383話:救出準備3
僕は馬車に乗って、帝都にあるイクトの屋敷に向かった。
貴族と言ってもイクトは木っ端。
住んでる屋敷は正面は細く、奥には長く、そして上階の多いタウンハウス。
皇子の来訪は知らせてるけど、誰も出迎えはなし。
そうするよう事前に言いつけた結果だ。
「アーシャ殿下、階段はこちらになります」
「靴は何処で脱ぐの?」
「アーシャ殿下にそのような。そのままで構いません」
「え、やってみたかったのに…………」
気遣ってくれただろうイクトに、思わずがっかりしたことを言ってしまった。
それを聞いて、ヘルコフが靴を脱がせてくれる。
どうやら階段の踊り場で脱ぐようだ。
それを知ってるってことは、ヘルコフ来たことあるんだろうな。
「見たところ、以前訪ねた時と香りが違いますね」
ウェアレルも来たことあるらしい。
そして香りはなんだか、お香焚いてるような匂いがしてる。
二階へ上がると、階段の前に三つ指ついて待ち構える人影があった。
イクトの屋敷に滞在してる、ヒノヒメ先輩だ。
その後ろには三つ指よりも男らしい姿勢だけど、頭を下げたチトセ先輩がいた。
「挨拶を許します。面を上げてください」
イクトの言葉に応じて、ヒノヒメ先輩が動く。
チトセ先輩は従者位置だから許しを得られてないと見て動かないようだ。
二人とも顔上げてもらっていいんだけどな。
「ルキウサリアでもおめもじつかまつり…………」
顔を上げて挨拶しようとしたヒノヒメ先輩が、固まる。
すごい直感の人でも、なんでもかんでも正解がわかるってわけではないらしい。
何も言わなくなったヒノヒメ先輩に不信を覚えて、チトセ先輩も心持ち顔を上げる。
そしてヒノヒメ先輩の視線の先を追って僕を見た。
瞬きをして目の錯覚を疑ったり、髪の色を確かめたり、目が混乱を物語ってる。
(それに比べると、ヒノヒメ先輩が微動だにしないなぁ)
(主人の正体に納得しています)
思わぬセフィラの言葉に、僕はもう一度ヒノヒメ先輩を見る。
途端に吹きだした。
「なんや、そういうことやなんて! お人が悪いわぁ」
「ひ、氷の姫?」
「お久しぶりです、先輩方」
突然笑い出した上に、第一皇子である僕に親しげに声をかける。
慌てるチトセ先輩だけど、止めようとして、特に気にしてない僕の姿に混乱を継続。
と思ったら、ウェアレルが同情的に教えた。
「帝都に暮らす今、アーシャさまの難しいお立場は聞き及んでいるでしょう。学習環境を整えるための異例の措置です。帝室に関わる方からの下問があっても、口外なさらないように」
「で、ここにいらっしゃったのは必要だったからだ。いつまでも殿下を立たせとくもんじゃねぇし、質問は後な」
ヘルコフの指摘で、全員で二階にある談話室に移動した。
部屋は板張りで、なんかぱっと見の印象はお寺みたい。
室内の装飾も可能な限り取り払ってあるのがわかる。
「時期のよろしかったわぁ。大使館から茵と畳を借りられたんよ」
ヒノヒメ先輩はうきうきでいう。
見ると、小さめの畳の上に、座布団というには薄く縁が絢爛な布が敷いてあった。
うん、百人一首とか平安貴族が座る奴で、前世でも実物見たことない何かだ。
そしてそこは僕の席らしく、他はそれぞれに一畳ほどの畳だけ。
座布団はないようで、板に直接座られるよりも見た目はいい程度。
その上脇息とかいう肘掛もあるから、慣れないウェアレルとヘルコフも大丈夫だろう。
「これ、立ってなくていいのか?」
「確か、立ってるほうが無礼なのではなかったですか?」
「目上の方の頭よりも高い位置にいるのが駄目だ」
ヘルコフが言うとウェアレルがそれらしい知識を話す。
それにイクトが補足したことで、身長のまだ低い僕にあわせて、長身二人が縮こまってしまった。
「いや、二人は慣れないなら立っててもいいから。先輩方には悪いですけど、さっそく本題に入りますね」
「まぁ、殿下の良いようになさってえぇよ」
「氷の姫、それは…………」
「チトセ先輩も、好きにしてくれて構わないですよ。この後僕はアズロスとして動くつもりなので」
言ったらともかく聞く姿勢になってくれた。
だからまずは、帝都の現状の確認だ。
「今宮殿が武装勢力に占拠されてます。それは聞いてますか?」
「…………お言葉に甘えさせてもらうが、初耳だ。何か事件が起きた程度しか聞こえていない」
チトセ先輩はちょっと葛藤した後に、僕を後輩として扱うことにしたらしい。
皇帝と皇子は無事だけど立てこもり中で、ルカイオス公爵が兵を出して敵勢力に圧をかけてることを説明する。
けど奪還に動くには兵数が足りないことも、手短に話した。
「そして、僕がここへ来たのは、ルキウサリアでユーラシオン公爵の長子、ソティリオスが攫われたからです」
「そやね、足りない兵をユーラシオン公爵さまが補ってくれるんやったら、皇帝陛下をお助けできるんやねぇ。それで、うちらは何したらえぇの?」
「僕はユーラシオン公爵に顔が割れてます。けど、ソティリオスは僕とアズロスが繋がってない。だからたぶん、よほどじゃなければばれないと思うんです。それでもばれたら面倒ですし、信用もされない。なので、アズロスとしてユーラシオン公爵に面会を求めますが、話は先輩方に主導してほしいんです」
僕はできるだけソティリオス誘拐に関しての情報を説明した。
そして予想される状況を添えて、ユーラシオン公爵との話の持って行き方も相談する。
その上で、気になることを確かめてみた。
「ヒノヒメ先輩、ルキウサリアに残るテルーセラーナ先輩や、イア先輩に助言を残されましたね? あれはどんな種があるんですか?」
「それでユーラシオン公爵のご令息捜すんわ難しいなぁ。この時点で降りてこぉへんなら、無理なんよ」
ヒノヒメ先輩の答えにチトセ先輩が補足してくれる。
「我が国では神通力と呼ばれる力だ。予知に近い形だが、神々からの天啓のようなものと言ってわかるか? 神の言葉は人間には判然としない。それを感じ取る巫女の力がこの方には宿っている」
「僕の正体を知って、チトセ先輩は困惑しました。でも、ヒノヒメ先輩は納得していましたね。それも天啓ですか?」
セフィラが読み取った事実を提示すると、ヒノヒメ先輩も説明の言葉を探し始めた。
「なんや、うちの中に答えが出てくるんよ。なんも知らんのに、答えだけがぽぉんと。誰か神さまでも知ってるんやないか思えるくらい、うちにも脈絡ないんよ。それで、アズと第一皇子殿下は同じように胸の内の熱をお伝えしぃひんとと思たから、あぁ、同じお人やったら同じこと思うんやねぇって」
「つまり、理屈も理由もわからないところで、僕がアズロスだとわかってたと?」
「そやね。誰か答え知ってはる人に教えてもらとるみたいなんよ」
謎すぎる力だけど、もしかしたらソティリオスを見つけることできないかなって思ったんだけど、これは無理そうか。
(人間は認識していることと意識していることに差があります。意識の上では存在しない情報が、認識の内にはあり、それらを総合して答えを導き出している可能性があります)
セフィラが推測するけど、結局本人にも正解はないんだよね。
「あぁ、もしかしたらうちが見て聞いたことの全部、実は考えてへんだけで、わかっててどこかで答え知ってるんかもしれへんねぇ」
ヒノヒメ先輩が思いついたようにいうんだけど、それは今聞いたばかりの説だった。
(え、まさか? …………セフィラ、僕が思い浮かべた単語、適当に言ってみて。バナナ)
(バナナ)
さすがに馬鹿すぎる。
そう思ったけど…………。
「なんやろ、バナナて?」
「いや、知りませんけど…………って、アズどうした?」
チトセ先輩が突拍子もないヒノヒメ先輩に呆れるんだけど、僕は思わぬ種にがっくりした。
精霊の声を聞くイルメは、精霊との交感の仕方は巫女姫それぞれだと言ってた。
そしてセフィラ自身は他人の思考を読み取る。
(これ、逆にセフィラの思考読み取ってるんじゃ? いや、セフィラはここにしかいないから、それまではそこら辺にいる、精霊の? ってことは、セフィラが精霊語的なのわかってない可能性も出てきたぞ)
あれだ、イギリス人の血を引いて生まれたからって、日本で育ってちゃ英語喋れるわけがないのと一緒。
最初から僕から学んでたセフィラは、人間の言語に特化した存在かもしれない。
なんにしても切迫した今の状況では、神託が使えないのはわかった。
もしかしたら現場に連れて行けば降りてくるっていう状態になるかもしれないけど、それは他国の姫君相手にしてもらうには、何かあった時に責任の取りようがない。
「うん、もういいです。ともかく時間が惜しいので行動しましょう。まず僕はアズロスに変装するんで着替えに使える部屋貸してくだ…………貸して、イクト」
当たり前に主人のような風格を見せるヒノヒメ先輩にお願いしようとして、本来の家主を思い出す。
謎の能力の答えはたぶんわかったけど、今はともかくソティリオスが優先だった。
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