられたままの上座。

 閣下はそこに第一皇子を座らせた。

 その意味は、ルキウサリアでも言っていたとおり、的だ。

 座ったからには事の責任を押しつけられる位置。

 そしてそれに動揺一つ見せなかった第一皇子。

 知ってか、知らずか。

 いや、知っていて座ったとしか思えない。


「地下道にも人を置いていた場合、待ち伏せもある。武力での制圧は避けよ」


 閣下の言葉にさらに会議は進むが、揃って第一皇子に乗せられたのも確かだ。

 この流れ自体、第一皇子の意見ありきなのだから。

 それを閣下が受け入れている以上、理に適っているのだろう。

 謎の道具を持ち出した時さえ、一貫して第一皇子も皇帝一家救出には乗り気だったのだから。


 そう思えば、ユーラシオン公爵はいったいどう対応するのかと、埒もないことを考えた。


ブクマ7700記念

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― 新着の感想 ―
さらなる発明と聞いて笑ったり伝声装置を自分たちが管理すべきと言ったり、ルカイオス公爵派閥も察しがいい人たちばかりではないのですね。 察しのよくない人たちはほとんどが武辺の者らしいので知よりは武の方が優…
唖然呆然からの混乱、まあそうだよね。 他人の思惑をものともせずに、やりたい放題で去ってったものね。 なんなのだあれは、が、的確すぎて笑ってしまった。 伝声装置の管理の件、開発・制作者から取り上げるっ…
目的を見失うなよ大人たち…
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